関連カテゴリ: アルペンスキー, クロスカントリースキー, スノーボード, バイアスロン, 冬季競技, 周辺事情, 東京パラムーブメント — 公開: 2017年6月10日 at 12:59 AM — 更新: 2017年6月13日 at 3:32 AM

パラスノースポーツが集まって記者会見。平昌へ始動!

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6月8日午後、日本財団ビルでパラスノースポーツ強化選手が集まり、シーズンの報告と平昌への意気込みを伝えた
6月8日午後、日本財団ビルでパラスノースポーツ強化選手が集まり、シーズンの報告と平昌への意気込みを伝えた

2016〜17シーズンを終えたパラリンピック・スキー、スノーボード日本代表チーム選手9名とスタッフが、シーズンの報告と、9ヶ月後に迎える平昌パラリンピックに向けて抱負を述べる記者会見が6月8日午後、日本財団ビルで行われた。

森井大輝らアルペン・チェアスキー世界トップの3人をはじめ、片足の三澤拓、ノルディックスキーのベテラン新田佳浩。そして、新しく加わったアルペン・スノーボード期待の星・成田緑夢(ぐりむ)、前回ソチパラリンピック(2014年)から急成長するチェアスキーの村岡桃佳など、平昌で金メダルを狙う有力選手に記者たちの言葉がかけられた。

昨シーズンの収穫の一つは、平昌パラ開催地でのテストイベントで実際のコースを試せたことだった。前回ソチパラリンピックに続き、どうやら平昌も、残雪と高温という条件でのレースとなるようだ。ソチを経験した選手やスタッフは雪質・気象条件などパフォーマンスが出しづらいコンディションでのレースに覚悟をきめ今シーズンの練習を行っていた。

その成果がシーズンの終盤で現れたようだ。

ノルディック新田佳浩の平昌でのクラシカル1位、そして、アルペン森井大輝のワールドカップ総合優勝である。

また、日本チームとしては初の「スノーボード」は、4年前の練習中の事故で負傷しパラリンピック・チームに加わった大阪出身の成田緑夢が国際大会で華やかな記録を残した。父はコーチ、兄・姉はオリンピック・スノーボーダーという家庭に育った成田はあらたな目標を掲げてデビューした。

金メダルへのこだわり

3月に白馬村で行われたアスペンスキーワールドカップの表彰式の様子。長野パラリンピックと同じ会場で9年ぶりの開催となった 写真・山下元気

昨年9月、チリで合宿中にリオパラリンピックの結果「金メダルなし」を聞いたというチェアスキーの森井は「平昌では一つでも多くの金メダルを取りたいと思った」という。

また森井は、「韓国のプレ大会で勝てことは、来年に向けてよかった。あとは自分の滑りができればと思います。パラリンピックでまだ取れていない金メダル、どうしても欲しい」と、充実した表情で話していた。



ノルディックスキーでバンクーバー(2010年)で2つの金、長野パラリンピック(1998年)からのベテラン・新田佳浩は、
「リオパラリンピックでの成績については、競技全体がレベルアップしたためと思います。日本は、2015年から障害者のスポーツがスポーツ庁の管轄となり、それまではパラリンピック日本代表であっても国の強化施設が使えなかった。メダルに繋がる体制はこれからだと思います」と、話していた。

JISS 国立スポーツ科学センターでのパラリンピック選手の体力測定が始まり、スキーのトレーニングも行なえるようになった。2020東京への環境の変化が平昌への強化にも確実につながっていると新田はみている。

「アルペンスキー」「ノルディックスキー」「アルペンスノーボード」を支える競技スタッフは、それぞれ、平昌へ向けた体制が整いつつあることを報告した。個人競技だが、パラリンピックに向け一丸となったチームであること、ともに戦っていく覚悟とその喜びが感じられた。

社会へのインパクト

記者会見で平昌への課題などを話す成田緑夢(ぐりむ)
記者会見で平昌への課題などを話す成田緑夢(ぐりむ)

また記者からの質問で選手たちは「パラリンピックがもたらす社会効果」についてもそれぞれ意見を述べていた。

アルペン・リーダーの森井は、「チェアスキーを始めて人生が変わりました。ぜひ、恐れずに、チェアスキーにチャレンジして欲しい!」と、語りかけた。

23歳のスノーボーダー成田は、
「僕は4年前は健常者でしたが、パラ・スノーボードのレースをみて、ゴールギリギリでできた、できなかったという感動があったのを覚えています。パラリンピックで、パラアスリートとしてそんな感動を与えらたらと思います」と話してくれた。

北海道で広がるパラリンピックムーブメント!

3月に札幌地下広場で行われたノルディックスキー、バイアスロンの総合表彰式の様子

今シーズンは、2年連続となるノルディックスキーのパラリンピックワールドカップが北海道(旭川・札幌)で行われた。今年は札幌で、自治体や競技団体、大学などを巻き込み、パラウィンターを振興する機運が盛り上がった。長野パラリンピックに関わった経験から良いアイデアも生まれていた。ホストチームを務めた新田佳浩は、平昌の次にくる東京パラリンピックに向けて、次のように話していた。

「東京パラの成功は、車椅子の利用者、障害を持った人が生きやすくなることだと思います。パラリンピック観戦をきっかけにした、さまざまな気づきが、(東京や日本のバリアフリーの)基盤になればと思う。まだまだ、障害のある選手を見たとか、パラスポーツを見たという人は6%程度。パラアスリート自ら共存していける社会を作り出していくことが大事だと思います」

2020東京パラリンピックへの注目が高まる中で、冬季種目への注目も高めるチャンスである。このようなスノースポーツが連携しての初めての記者会見となった。

<参考>
北海道でパラウィンター広まれ!〜IPCノルディックW杯、札幌で閉幕!〜

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