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| 「べレナ(・ベンテレ選手、ノルディック・B1・ドイツ代表)は昨日、ここに来たよ。いろいろスリリングな話を聞かせてくれたね」ラジオの放送、編集、すべての作業が行われるコンテナで。 |
セストリエレのバス停周辺には、所狭しとコンテナが並んでいる。各国メディア、特に規模の大きなテレビ局が、パラリンピック期間中に設置する、編集作業の拠点である。
その中に、「R4H」とバナーのかかった、一回り小さなコンテナがある。インターネットを通じて配信する、ドイツの独立ラジオ局、Radio for Handicap(障害者のためのラジオ、以下R4H)のスタジオだ。
新聞、テレビ、インターネット・・・今日ますます、スピードとインパクトを要求されるマスメディア。数ある通信手段の中でも、あえてラジオというメディアを通して、彼らはどのようなことをトリノから伝えているのだろうか。
代表のカール・グラント氏と、コーディネーターを務めるアレックス・グルンドラー氏に話を聞いた。
* * *
―まず、R4Hはどのようにして始まったんですか。
「R4Hは、2003年の、ヨーロッパ障害者年をきっかけとして始まりました。当初はハンブルグでスタートしましたが、今はドイツ各地に拠点があります。スイスやオーストリアなどのドイツ語圏でも、拠点が出来ました。
ターゲットは障害のある人はもちろん、そうではない人も視野に入れています。家族や友人に障害のある人がいるとか、このようなトピックに関心があるといった人たちですね。さまざまな人が、一緒に楽しめる放送を目指していますし、そしてわれわれスタッフも、障害のある者とない者が一緒に仕事をしています。(アレックス)私自身も、足に障害がありますしね。」
―普段はどのような番組を流しているんですか?
「放送は24時間やっています。障害に関する情報だけではなく、音楽もいっぱい流しますよ。特に朝、気持ちよく一日を迎えられるようなラジオにしたいと思ってますからね。演劇や展覧会などのイベント情報も流します。
現在は、事故などで人生の半ばで障害を持つことになった人たちを、リハビリ病院などに訪ね、励ますプロジェクトを継続的に行っています。(アレックス)私は子どものときから足が不自由でしたので、障害については当然のこととして受け止めていました。けれども、そうではない人にとっては、突然障害者になってしまったことは、受け入れるには厳しい現実でしょう。それでも、やはり、前向きに生きていくことは出来るんだというメッセージを伝えたいですね。
クリスマスには毎年、資金集めのためのイベントもやっていますよ。」
―パラリンピックの期間中は、普段と違う特別番組を放送しているのですか?
「パラリンピックの期間中は、夕方6時から11時まで、生放送の特別番組を流しています。まず最初の30分は、ドイツのパラリンピック組織委員会のスタッフをこのスタジオに招いて、今日一日の競技の概要、結果、その日のハイライトを話してもらいます。まあ、どうしても、ドイツからの視点に立っての話になるわけですけどね。日中、競技場で録音した、ゴール直後の選手のインタビューも流します。(筆者に)あなたもよく、この現場に行きあっていましたよね。
選手や関係者をスタジオに招いて、生インタビューも行いますよ。明日は、日本のアルペンチームのコーチ、伴さんにインタビューをします。どんな話が聞けるのか、楽しみです。」
―パラリンピックが始まって、リスナーの反応はどうですか?
「パラリンピックが始まってから、アクセス数が急増しましたよ。開始前と今日とでは・・・(データを見せてくれながら)ほら、7倍にふくれあがってます。最近はブラジルやフィリピンからも、アクセスが来ましたね。これも、普段の放送ではほとんど見られないことです。普通のラジオの電波では、届きようのないところにいる人たちがこうして聞いているなんて、本当にうれしいですね。パラリンピックというトピックが国際的に注目を集めている、ひとつの現象だと思いますよ。」
―今後はどのようなことを行う予定ですか。次のパラリンピックでも、特別番組を組んだりするのですか?
「ええ、北京にも乗り込むつもりです。4年後のバンクーバーにだって行きますよ。その際には、あなたとも一緒に何かやれたら面白いですよね。
そういえば、R4Hの最初の生放送プロジェクトは、2002年のソルトレークシティ・パラリンピックでしたねえ。」
インタビュー(2)に続く
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| 選手にインタビューを行うR4Hのスタッフ。 |
(真下弥生)