障害者クロスカントリーフェスタin旭川 1日目

1月19・20日の2日間、旭川市富沢クロスカントリースキーコースで開かれた第4回障害者クロスカントリースキーフェスタに、ノルディック日本代表選手11人が集まった。

この大会は、身体障害や知的障害を持つ方にウィンタースポーツの楽しさを広めようと、長野パラリンピックの翌年の1999年、新潟で始まった。しかし資金難のため、昨年夏の段階では中止が決定していたという。

だが、旭川市内にある知的障害児施設、希望学園の日向透さんらが実行委員となり、資金集めに奔走。道内から多数のボランティアも参加し、開催にこぎつけた。文字どおり手作りの大会となったが、努力の甲斐あって、当初は100人を予定していた参加者が250人以上も集まった。
日向 透さん

それにしても、なぜ中止が決まっていた大会を旭川でやる事にしたのだろう? 日向さんに聞いてみた。

「実は、IDクラスでパラリンピック代表に決まっていた安彦君、篠原君、そして女子の代表にほぼ決まっていた倉部さんの3人が、ウチ(希望学園)に所属していまして…、今回の参加中止の件で、すごくがっかりしていたんですよ。そこで、彼らを元気付けるとともに、参加できない人の分まで代表選手には頑張ってほしいと激励するために、荒井監督の協力をいただいて、旭川で開く事にしたんです」


初日は、代表選手を交えてのスキー教室とスノーイベント。シットスキーやバイアスロン、アイマスクをしてのスキー体験やゲームなどを通して、選手とふれあうことができる。代表選手は気さくで、話しやすい人ばかり。選手どうしも仲が良く、友達のような、家族のような雰囲気だ。この人たちが、あと50日後にソルトレークの表彰台に立つかもしれないと思うと、こちらが少しドキドキしてしまう。

小林深雪 選手から手ほどきを受ける磯田
僕たちも、長野パラリンピック金メダリスト・小林深雪選手に、バイアスロンで使うビーム銃の撃ち方を教えてもらった。
銃が意外と重い。ライフル台に乗せられないため、自分の腕で支えなければならないのだが、構えただけで腕がプルプル震えてくる。

10mはなれた直径3cmの的に照準が近づくと、ヘッドホンから聞こえる連続音が高くなっていく。最も音が高いときに撃てば的に当たるのだが、「高くなった!」と思ってから引き金を引くようでは、もう遅いのだ。これをめったに外さないという選手の「耳力」と瞬発力には驚かされる。

参加者たちもウィンターゲームを存分に楽しんでいる様子。最後に行われたリレーには荒井監督も参加した。会場にはみんなの大きな声援が冬空に響いた。

夜にはホテルで参加者と代表選手との交流会が開かれ、代表選手が1人ずつパラリンピックへの意気込みを語った。
「メダルを狙います!」「笑顔でゴールしたい」などの言葉が出るたびに大きな拍手と歓声が上がり、初日はにぎやかなうちに幕を閉じた。
伝田選手、手作りのメダルをもらってニッコリ