荒井監督インタビューその2 〜たくさんの人に支えられて〜

 ― バイアスロンは、日本では満足に練習できないと聞いたんですが。

オリンピックのバイアスロンも含めて、日本では法律の関係で十分に練習できなかったんですよ。
でもルール改正のおかげで、ブラインドに限っては、空気銃がビーム銃になったんです(ルール参照)。それをフィンランドから2台購入したので、ブラインドの選手たちは練習できるようになりました。
ただ、シットスキーと他の立位の選手たちは、銃を持っていなかったり、持っていても射撃場以外では撃てないから、なかなか大変ですよね。

 ― でも、長野でのメダル第1号は、小林深雪選手のバイアスロンでしたよね。

彼女は、音を聞き分けて的を得る能力がすごいんですよ。バイアスロンは数秒差の世界ですから、的を一発外すと1分のペナルティーが与えられるのは、とっても痛いんですけどね。

 ― 銃の指導は、どのようになさっているんですか?

自衛隊の方に教わっているんです。スキー関係者の中には、自衛隊に就職される方が結構多いんですよ。
また、伝田(寛)くんは銃の免許を持っていますから、自分で練習できるんです。彼は、ランニングをして心拍数を上げてから銃を撃つというトレーニングを繰り返していますよ。おかげで100発撃ってもほとんど外しませんからね。百発百中ですよ。

 ― じゃあ、バイアスロンに関しては、日本は不利なんですか?

そうかもしれませんね。外国の選手は、自分の銃を持っていますから。日本では銃をレンタルするので、自分の体に合わせるのが難しいんです。ただ、ブラインドは備え付けの銃を使うので、一応、条件は同じなんです。

 ― 今回、IDの選手が参加できなくなった(ルール参照)のには、みんながっかりされたでしょう。

昨年6月の時点では、長野で銀メダルを獲った安彦(あびこ)君、銅メダルの篠原君、そして石川県の西村君が代表に決まっていたんです。
西村君は、走力ではトップクラスなんですが、長野では捻挫をしてしまって出場できなかったんですよ。だから2大会連続で、悔しい思いをさせてしまったんです。本人は、4年後のトリノに向けて頑張ると言ってくれていますけど。

実は、IDの子たちがパラリンピックに出るのって、とても大変なんですよ。彼らは、流れ作業をするような工場のようなところで働く事が多いでしょう。だから、1人だけスキーのために仕事を抜けるってことが、なかなか難しいんです。
シドニーの時も「仕事を取るかパラリンピックを取るか、どっちかにしろ」と言われて、出場をあきらめた人が何人もいるんですよ。今は不景気だし、就職難ですからね。

 ― 頑張っている姿が、周りの人にも伝わればいいですね。仕事を持ちながら参加している選手がほとんどなわけですから。

そうですね。だから僕たちも「いろんな人に支えられてスキーが出来るんだから、必ずお礼を言うんだよ」といつも指導しています。

ヨーロッパではね、IDのスポーツ選手の多くは、スポーツセンターで清掃スタッフなどの職員として働いているんです。それなら、空いた時間にトレーニングできるじゃないですか。日本でも、そんなちょっとした工夫でね、トレーニングの環境は整えられると思うんです。

ロシアの取り組みも面白いですよ。
証券取引場のオーナーが、降り引き手数料のうち何%かを、知的障害者のスポーツ団体に寄付しているんです。
割合が決まっていますから、取引が多くなればスポンサー料も高くなるし、取引が少なければスポンサー料も安くなるというシステムなんです。

 ― 日本では、まだまだ企業の間で理解が進んでいませんから、スポンサーを見つけるのも大変でしょう。

今、こういう経済状況ですから、どこか大きなスポンサーを見つけて、お金を出してもらうのは不可能だと思うんですよ。オリンピック選手の所属チームでさえ廃部になってしまう時代ですから。
日本には、スポーツを文化として捉える見方が少ないですし、経済的に苦しくなった時に、最初に切られるのがスポーツなんですよ。
こういう発想は、たとえばヨーロッパにはないんです。たとえ宣伝効果がなくても、みんなが守っていきたい昔からのスポーツ・・・ポロだとか、たくさんあるでしょ?そういうものを、ずっと企業が応援しているんですよね。歴史が違うんだなぁって思いますよ。 

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