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| BC3クラスの競技風景。補助具(ランプス)を使用してボールを手で投げる選手(左)と頭に取り付けた補助具を使用する選手(右) |
1月12日(土)〜13日(日)の2日間、横浜ラポール(横浜市港北区)で「2008 BOCCIA JAPAN CUP」が、北京パラリンピック日本代表を含む日本上位の選手らが参加して開催され、顔ぶれを確認することができた。
〜レクリエーション・スポーツから競技としてのボッチャへ〜
ボッチャとは、カーリングにも似たスポーツで、個人(1対1)、ペア(2対2)、団体(3対3)で行われ、ひとつの白い球(ジャック)に赤・青それぞれの球がどれくらい近づくかを競うゲームだ。もとは南ヨーロッパで発明され、簡単なルールで、老若男女誰でも楽しめるレクリエーション・スポーツとして、イタリアやスイスの居酒屋や自宅の庭などで楽しまれていたという。
脳性麻痺のスポーツでは、CPサッカー(7人制脳性麻痺者サッカー)、電動車椅子サッカー、障害者プロレスなどがあげられるが、パラリンピック競技としては、CPサッカーは比較的軽度の障害のスポーツと言える。
一方、日本で人気の高い電動車椅子サッカーは、重度脳性麻痺のほか、筋ジストロフィーなどの重度障害者の間でも楽しまれているし、ボッチャ選手の中にも、電動車椅子サッカー選手もいることと思う。障害者プロレスについては、まだ取材の機会がない。
今回取材したボッチャは、主に重度の脳性麻痺者のスポーツで、パラリンピックでは1988年のソウル大会で公開競技として採用され、1992年のバルセロナ大会で正式種目となっている。
競技としてのボッチャは、4年ごとのパラリンピックを軸として、世界中が足並みをそろえている。パラリンピックの翌年に行われる地域大会(アジアの場合はフェスピックからアジアパラリンピックへ受け継がれる)、2年目の国際ボッチャ委員会(International Boccia Committee)主催の世界選手権、3年目のワールドカップのそれぞれの大会でIPC(国際パラリンピック委員会)による世界ランキングポイントが争われ、国際ランキングの上位12位(開催国を含む実質11位)までがパラリンピックへの出場権を得られる。パラリンピックに出場するには、国を代表した選手団がこれらのポイント大会全てに参加しなければならない。
日本でもレクリエーション・スポーツとして紹介されたボッチャだが、脳性麻痺クラスを対象とした「競技ボッチャ」への取り組みは1997年の日本ボッチャ協会発足ではじまる。長野パラリンピックの1998年、初の日本選手権が行われ、それからちょうど10年となる北京パラリンピックに、世界ランキング10位で日本代表が出場権を手にしたのである。
〜補助者との高度なコミュニケーションが競技には必要〜
ボッチャのクラス分けは以下の4クラスで、男女による区別はない(北京パラリンピックへの参加は、BC1とBC2のチーム戦で出場)。
BC1…ボールを投げられるが床のボールを拾ったりできない。
BC2…ボールを投げ、床のボールを拾ったりできる。
BC3…補助具(ランプス)を使って、ボールをコート内に投げ入れる。
BC4…『BC1』又は『BC2』と同等の障害レベルで、脳性マヒ以外の障害。
BC2とBC4の一部をのぞいて、選手は補助者(アシスタント)を使うことができる。補助者は球の進行方向を背に選手と向き合って、選手の指示により必要な補助を行い、選手は補助者に指示を伝達することにより、試合をコントロールする。
いくつかの障害者スポーツには「ガイド」と呼ばれる役割があり、選手と同じ競技者として扱われる場合や、水泳のターンを知らせるタッパーなどがあり、競技ではガイドの資質が大きく問われる。
しかし、どうやらボッチャのフィールドでは、補助者は「高度な道具」に近い位置づけにあるようだ。選手の明らかな「指示」によってのみ競技が進行する。 BC1・BC3クラスでは、補助者にどのように指示を出して、球を操るかが競技の見どころといえるだろう。
そのため、競技のフィールドで自在に球を操り、自己表現するために、どのように補助者と高度なコミュニケーションをとるかが、このスポーツを競技として極めていく時に重要なハードルとなっている。
選手は先天性の脳性麻痺者として、介助されることに慣れている人が多い。しかし、競技であれば、生活の中でゆるされるファジイな意思表示は、数センチの違いを競い、的球に近づける目的の前に全く意味をなさない。そこに、レクリエーションと競技スポーツの境界があり、そうしたハードルを求めていくことに競技者としての成長の楽しみもあるのではないだろうか。
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BC3のクラスのように補助具を使う、車椅子、立位など、ボッチャのプレースタイルは本来いろいろある。
(撮影:一の谷信行)
(佐々木延江)