関連カテゴリ: イベント, パラリンピックムーブメント, 取材者の視点, 周辺事情, 東京, 知り知らせる, 長野, 馬術, 馬術トップ — 公開: 2022年2月26日 at 1:22 PM — 更新: 2022年3月10日 at 9:57 AM

パラ馬術の稲葉 将、オンライン版「あすチャレ!ジュニアアカデミー」で授業

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2月21日、長野県松本市の奈川小・中学校で、東京パラリンピックに馬術の日本代表選手として出場した稲葉 将によるオンライン版「あすチャレ!ジュニアアカデミー」(主催:日本財団パラスポーツサポートセンター、協賛:日本電気)の授業が行われた。

「あすチャレ!」とは「明日へのチャレンジ!」の略で、パラアスリートら障害のある講師から共生社会について学ぶ、小・中・高等学校向けワークショップ型出前授業。スポーツの分野で活躍する講師の話を聞き、対話することによって、児童・生徒1人ひとりが「自分には何ができるか?」を考え、共生社会への気づきや学びを得る機会を提供している。

奈川小・中学校で行われたオンライン版「あすチャレ!ジュニアアカデミー」で授業をするパラ馬術の稲葉 将 写真提供・日本財団パラスポーツサポートセンター

地元の学校に通い、みんなと一緒に体育も

この日の授業は、奈川小・中学校と東京の稲葉講師とをZoomでつないで行われた。同校は小学生13人、中学生7人の小さな学校で、全校児童・生徒や先生
が一同に会し、稲葉の話に聴き入った。

稲葉はまず、先天性の障害(脳性まひ)で両下肢にまひがあること、小さく生まれたため生後数か月間保育器で過ごし、医師から「大きくなっても自力で歩けず、一生、車椅子の生活になるだろう」と言われたこと、など自分のプロフィールを語った。

しかし、現在車椅子を使うことなく生活していて、地元の幼稚園に入り、小学校、中学校の頃はほかの子と一緒に普通に体育の授業を受けていたという。小学校2年~5年生まで地元の少年野球チームにも入っていたが、だんだんスピードなどについていけなくなってしまった。

それでも体を動かすことが好きだったので、何かできそうなことはないか、と探している時、馬に出会った。
乗馬を始めた当初はリハビリ目的だったが、いろいろな人と出会い、「パラ馬術」という競技があることを教えてもらって、アスリートとして活動するようになった、と世界選手権に初出場した時(2018年)の写真などを見せてくれた。

「ぼくは生まれつきの障害があるけど、みんなと同じように、クラスメイトの一員として生活してきました。障害のあるなしに関係なく、一人でできることは限られていると思います。障害があるから何かができないと言うだけではなくて、その人と一緒に生活する中で、一人の人間として協力し合えるような環境づくりが、お互いより良く生活するためには重要なんじゃないかな、と思います」
 と稲葉。

相手を知ろうとすることで、よりよい関係が築ける

続いてパラ馬術について、オリンピック、パラリンピック競技の中で唯一動物と一緒に出場し、決められたコースを馬と一緒にどれだけ綺麗に正確に回れるかを競う採点競技であることを紹介した。人と馬、お互いに意思があるので難しいところもあるが、自分の指示がうまく馬に伝わった時は達成感があるそうだ。音楽に合わせて演技するフリースタイル種目では、馬の動きと曲調が合っているか、など芸術点も採点される。

授業は楽しいクイズや2016年リオパラリンピックの動画などを交えながら進み、パラ馬術をするうえで欠かせない、馬との信頼関係について話が及んだ。

パラ馬術は人と馬とが息を合わせ、一体となって演技する。そのためには、お互いをよく理解して競技に臨まなければならない。稲葉はパートナーであるカサノバと信頼関係を築くため、練習の前後にカサノバの手入れをしたり、練習前に短時間放牧してストレス発散させ、その間に馬房の掃除をしたりするなど、普段から馬の心身の健康管理や、馬が過ごしやすい環境づくりに気をつけていることを紹介した。

人の体調は問題なくても、馬に何かあれば出場できなくなるからだ。馬と会話はできないので、今どんなことを考えているのか、何をしてほしいのか、を考えるようにしているという。
「ぼくの場合は馬ですが、相手のことを知ろうとする姿勢って、みんなにとってもすごく大事なんじゃないかな、と思います。障害がある人だけではなくて、みんなのクラスメイトや友だち、これから出会う人など、自分から相手のことを知ろうとすることで、よりよい関係が築けると思います」
 
稲葉は馬と信頼関係を築くことによって、パラリンピック出場を果たした。東京パラリンピックではカサノバではなくエクスクルーシブという馬に乗ったが、初出場のパラリンピックで自己ベスト更新という目標も達成することができた。

そんな稲葉が印象に残っているエピソードは、小学生の頃、大縄跳びに挑戦したこと。
小学校6年生の時、市の体育大会で、クラス対抗の大縄跳び種目に出場することになった。稲葉は障害があるため、ジャンプしたり飛び越えたりするのが苦手で、クラスメイトに迷惑をかけないよう見学しようとした。
ところが、それまで体育や休み時間に、みんなと一緒にサッカーやバスケットボールをやっていたため、「どうして大縄跳びだけ、チャレンジしないうちから見学とか言うの?」とクラスメイトたちに言われた。
その言葉がすごくうれしくて、背中を押されて練習したら大縄跳びができるようになり、「何事も、まずやってみることが大事なんだな」と改めて気づかされた。チャレンジした結果、体育大会ではクラスでいい成績が出せたという。

また、体育で高跳びをする時は、バーをできるだけ低くしたり、ぶつかってケガをしないように、バーを段ボールのような柔らかい素材の物に変えてもらったりして、みんなと一緒に授業に参加していた。
「できるかできないかではなくて、できないことでもどうやったらできるか、を考えているのが、障害のある人やパラアスリートなんです」
 と体験に裏打ちされた言葉を語る稲葉。

楽しいクイズや動画、質問タイムを交え、双方向に対話しながら授業が進む 写真提供・日本財団パラスポーツサポートセンター

最後の質問タイムでは、「競技をやっていて一番難しいことは?」「馬術を始めて、生活で変わったことは?」「最初に馬に乗った時、恐怖心はありましたか?」などの質問が出て、稲葉はその一つひとつに丁寧に回答した。

授業が終わったあと、児童・生徒たちに感想や「あすチャレ!宣言」(明日からチャレンジしたいこと)を尋ねると、
「パラリンピックやニュースなどを見て稲葉選手のことは知っていたんですが、有名になるまでの努力や大変だったことを知れたので、いい機会だったなと思います。
ぼくはスポーツが好きなので、パラリンピックの人のすごさを知って、その人のすごいところを見て、すごいところを真似してみて、今まで以上にスポーツを楽しみたいな、と思いました」
 と小学校5年生の男子。中学2年生の女子は、
「馬術とか初めて見たんですけど、稲葉選手のあきらめない姿とか、障害とか関係なく、最後まで努力してパラリンピックとかに出場できる強さを知れたことが心に残りました。
私は授業とか勉強とか部活において、少しあきらめてしまうことがあるので、今日の稲葉選手の話を聞いて、私も最後まであきらめずに努力する姿勢を大切にしたいなと思いました」
 子どもたちの素直な心に、稲葉の話は真っ直ぐ届いたようだ。

できないことがあっても、できるように工夫することが大事

競技だけでなく、パラ馬術の普及活動などにも取り組んでいる稲葉は、東京パラリンピックが終わってから多くの学校でオンライン版「あすチャレ!ジュニアアカデミー」を行っており、この日は今年度24回目の授業だった。

普段、「あすチャレ!ジュニアアカデミー」で伝えていることは、この日の授業でも変わらず伝えられたという稲葉。終わった直後の児童や生徒の生の声を聞いて、
「ぼくが普段やっていることや、パラリンピックに出たことを聞いていただいて、自分も頑張ってみようかな、と思ってもらえたのはうれしいなと思います。こういう授業は、学校からの申込みをいただけることで話ができ、ぼくがやってきたことの中で何か感じていただいて、何かの役に立てたらうれしいです」

引き続き、そう思ってもらえるように頑張らなければ、と語る稲葉が、授業で最も伝えたかったのは、
「できることとできないことがありますが、ただ、できる・できないではなくて、できないことでも、どうやって工夫したらできるようになるか、という姿勢が大事」
だということ。
それは、普段の生活でも競技においても同じだ。

パラ馬術は人の体調だけ気をつければいい訳ではなく、毎日馬も気分が違い、天気も違う。うまくいくことが本当に少ない状況でも、あきらめずに継続していく、「できないことを工夫してできるようにする」姿勢を持ちながら続けていくことが大事だという。
「できないことは、ほんとに多いです。でも、『できない』で終わってしまっては、そのあと何もないので、それをするためにはどうするかを常に考えていかなければならないと思っています」
 そうやって、あきらめずに努力してきたからこそ、今の稲葉があるのだと納得した。

稲葉は今後も機会があれば、全国の小・中・高校生に「あすチャレ!ジュニアアカデミー」の授業をしていくという。
障害の有無や、大人か子どもかに関係なく、さまざまな気づきを与えてくれ、自分も頑張ろうと思わせてくれる授業だった。

(取材協力・写真提供 日本財団パラスポーツサポートセンター)

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