関連カテゴリ: IBSA世界選手権, Tokyo 2020, ブラインドサッカー, 周辺事情, 夏季競技, 観戦レポート — 公開: 2014年11月29日 at 10:48 AM — 更新: 2021年9月21日 at 8:53 PM

パディジャVSリカルドに観た本気サッカーの醍醐味! 〜ブラサカ世界選手権を終えて〜

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優勝はブラジル!、日本6試合でわずか1失点、過去最高6位

 スタンドを埋め尽くした観衆の見守るなか、黒田智成の歓喜のゴールで幕を開けたブラインドサッカー世界選手権大会は、日本代表の躍進とともに連日の盛り上がりをみせ、ブラジルの2大会連続4度目の優勝で9日間の幕を閉じた。MVPを獲得したのは、ブラジルの背番号10リカルド・アウベス選手。超高速ドリブルや“見えているかのような”パスに驚愕の声をあげた人も多いはずだ。そして日本代表は順位決定戦を含めた6試合でわずか1失点、過去最高の6位という成績で大会を終えた。

観客に挨拶する日本選手
観客に挨拶する日本選手

 私自身は大会を通じて10試合を観ることができた。そのなかでもっとも印象に残った試合はブラジル対アルゼンチンの決勝。もちろん日本の試合で胸を熱くすることは多々あったが、決勝での“次元”の違う戦いに見入ってしまったというのが本音のところだ。

 また、選手として最もインパクトを受けた選手はアルゼンチンの背番号4フロイラン・パディジャ選手だ。パディジャを初めて見たのは準決勝のスペイン戦。長身でフィジカルも強くチャンスとみるや後方から相手をなぎ倒しながらドリブルでゴール前に迫るが、柔らかなループシュートを放つといったしなやかさも合わせ持っている。繊細なパスを前線に供給し、守備時のポジショニングではインテリジェンスを感じさせる。目が見えているようだとは思わないが、彼の脳内では俯瞰でピッチが見えているようだ。その俯瞰図の中を彼がまず動く。監督やGKの言葉は最低限の助言に絞られているようだった。本当の意味でのガイド、そういう気がした。もちろん監督や他の選手たちともイメージを共有できているからこそできる業でもあるのだろう。そんなパディジャ選手とブラジルのリカルド選手の対決を観たいと思った。そしてアルゼンチン対ブラジルの黄金のカードが実現した。

競り合うアルゼンチンのパディジャとブラジルのリカルド
競り合うアルゼンチンのパディジャとブラジルのリカルド

 決勝の前には3位決定戦が行われたが、それよりもサブグラウンドで行われているアルゼンチンとブラジルの練習のほうが気になり注視していた。ブラジルは極めてシステマティックに練習が進んでいく。また攻撃から守備への切り替え、シュートした選手が相手のカウンターに備えて素早く戻るという練習を繰り返していた。リカルドやジェフェルソン・ゴンサウベスという強烈な個が存在するチームがこれだけ規律をもってやるとは、王者に死角無し。そんな印象だった。

 一方のアルゼンチンが重点的にやっていたのはルーズボールへの反応だ。コーラーの指示ではなく、ボールの音に反応する感覚。あるいはボールの動きを予想する感覚を研ぎ澄ませているようだった。全体のイメージは共有出来ていて個の部分の確認作業をしている。そんなふうに見えた。またコーラーを付けずにシュート練習していたのも印象的だった。

ゴールへと向かうリカルド
ゴールへと向かうリカルド

 そして決勝戦のキックオフ。リカルドのドリブルからシュートの一連の流れに会場がどよめく。「凄い」「すげー」という言葉があちこちから聞こえてくる。だが、パディジャを中心に粘り強い守備でアルゼンチンはゴールを許さない。例えば、リカルドが一度パディジャを切り返して置き去りにしたとしても、パディジャは再び追いつき、長い足を出してシュートをブロックする。まるで2人にしか感じ合えないような空間がそこにある。そんなふうにも感じた。
 前半はブラジルが攻めまくり、後半に入るとアルゼンチンもかなり多くのチャンスを作り出した。

リカルド(10)とパディジャ(4)のマッチアップ
リカルド(10)とパディジャ(4)のマッチアップ

試合は0-0のまま5分ハーフの延長戦に突入し、間もなく2分がたとうとする時だった。リカルドの素早い動きについていったパディジャが足を痛めてしまい交代を余儀なくされる。「これでアルゼンチンも終わったか…」そう思った。

足を痛めたパディジャ
足を痛めたパディジャ

案の定、ブラジルは延長後半開始早々ジェフェルソンが右足のトーキックでゴール右隅に蹴り込み待望の先制点を奪う。正直パディジャがいれば阻止できたゴールのように思えた。しかしアルゼンチンはあきらめない。パディジャもあきらめてはいない。再出場するためにベンチで黙々と足踏みを繰り返す。そして出番がきた。

 パディジャは1点を取ろうと自らドリブルで持ち上がる。ブラジルの選手はファールでしか止められない。アルゼンチンに第2PKのチャンスが転がりこんだ。キッカーを仲間に託し守備のポジションに戻るパディジャは、最早足を引きずって歩くことしかできない。しかしアルゼンチンは第2PKを決めることはできず間もなく試合終了、ブラジルが1-0でアルゼンチンを破り大会2連覇を果たした。

 試合終了後、互いをリスペクトし強く抱き合うパディジャとリカルドの姿がとても印象的だった。

試合終了後 抱き合うパディジャとリカルド
試合終了後 抱き合うパディジャとリカルド

日本の障害者サッカー

日本のサッカーファンはFIFAワールドカップで、日本代表が勝ち続けている間は日本を応援し、その後は世界のサッカーを楽しむ術をもっている。今大会でも日本代表とレベルの高い決勝、2つのことが楽しめたのではないだろうか。

観客に手をあげて応える田中章仁
観客に手をあげて応える田中章仁

 日本代表は、堅守速攻・守備重視で今大会にのぞんだ。そして6試合でわずか1失点、流れの中からの失点は0、守備面では完璧な結果を残した。一方得点は6試合で3点、得点力不足も露呈した。ただこの点は大会前から予想されていたことでもあるだろう。個人的には最終戦の5位決定戦パラグアイ戦では再戦ということもあり、もっと攻撃に重心を置いた戦い方を試してみてもよかったのではないかと思った。少なくとも後半はリスクを冒してもよかったのではないか。練習では攻撃的な形に取り組んだこともあったようだが公式戦で試すには成熟していないという判断だったのだろうか。それとも手の内を見せたくなかったのだろうか。正直最終戦は釈然としない気持ちだった。
 いずれにせよチームが目標に掲げているリオデジャネイロ・パラリンピックでのメダル獲得のためには、監督や選手達も口にしているように攻撃力の強化が必要である。日本チームは現在守備ブロックをかなり後方に設定しているが、今後少しでもブロックを高めに上げ、攻撃力の厚みを増していく方向性に向かうようだ。

 いわゆる障害者スポーツチームあるいは選手に対しても健全な批判ならばあっても良いと思っている。但し本気のチームや選手の場合に限られる。もちろんブラインドサッカー日本代表チームは“本気”のチームだ。

さまざまな障害でのサッカー

デフフットサル体験で手話を学ぶ子供たち
デフフットサル体験で手話を学ぶ子供たち

ブラインドサッカー以外の障害者サッカーについてもふれておきたい。大会共催企画の一環で各障害者サッカーなどのデモンストレーションや体験会、展示などがおこなわれた。
“サッカー”の体験会としては、ブラインドサッカー、ロービジョンフットサル、アンプティサッカー、デフフットサル、電動車椅子サッカーがおこなわれた。また8月の世界大会で一足先にベスト4入りを果たした知的障がい者サッカーもブースを出し世界大会の映像などを流した。幅広い年齢層の方々が各障害者サッカーを体験、競技の一端ではあるが貴重な経験になったことと思う。

今大会は日本戦を中心にスカパーで生中継され、地上波のニュースでも連日取り上げられるなどの盛り上がりを見せた。まさにブラインドサッカー関係者の努力の賜物であるが、東京オリンピック・パラリンピック開催が決ったことの影響も少なからずあっただろう。ブラインドサッカーはCP(脳性麻痺7人制)サッカーと並び、パラリンピック競技種目の一つであるからだ。ちなみにアンプティサッカーと電動車椅子サッカーは東京パラリンピックの新競技に立候補したが落選した。弱視のブラインドサッカーであるロービジョンフットサルもパラリンピック競技ではない。ろう者サッカーは、ろう者のためのオリンピックであるデフリンピックの正式競技である。デフリンピックはパラリンピックより長い歴史を有するが一般にはほとんど知られていない。

 今後東京パラリンピックに向けて障害者スポーツに対する関心は加速度的に高まってくるものと思われる。一度火が付いたブラインドサッカーは、リオ・パラリンピックへの出場権を獲得し、本大会で好成績をおさめればさらなる注目を集めるはずだ。そうなってほしいと切に願うが、パラリンピック競技にのみ報道や関心が集中していく心配も考えられる。

 今大会で初めてブラインドサッカーを知った方々は、是非他の障害者サッカーにも目を向けてほしい。日本代表に限っても、ロービジョンフットサル、CP(脳性麻痺7人制)サッカー、アンプティサッカー、電動車椅子サッカー、知的障がい者サッカー、ろう者サッカー男子・ろう者サッカー女子・デフフットサル男子・デフフットサル女子があるのだ。(精神障害者フットサルに関しては現時点で日本代表はない)。
ブラインドサッカーを観た時ほどの驚きは少ないかもしれない。一般の11人制サッカーやフットサルとルール的に近い競技に関しては一見すると地味にしか見えないからだ。

 例えば、ろう者サッカー世界一を決めるデフリンピック決勝を初めて観て「凄い」「すげー」という人はほとんどいないと思う。レベル的にはプロにかなうはずもないからだ。しかし、障害の特性や選手を知ることで深い思いを持って観ることは可能だ。

 また、電動車椅子サッカーは生身の足ではなく、足代わりの電動車椅子に取り付けたフットガードで蹴るという特殊性を持つ。一度観ただけで電動車椅子同士のぶつかり合いや回転キックの迫力には驚くかもしれないが、さらなる面白さを理解するには時間がかかるかもしれない。しかし各競技とも障害は違えども、“ゴールの歓喜”はまったく同じだ。“サッカー”にかける情熱もきっと同じだろう。“本気”で世界を目指している選手やチームであるのならば、その思いは観る人の心に届くはずだ。

 そんな“本気のサッカー”を観てほしい。そして“サッカー”を通じてそれぞれの障害のことも知ってもらえたらと思う。

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