ドーピングについて、思うこと
(コラムです)
トーマスのドーピングを知ったとき、磯田は
「きっと誰かのインボウですよ。自分から飲んだなんてことはありえない!」と言った。
疑い深い望月は
「そうかぁ?組織ぐるみでやったか、自分でこっそり飲んだんじゃないの?」
現実主義者の小泉は
「まぁ、もしばれたとして、いいことなんて何もないからねぇ。でも、疑い出せばきりがないねぇ」とお茶を濁した。意見が割れた。というより、3人とも何をどう考えていいのか分からずにいた。
パラリンピックで本格的なドーピング検査が行われたのは、今回が初めてだ。ただし、トーマスがそれを理由にしていいのかはわからない。現に、今シーズンのワールドカップでも組織的なドーピングが発覚し(ドイツチームではないが)、数名の選手やメディカルスタッフが出場停止処分を受けた。それに、オリンピックでもあれほど不正が騒がれたのだから。
メダリストはゴールした瞬間から、トイレにいたるまで監視員のチェックがついて回る。そんな状況で薬物使用を隠せるはずがない。と、考えてしまうのだけれど、バレてからでは何とでも言えるし、真相は闇の中だ。
ヨーロッパではクロスカントリー、特にバイアスロンの人気が高く、大会には数多くのスポンサーがつき、賞金も出るようになった。
そうやって、パラリンピックが(もちろん、オリンピックも)単なる競技会以上の意味を持つ大会になったのだろう。それにはよい側面も、悪い側面もある。ドーピングは言うまでもなく、後者なのだけれども。
「だいたい、メダルにこだわりすぎてるよな。練習の成果を出し切れば、それでいいじゃないか」と、ぼくが思いつきの言葉を口にすると、
「そうですかぁ?それなら、単なる仲良し大会になっちゃうじゃないですかぁ」と磯田が言った。確かにそうかもしれない。ここでも、ぼくたちの意見は割れた。ぼくたちにできることは、2度とこんなことが起こらないように、そして1人の不正によって競技全体の価値が低下しないことを願うことだけだ。
リレーのレース前、新田くんに話を聞くことができた。彼は、筑波大学の3年生。ぼく(望月)・小泉と同い年で、目が合うと人なつっこく話しかけてきてくれる。マスコミ向けの口調ではなく、かといってふざけた学生どうしの話でもない。
「よお!銅メダリスト」と声をかけると、首を振りながらも顔には笑みが浮かんだ。今の複雑な心境を物語っている。
「悔しいね」
「でも、何十秒もはなされていた訳じゃない。たった1.5秒じゃないか」
「いや、1.5秒でも0.01秒でも、負けは負けだから。そんなことより、今回は伏兵にやられた。いつもは勝っている選手に負けたから、そっちの方が悔しい」
・・・やっぱり、彼はトップアスリートだ。
「トーマスには、あれから話をした?」
「いや、トーマスには、もう会えないんじゃないかな。選手村追放だし」
・・・これ以上この話題はやめよう。聞かれ飽きただろうし。
「あとでメダル触らせてね」
「別のメダルをね」
「え?」
「いや、今日もっときれいなメダルを取るから」
この言葉を聞けて、ホッとした。彼の目はすでに先を見ていたのだ。
レース中、ワックスの横山コーチにも話を聞くことができた。
「数秒差の世界で、実力は変わってないんだから、喜んでいいと思う。ほんの数秒で悔しい思いをして選手は成長するのかもしれないけど、彼(新田くん)の場合は十分そういう経験をつんできているからね。どんな形であれ、メダルを取って、それを取り上げてもらうことによって、注目度が上がることは、いいことだと思う」
確かに、そのとおりだとも思う。何を聞いてもそのとおりだと思ってしまうということは、結局何も分かっていない証拠なのだろう。
3月13日現在、新田君のメダル授与式の予定は、まだ決定していない。初めての経験だけに、協会側もとまどっているようだ。大会に関わるすべての人間が、この事件をいい意味で生かしてくれることを、期待する。
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