From: "Shigeru Namiki"
To: "'Nobue Sasaki'" <sasaki@paraphoto.org>
Subject: RE: 5 日本選手の活躍を待つ
Date: wed, 13mar 2002 18:59:34 +0900

佐々木さん

昨日の夜、少し早めに帰れたのでテレビを見たら、NHKでアルペンの放送をしていました。
絶対いないとは思いながら、でも観客席に佐々木さんの顔を探してしまいました(笑)。

> そうでした。スポーツをしていくうえで何が障害になるか、は人それ
> ぞれだと思います。
> 今回も、選手たちの「メンタル面が・・」という話をよく聞きましたが、
> これは、どの国の選手も同じですし、そこを挑戦していくことも含め
> て競技と考えることが必要なのですよね?
> これは、スポーツだけじゃなく、アートも、ライフも真剣に取り組んで
> いく上で言えることだと思います。

そう、だから人を元気づけるというのは別に「障害者スポーツ」だから
その効力が高いということはないと思うのです。
いい言い方ではないですが、パラリンピックはスポンサーを見つけるには、単純明快で
企業にとってはお金の出しやすい題材ではあると思います。企業にとっては、
若干の資金の提供や機材の提供だけで、優しい企業の顔ができるわかですから。
でも、努力はどこの世界の人も一緒で、プロ意識のある人は当然しているわけです。
まして、そこは努力をたたえてくれる金メダルなんかない世界かも知れません。
負けが分かっていても、頑張らなければならない世界かも知れないわけです。
「プロジェクトX」がなぜ社会現象にまでなっているかというと、
同情などではない、人の生き様が、他人からすれば他愛もないかもしれないけれども
本人にとっては大きな誇りが、そこにあるからでしょう。
表彰台などない市民の戦いの姿がそこにあるからでしょう。

今回のことは、色々考えさせてくれるいい機会を与えられたと佐々木さんには感謝しています。
でも、同情する心をクールに切って、プロフェッショナルに徹するということは、
我々にはタフな題材であったと思っています。
何か、人に勇気を与えるストーリーを僕が作ろうと思った時に、他にある
(例えばプロジェクトXのような技術者物語)テーマと比べて、
今回のパラリンピックを取るかというと難しいかなと思います。
色が付き過ぎてしまうというか、(自分たちは)クール(平常)にしているつもりでも
「同情好きな人」が勝手に、解釈をしてしまうというかそういう恐れがあるからです。
むしろ、こういう我々の葛藤をストーリーにした方が面白いかもしれませんね。


> 当然のことですが、障害者スポーツの「障害」というのも、
> 医療的な面の障害と、競技をするための環境に対する障害とは違
> います。前者は選手たちにとってクリアされていることで、後者は、
> 競技者に対する社会環境や、意識的な成熟の問題だと思います。
> この問題はどの範囲の対象を持っているのでしょうか?
> 国籍や競技、障害の種類、程度、経済・・・など、さまざまな面に
> 共通した課題なのかもしれません。
>
> さて、マーティ・キーナートさんのページ、
> ピックアップしていただき、ありがとうございました。
> とても勉強になってしまいました。
> 確かに、いまだ日本のメディアは「日本人」「障害を乗り越えて」
> ということをやっているところがありますね。
>
> ここ、ソルトレークからの情報でもあるみたいです。
> シドニーでも話題になっているのだけれど、気にならないのかな。
> なんて思います。
>
> 私たちも自分にお金を払ってのことなので
> 悔いのないように記事を送りたいと思います。
>
> いろいろとありがとう!

あと少しですが、いい仕事をされることを願っています。頑張ってくだ
さい。また、暇ができたらメール下さいね。

では。

並木茂

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