Paraphoto 特定非営利活動法人 国際障害者スポーツ写真連絡協議会

9月24日 (06:25)

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【柔道】 男子100キロ超級の天川選手が銅メダル

フリーライター・武藤歌織

アテネパラリンピック大会−20日
 柔道男子100キロ超級の天川敬史選手が銅メダルを獲得した。
 初戦、ブラジルのシルバ選手に後ろ袈裟固めで勝った。しかし、続く2回戦で、ロシアのアカエベ選手に、谷落としでポイントを取られ、判定で敗れた。
 その後、敗者復活戦にまわり、マレーシアのルーイ選手に18秒で大外狩りをきれいに決め、3位決定戦ではスペインのカンポス選手と対戦し、効果を取られたが、果敢に攻めて残り30秒で、技ありを取って押さえ込み、合わせ技で一本を取り銅メダルを獲得した。

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 天川敬史選手の目からは、試合終了後、涙が次から次へと溢れてきた。「最後はしんどかった。今日は、長い試合が続いたので。ゴールデン・スコアにいったら、負けちゃうかもしれないと思い、力をかけてがんばりました」と話し、この日、90キロ級、100キロ級で戦った日本選手が敗退し、天川選手がメダルへの最終挑戦者となったことで、天川選手は「あまり考えないようにしたいと思ったんですけど、やっぱり柔道日本ですから、意地にかけても取りたいと思いました」と述べた。

photo 天川敬史選手の父・幸彦さん(63)は「やさしい子で、最後の詰めがどうしても甘くなる。格闘技は向いていないのではと思っていた。しかし、今回は嫁さんと息子のために、奮起したのでしょう」と銅メダルを決めた息子の快挙に、目にうっすらと涙をにじませて語った。熊本県の郷里から、まちを挙げての声援で送り出され、また、この日は、両親兄姉を含め応援団20人が「ファイト!ケイジ」と書いたTシャツを着て、声援を送った。
 天川選手は、中学でサッカー、高校で柔道を、大学でアメリカンフットボールをしたスポーツ青年だったが、高校生の頃から先天性の緑内障で序々に視力が低下。熊本大学理学部で生物学科を専攻して、顕微鏡を見続ける生活が病の進行を早めたのか、大学院への進学を断念。
 将来を悲観し、前に進めない時期もあった。が、柔道を再開し、サッカーも再びはじめて、妻の頼子さんと出会って家庭を持ち、父親となり、盲学校でマッサージ・鍼・灸という新たな道を歩み始めた。息子を見守ってきた母のキヌ子さん(64)は、「思いやりがあって、やさしい子。つらいときは、つらいと漏らすんです。でも、そんな素直な子だから、みなさんの応援の気持ちを素直に受け止めた結果がこれなんでしょう」と、大きな夢を実現した息子の姿に、喜びの涙にを見せた。

【文・撮影/武藤歌織】

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