取材チームによる日記的編集後記です。
2010年3月24日
合理的なのか・・パート2 |
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| いまはただの聖火台だけが残されている。これからどうなるのか・・ |
メディアトランスポート
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| IBC前 |
大会が終わった翌日からメディアバスの本数が減り、ウィスラーから日本チームの解団式へ向かうことはできたものの、帰りのウィスラー行きのバスがないだろうなぁとはうすうす感じてはいた。
解団式が終わって、地元の友人に教えてもらった海沿いの景色を眺めながら、とりあえず、IBC前のバスターミナルへ。
IBC前には、ブルージャケットのボランティアがいた。そして案の定、WMCへのバスはなかった。ひとりのSueさんというボランティアの女性に相談してみたところ、車でウィスラーへ行く人がいるから乗せてあげる、ということだった。出発まで時間があるようだったから、遅い昼食を近くですませ、Sueさんの手配してくれたグレーのVANOCの車でイタリア人ジャーナリスト、負傷したボランティアの女性とともにウィスラーへ向かうことができた。
イタリア人ジャーナリストは、おそらく私と同じ境遇だったにちがいない。負傷した女性ボランティアは、ウィスラーの選手村で降りた。外傷があるだけでなく、体調も悪かった彼女を送ることが目的で、それに便乗させてもらえたということだった。
とにかく、この日は、ウィスラービレッジまで戻ることができた。
戻ってみると、メディアセンターは撤去作業が進んでおり、ヘルプデスクも人影がなかった。クロージングセレモニーの翌日にはもうこんな状況だった。合理的なのだろう・・・なごり惜しいということはないのだろうか?
その後・・
さて、帰国のためのトランスポートは24日まで、1時間おきに空港行きのバスが出ていることになっていた。
20日間借りていたコンドの掃除をする都合から25日の飛行機で帰国することにしていた。で、ぎりぎり24日の空港行きに乗り込もうと3時にヒルトンホテルの前で待っていたのだが、VANOCのバスが来ない。ヒルトンのクロークに聞いてもVANOCバスのことはわからないという。他にメディアバスのルートになっているデルタビレッジスウィートでも同じ状況で、ホテル客用のバスを予約して乗っていけばいいと言ってくれたのだけど、6時半になるという。
もういちど、メディアセンターに戻ってみたが、もとよりヘルプデスクに人はいなく、メディアトランスポートの電話番号もわからなかった。メディアセンターの出入り口のボランティアはバナナチップを食べながら途方に暮れた私を心配してくれるのだが、メディアバスの期間中にVANOCのボランティアがメディアトランスポートの連絡先を知らないのだろうか?バナナチップを食べながら上司に無線で連絡してくれるなど、彼女のそこでできるかぎりの対応はしてくれた。
約2時間半・・。荷物を引きずってビレッジを行ったりきたりの合間に写真を撮るゆとりがなかったのが残念。
結局、仕方なく、4時半のグレーハウンド(一般の高速バス)でダウンタウンへ向かうことにした。何度か泊まったペンダーストリートのラマダホテルを目指して。
ウィスラーの街は、やれやれという感じで、すっかりいつものモードを取り戻しつつあった。私はバスに乗り遅れたことで、すっかり取り残された旅人の気分だった。ビレッジが私を帰したくないのか、私が帰りたくないのか・・などとぼおうっとしたアタマで考えながらバスの出発を待つ。
(佐々木延江)





