2002年3月15日の日記
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昨日、私は悟った。やっぱり、アメリカの薬はキツイ。12歳以下になったつもりで、薬を通常の半分の、1カプセルにしてみた。おかげさまで、それから、だいぶ楽になったと思う。 夜の薬も1カプセルに減らしたので、朝も、起きられるようになった。気が付くと、佐々木さんがベッドで死んでいる。いや、死んだようになっている。記事の編集以外にも、読者との双方向コラムを掲載している彼女は、連日の深夜作業に追われているから、無理もない。 |
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ホテル向かいにある、気になる家。 「スティーブン・キングの小説の舞台(猟奇殺人とか)になりそうで、怪しい」と、常々、佐々木さんと話していたが、いつの間にか、貸家(FOR RENT)の貼り紙が。 |
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今日は11時から、ホッケーの5位-6位決定戦の応援をするのだ。佐々木さんが楽しみにしているのは、プレッツェルのようだが。 |
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とにかく、アメリカ人はノリがいい。 楽しみ方を知っている...と言ったほうがいいかな。 |
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効果的に、音楽が鳴り、DJが流れ、スクリーンに文字が映る。スタッフが"Louder!!"と書いたカードを持って走り、観客は、それに応える。 会場全体が、ゲームを楽しんでいる。 |
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今日の日本も、ノリが良かった。やっぱり、日本チームは強かったんだということが、わかる試合だった。オープニングの音楽が、U2の"Where the streets have no name"というのも、幸先良かったものなぁ(、個人的に)。 決定的瞬間というか、シャッターチャンスは、何度もあった。でも、私の古いデジカメじゃ、これが精一杯。もう少し、いいカメラが欲しいなぁ。 |
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いつも冷静な、須藤選手 |
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激しく当たる、三澤選手 |
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エストニアの選手が負傷し、ゲームは一時中断。後ろから押してもらいながら、自力でリンクを去っていった。 |
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今日、大活躍の吉川選手(奥)と矢口選手 予想通り、吉川選手はMVPに選ばれた。 |
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ディフェンスの石田選手や、柴選手が初ゴールを決めたり、今日は嬉しいことばかりの、気持ちのいい試合だった。 |
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勝利が決まって、喜ぶ日本チーム |
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もう1回、やりたいよね。 火がつくのが遅かったのか、狂った調子が戻ってきたのか。 |
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そういえば、須藤選手は勝利まで、あと5秒というところで、2分のペナルティーをくらいました。あと1分55秒、どこに閉じ込めておこうか。 最後に、ミツと、フェンス越しのハイタッチをした。いい顔をしていたね。ソルトレークまで、来て良かったよ。 |
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メディアセンターに戻り、明日の閉会式の入場許可シールをインフォメーションカウンター(INFO2002)で貼ってもらう。 |
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雑用係としては、そろそろ帰国の準備も考えなければならない。メディアセンターの撤収、閉会式までの取材と段取り、ホテルからの引き上げ、その他もろもろ。 一度もオフのなかった佐々木さんと私の編集チームは、明日の早い時間に、お土産を買いに、ダウンタウンへ行こうと目論んでいるのだが、果たして??? |
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