2009年9月15日 - 陸上 陸上

己に打ち克つ

アンカー岩瀬、渾身の走りでフィニッシュ (PID: 002488)
アンカー岩瀬、渾身の走りでフィニッシュ

アジアユースに向けて

8月の合宿で、岩瀬凌太選手(写真:佐々木延江) (PID: 002491)
8月の合宿で、岩瀬凌太選手(写真:佐々木延江)

岩瀬凌太選手(T54)の今回のアジアユースでの出場種目は、200・400・800・1500・4×100リレーと5種目に及んだ。種目の多さからは、「器用な選手なのか?」と想像させるかもしれないが、僕は、今回の出場選手の中では「かなり不器用なほうだ」と感じる選手だ。
 
彼とは3年前から共に練習するようになった。そのころから競技に関するアドバイスや指示をすぐに吸収できないように感じていた。
そして、代表に選ばれ、代表合宿に参加する中で、他の選手との差はますます明らかになり、本人もそれについて苦しんでいた。
しかも、日本代表であるというプレッシャーだけでなく、リレーのメンバーに選ばれたことが彼にとってはさらに重荷であるようだった。
 
アジアユース代表に選ばれたことは喜びであり、大会出場への意思や、練習にたいする意欲も持っているようだった。
しかし、そこに向けた夏場のトレーニングはまたも彼の体調を狂わせ、思うように日々の練習も代表合宿もこなせないまま、日ばかりが過ぎてしまった。
思い通りにならないことが、また、彼の苦しみを深めているように見えた。

本音を引き出す

最終合宿で最後方からついてくるオレンジ色のレーサー、岩瀬選手(写真:佐々木延江) (PID: 002487)
最終合宿で最後方からついてくるオレンジ色のレーサー、岩瀬選手(写真:佐々木延江)

なんとかしてあげたいとは思うが、選手を代わってやれるわけでもない。
「このまま陸上が嫌いになってしまうのではないだろうか?」と心配だった。
大会2週間前、最終合宿で、「今の自分についてどう思うか」聞いてみた。
 
「変わりたい。今の自分は、あまり好きじゃない。」
彼の言葉から、プレッシャーやもどかしさを感じながらも、それに打ち克ち、自らを高めたいと考えていることがわかった。
 
しかし、その合宿でも、体力的に他の選手と同じ練習メニューをこなせなかった。
リレーの練習では、次の走者に接触して二人とも転倒、かわいそうになるぐらい「すみません」を繰り返していた。
 
精神的な落胆もあったのだろう、またもや体調をくずし、リレーも他のメンバーとの練習が十分にできなかった。本人も、周囲も不安の中で大会を迎えることとなってしまった。
日本選手団の入村は、各国選手団より1日早い7日だったが、岩瀬が選手村に入ったのは、開会式前夜だった。ウイルス性の感染を起こしていたこともあり、ギリギリまで待とうとの陸上チームの判断だった。
大会への出場許可の連絡をうけた時は、嬉しさから声を上げて泣いた。

いよいよトラックへ

コールルームにて。緊張感が漂う (PID: 002481)
コールルームにて。緊張感が漂う

初戦は、大会2日目の800mだった。
今回の大会、緊張を見せない選手はほとんどいなかったのではないかと思うが、コールルームでの彼もまた、表情は硬かった。こちらまで緊張してしまう。
 
小雨の振る中、レースが始まった。
一緒に出場した鈴木朋樹(千葉)と緋田高大(大阪)には大きく離されるが、彼はしっかりと前を見据え走りきった。ゴール後、すがすがしい顔で彼は溜まっていた物を吐き出すように話してくれた。
「スタートするまではすごく緊張してたんですけど、走り出したら楽しかったです!歓声もすごい聞こえて!気持ちよかったです!」
 
もう大丈夫だ、そう感じた。
 
大会3日目、いよいよリレーが行われる。コールルームに集まったリレーチームは一様に緊張している様子だった。しかもリレーは大会の最後の種目であり、疲れも見える。
ミスしないだろうか?事故にならないだろうか?これまでの事を考えると何が何でも完走して欲しい、そう願った。息苦しくなるほどの緊張に襲われた。
 
車いすのリレーは、チームを編成できるのが日本だけで、1チームのみの出走となった。しかし、選手たちは良く集中している。

フィニッシュ直後。堂々たる4人 (PID: 002489)
フィニッシュ直後。堂々たる4人

号砲一発、1走の西勇輝が飛び出す。スタート前に何度も「緊張する」と口にしていたが、やや力みが見えたもののスムーズに2走の緋田高大につなぐ。
3走は鈴木朋樹。普段から岩瀬と共に練習している鈴木は、岩瀬の気持ちも知っているはずだ、その鈴木からアンカー岩瀬へ、きれいにつないだ!
岩瀬は皆の想いを乗せて、ゴールへと素晴らしいスピードで走りきった。
 
レースを終えたリレーメンバーが戻ってくる。皆良い顔をしていた。
達成感と安堵感に包まれているようだった。次のレースも控えていたが、審判員のはからいで集合写真を撮る。
肩を組む4人は、まぎれもなく日本を代表するアスリートになっていた。
初めての経験ばかりで、それぞれ悩みもあったのではないかと思うが、支えられることへの感謝、また支えあうことの大切さを学んだのではないかと思う。

ミックスゾーン、笑顔がこぼれる (PID: 002482)
ミックスゾーン、笑顔がこぼれる

岩瀬にとっては、まさに苦しくもあり、喜びでもあった。自らに負けることなく、前進したからこそ得られたものが多くあったのではないかと思う。
この先、彼がスポーツ選手としてどこまで成長できるかは判らない。もしかしたら、スポーツ選手としては一流にはなれないかもしれない、でも、スポーツをとおしてさまざまな事を経験し、感じ、学び、一流の人間になれるのではないかと思う。
彼にそのような機会を与えてくれた人々に、その場に立ち合わせてくれたことに、心から感謝したい。ありがとう。


(車椅子陸上選手・ゲストジャーナリスト花岡伸和)


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