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| 2月16日、都内ホテルで行われたバンクーバーパラリンピック結団式。左から長妻昭厚生労働大臣、中森邦男団長、主将 新田佳浩選手(スキー/クロスカントリー・バイアスロン)、旗手 遠藤隆行選手(アイススレッジホッケー) |
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| 結団式会場となった都内ホテル |
来月12日に開幕するバンクーバーパラリンピック冬季競技大会にむけ、日本代表選手団の結団式・壮行会が2月16日、都内ホテルで行われた。
会場には、団長・中森邦夫氏、主将・新田佳浩(スキー/クロスカントリー・バイアスロン)、旗手・遠藤隆行(アイススレッジホッケー)らが率いる日本選手団95名(選手42名・役員53名)が一堂に会した。
トリノ大会のリベンジを狙う主将新田は、長野大会から4度目の挑戦となる。同じく長野大会からのベテラン選手が8名がいるほか、車いすカーリングチームが初出場する。
結団式・壮行会については、すでに多くのメディアが報じているところなので、詳しくはそちらに任せ、この機会に、最近のパラリンピックと、たまたま会場で触れ合った注目選手について触れておきたい。
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| 鳩山首相の応援メッセージ。クロスカントリーの行われるオリンピックパークへ行く |
開催種目は5種目(アルペンスキー、クロスカントリースキー、バイアスロン、アイススレッジホッケー、車いすカーリング)。それぞれの選手は、トリノ後バンクーバーまでの4シーズンの間に行われるワールドカップの成績、取得ポイントにより候補の資格を得る。チームスポーツはアイススレッジホッケーが上位8カ国、車いすカーリングは上位10カ国までが出場できる。
日本では、「オリンピック・パラリンピック」という呼称などへの配慮から、パラリンピックの知名度は北京大会後、さらに高まったと感じる。しかし、実際パラリンピックの中身の面白さをメディアはまだ伝えきれていない。
パラリンピックは、選手や競技のレベルアップと同時に大会そのものも成長している。オリンピックとパラリンピックの協力関係の合意契約の正式な期間が北京、冬はバンクーバーからで、それまでの大会は準備期間だったようだ。
前回トリノ大会からスキー種目は「3カテゴリー制」が導入され、立位・座位・視覚障害の3つのカテゴリーの中で障害の程度による係数がかけられている。リアルタイムと係数をかけた計算タイムで順位が表示され、瞬時に会場内で共有されることで、観戦もおおいに盛り上がっている。カテゴリーごとに1つのより公平で貴重なメダルが約束されており、競技として洗練された。
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| 大日向邦子(LW12-2/電通パブリックリレーションズ) |
大日向邦子
日本のチェアスキーには、世界で戦える力のある選手が数多くいる。リレハンメルから5大会・16年におよぶ選手活動からの引退をほのめかす大日向邦子は、トリノで金メダルと2つの銀メダルを獲得し、日本チェア軍団のボスであり、日本の宝のような選手だ。
バンクーバーを「けじめになる大会にしたい」という。トリノ後、2008年のワールドカップ最終戦で肩を痛め、シーズンオフもリハビリに専念した。その結果、2009年のウィスラーでのパラリンピックプレ大会のダウンヒルで優勝、完全に復帰したが、今シーズンのワールドカップでは遠征合宿に参加するも、インフルエンザの症状に見舞われ不調が続いていた。ジャパンパラリンピックを欠場して力をため、現在は雪上トレーニングに復帰している。バンクーバー前の最後の調整となるはずだったアスペンでの高速系種目は出場を見合わせることとなった。あとは本番まで体力、気力を鍛え蓄えるのみである。
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| 三澤拓(LW2/順天堂大学) |
三澤拓
世界的にも選手層の厚い「LW2」のクラスに日本からはただ一人、三澤拓が挑む。片足とアウトリガーでバランスをとりながらのアルペンスキーである。三澤は、6歳で負傷してからもスポーツ万能で、義足で野球(ピッチャー)をやっていた。15歳から日本障害者アルペンスキーチームに所属し、18歳でトリノパラリンピックに初出場。現在22歳。日本代表ではあるが、怪我を負いながら参加するトリノ銀メダリスト・東海将彦に代わり、スラロームを得意とする立位の主力選手としてバンクーバーにのぞむ。
「僕は高速系よりも技術系のSL(回転/スラローム)がメインです。大会は DH(滑降/ダウンヒル)から始まって、1日、1日と技術系種目に近づいていって、最後にSLなので、順位をひとつずつあげていくような勝ち方をしたい」
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| 永瀬充(アイススレッジホッケー/GK) |
永瀬充
日本のメインのゴーリーとして、長野大会から4回目の出場となる。長野後、3年間カナダにホッケー留学し、実力をつけた。留学では、技術面はもちろんだが、ホッケーの国カナダでは国中がホッケー好きで、誇りを持っていること、そこからくる強さについてもよく知っている。しかし、過去なんどか日本と対戦。ソルトレークでは初戦を戦って勝ったという経験があり、彼にいわせると、「カナダは相性のいい国」だそうである。
「今回はなにも考えず、これまでの連取でやってきたことをいい形でだせることが大事。自然体で行きます」それが、ホッケーの国で戦うための永瀬の意気込みなのである。
長野パラリンピックから12年が過ぎ、選手は世界のレベルを十分に知り、つねにそこに立ち向かうための練習に取り組んでいる。競技を続ける上での経済的負担は免れないが、現在日本のパラリンピックは障害のある人が本格的に競技を楽しみ、世界に挑むことができるといえる。
しかしヨーロッパ生まれのオリンピック・パラリンピックをこのようにして受け止めることができるのは、アジアの中ではまだ限られた地域だけだ。多くの地域で、ウインタースポーツはまだまだ遠い世界の遊びであり、どんなに背伸びをしても世界へ出て行くなんて夢のまた夢かもしれない。しかしここにいる彼らの活躍と同時に、スポーツをしようとする姿勢や、準備の道のりが報じられ、多くの人々が障害の有無にかかわらず、スポーツで上を目指したり、フィールドの中で戦う楽しさを想像することができるだろう。パラリンピックを取材する中で、挑戦する人とともに観る人も理解や交流を深め、たのしみ、成長することができるということを過去の選手と競技に関わる人々に教えられた気がする。
バンクーバーまでわずかな時間が残されている。障害者スポーツの最高峰といわれる祭典にむけ、最高のパフォーマンスを描きだせることを願っている。
(写真協力:比嘉優樹、扇強太、森田和彦)
(佐々木延江)