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TOKYO2016

2009年11月01日

IOC総会で、パラリンピアン河合純一選手のスピーチ

Junichi Kawai 
Speech at the IOC General Assembly, 02.10.2009 
 
 
河合純一 
 
国際オリンピック委員会、そして、国際パラリンピック委員会のみなさま 
 
本日、みなさまとともにこの場におりますことを、光栄に思います。特にこのコペンハーゲンという場所は、わたくしにとって象徴的な意味を持っています。コペンハーゲンは、ニールス・バンク−ミケルソン(Niels Bank-Mikkelson)にゆかりのある地です。彼の名は広く知られていないかもしれませんが、障害者のノーマライゼーションにおける、偉大な人物です。 
 
オリンピック・パラリンピックは、スポーツと文化が融合し、ひとつとなる祝祭の場であることを、わたくしたち、2016年東京招致委員会は信じております。オリンピックとパラリンピックとは、その中心となる精神、人がその限界を超えようと挑む努力を共有しています。 
 
東京の中心にあるオリンピックの諸施設は、パラリンピックのためにも使われます。選手村も含めて、すべての会場は、ユニバーサルなアクセシビリティの基準を満たし、かつそれを超えるものになることでしょう。 
 
100メートルを、障害のない短距離ランナーが9.58秒で走ることと、義足のアスリートが10.91秒で走ることの、どちらが偉大で驚くべきことであるか、2016年東京大会にとっては問題ではありません。己の限界を超えるべく挑戦するというそのことが、より重要なのです。これこそが、わたくしが若い人たちと分かち合いたいと願っていることなのです。 
 
わたくしのスピーチを締めくくるにあたり、最後に申し上げたいと思います。わたくしの心の眼には、力いっぱい声援を送る、情熱に満ちた観衆の人々の姿が見えます。それは、2016年東京大会で、感動の涙を流す人々の姿です。 
 
ご清聴感謝申し上げます。ありがとうございました。 
 
 
 
(以下原文/original script) 
 
Junichi Kawai 
 
Dear Members of the IOC and IPC. 
 
It is an honour to be with you today. Especially here in Copenhagen, which is very symbolic for me. Copenhagen was home to Mr Niels Bank-Mikkelson - not a name many of you will know, but he was a great champion for the normalisation of people with a disability. 
 
All of us at Tokyo 2016 believe the Olympic and Paralympic Games to be a single, unified celebration of sport and culture. Indeed, the Olympic and Paralympic Games share the essence of sport: striving to exceed one's own limits. 
 
Tokyo's city-centre Olympic facilities will also be used for the Paralympic Games. All venues, including the Village, will meet or exceed universal accessibility standards. 
 
For Tokyo 2016 it doesn't matter which is more amazing: for an able-bodied sprinter to run the 100m in 9.58 seconds, or for an athlete amputee to run it in 10.91. The important thing is to challenge and exceed your own limits. This is what I want to share with young people. 
 
I would like to end by saying this: With eyes in my heart, I can see a passionate crowd, cheering with all their might, and moved to tears in Tokyo 2016. 
 
Thank you. 
 
 
(この記事は、河合選手の協力を得てコペンハーゲンで行われたIOC総会での河合選手のメッセージの全文を紹介しています。 
日本語訳:真下阿紀 写真は4月に行われた六本木ヒルズ記者会見場での河合純一氏/撮影:扇強太) 
 

2004年アテネパラリンピックにて。写真・吉村もと
2004年アテネパラリンピックにて。写真・吉村もと

<水泳・河合純一選手プロフィール> 
 
1975年4月19日生まれ。静岡県浜松市出身。 
パラリンピック水泳の金メダリスト(視覚障害・S11)。1992年バルセロナから昨年の北京までパラリンピック5大会連続出場を果たした。うち50m自由形を中心に、3大会連続金メダルを達成。合計5個の金メダルを含む21個のメダルを獲得。 
2000年シドニーパラリンピックで日本選手団主将を務め、日本が過去最多の52個のメダルを獲得した2004年アテネパラリンピックでは、水泳チームキャプテンを務める。 
5歳から水泳を始め、泳ぐことが大好きで、15歳の頃、全盲となってからも水泳選手としての努力をあきらめずに競技への挑戦を続けている。 
筑波大学附属盲学校(現・筑波大学付属視覚特別支援学校)を経て、早稲田大学教育学部を卒業。 
1998年、母校・舞阪中学校に社会科の教師として着任し、子供たちに教える。 
2003年から休職して学生生活に復帰し、大学院で教育学を学びつつアテネパラリンピックを目指した。アテネ後、2006年に結婚。 
昨年、北京パラリンピックで銀メダル1個、銅メダル1個を獲得。 
現在は、静岡県総合教育センター に勤務している。選手活動を続ける一方で、後輩の育成や、視覚障害こども水泳教室などを開催し、泳ぐことを通じてスポーツの楽しさを伝えている。 
今年9月、東京で行われたアジアユースパラゲームズで水泳日本代表監督を努める。 
東京オリンピック・パラリンピック招致に協力し、4月のIOC選考委員の来日に伴うプレゼンテーションと、10月2日・コペンハーゲンでのプレゼンテーションにパラリンピック選手を代表して参加。IOC、IPC委員と世界に向けて、パラリンピックの存在感をアピールした。

(佐々木延江)