ブラインドスポーツ, 体験会, 作品, 横浜 — 2020年2月15日 at 3:18 AM

爾麗美術「目と指で見るパラスポーツ写真〜これがパラスポーツの魅力!?〜」展示作品のご紹介

写真家プロフィール

市川亮(ゴールボール)
横浜在住。日本ゴールボール協会・日本代表選手団オフィシャルカメラマン。ゴールボールだけでなく、視覚障害柔道の国際大会や日本代表の遠征にも撮影で帯同。英語専攻の大学を卒業後、報道写真家を目指し東京の写真学校在学中にスポーツフォトグラファー・安藤理智氏に出会い、パラスポーツの世界へと導かれる。写真事務所、スタジオでのアシスタント経験を経て、ロンドンパラリンピックで金メダルを獲得した女子ゴールボール日本代表選手団でオフィシャルフォトグラファーとして活動している。

堀切功(アルペンスキー)
東京在住。スキー専門誌『月刊スキージャーナル』編集部に在職中、長野パラリンピックに向けた取材を通し、「ユニバーサル・スポーツとしてのスキー」の可能性にあらためて注目。それを起点に、バリアフリー問題への関心を深めてきました。現在は、フリーランスのフォトジャーナリストとして撮影取材を続ける一方で、一般社団法人日本パラリンピアンズ協会の事務局長として、パラスポーツの理解啓発などパラリンピアン有志が行なう活動をバックアップしています。

安藤 理智(陸上)
バンコク(タイ)在住。横浜国立大学(教育)、カセサート大学大学院(スポーツマネージメント)卒。タイ・バンコクをベースに、カンボジア、日本で4 つの会社を経営する傍ら、2008 年10 月よりタイ・オリンピック委員会のオフィシャルフォトグラファーを務める。フォトグラファーとしてだけではなく、大会役員、選手団役員など、様々な形でスポーツに関わり続けている。2006 年アジアパラリンピック、2008 年北京パラリンピック、2012 年ロンドンパラリンピックほか、直近はロンドンで行われたパラ水泳世界選手権で世界のパラスイマーを撮影。

中村 Manto 真人(ブラインドサッカー、車いすラグビー)
バンクーバー(カナダ)在住。フォトジャーナリスト、ビデオグラファー。トライアスロン、アイアンマンそして自転車競技ツールドジャパンのステージ優勝などの選手経験を経て1992年カナダに移住。オリンピック、パラリンピック、女子ワールドカップサッカーなどを頂点に、幅広いスポーツ分野のアスリートの輝きを取材、応援。スポーツの他にも動植物などの自然や人物などをライフワークとして撮影、取材。カナダでオーガニック納豆の製造販売事業も手がけている。

内田和稔(電動車椅子サッカー)
横浜生まれ。2009年に知的障がい者サッカーに出会い、横浜Fマリノスの知的障がい者サッカーチーム「フトゥーロ」を中心に撮影。横浜ラポールで、Jリーグ初の知的障がい者サッカーチーム「横浜F・マリノスフトゥーロ」写真展を開催。特別支援学校高等部選手権大会、ジャトコ&マリノスフトゥーロカップ、電動車椅子サッカー横浜大会マリノスカップ、電動車椅子サッカー全日本選手権オフィシャルカメラマンを担当。2017年よりパラトライアスロンを撮影。

吉村もと(水泳)
2004 年アテネパラリンピックより、パラスポーツを撮影。2006 年トリノパラリンピック以降、アイススレッジホッケーなど冬季パラスポーツの撮影にも精力的に携わる。夏冬、国内外のパラスポーツを撮影し、現地から伝えている。

森田和彦(水泳)
横浜市中区在住。パラフォト事務局運営。進行性眼疾患により、中学2年生ごろから物の輪郭や動いているものが見えなくなる。相手の表情がわからないため空気が読めず、ナイープな学生時代をすごす。萩尾望都、大島弓子をはじめとする少女マンガに傾倒し、午後から登校して部活にだけ参加する変わり者の長距離走者だった。「ロービジョン」という言葉に出会うのは、大学を中退して社会人になってから。障害者として支援を受けず、ICTツールを駆使して仕事を続ける。パラフォトに参加してからは、デジタルカメラを眼の代わりにして周囲の状況を観察することを思いつき、自分の世界を広げた。プロ野球のカメラマンがボールを眼で追わずにボールの軌道と落下点を予測して写真を撮っていることを知り希望を持つ。自分の撮影は、被写体を調べて、事前にイメージを作り、状況を予測して撮影するスタイルが特徴。(ファインダーはほとんど見えない)2003年フェスピック富山大会から2008年北京パラリンピック現地取材、ウエブサイト「パラフォト」のほかパラスポーツサイトの制作、保守を手がける。

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