タンデムバイクOK!、横浜シーサイド・パラトライアスロン開催!

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スタートセレモニーで。パラトライアスロンの選手は第1ウェーブでスタート

スタートセレモニーで。パラトライアスロンの選手は第1ウェーブでスタート

 10月25日(日)、第6回横浜シーサイドトライアスロンが横浜八景島シーパラダイスで開催された。参加者は約860名。同大会では2年前から障害のあるアスリートが参加できるが、当初はスイム・ランのみのアクアスロンだった。今回はじめて、スイム(0.4KM)バイク(20KM)ラン(5KM)による3種目でのトライアスロンが行なわれた。

 出場したのは、中山賢史朗(TRI2/大腿切断で義足を使用)と、中澤隆(TRI6/視覚障害でガイドランナーとともに出場)の2名。二人はともに東京からの参加で、ITU(国際トライアスロン連合)が主催する国際大会にも出場経験があり、国内では数々のレースに出場する日本のパラトライアスロンを担う選手たちである。

表彰式を終えた、パラトライアスリート。左から、中山賢史朗(大腿切断)、ガイドの高瀬誠、中澤隆(視覚障害B2)、介助犬デネブ

表彰式を終えた、パラトライアスリート。左から、中山賢史朗(大腿切断)、ガイドの高瀬誠、中澤隆(視覚障害B2)、介助犬デネブ

 パラトライアスロンは、来年のリオパラリンピック(ブラジル)で正式種目となる新しい競技。国内の競技人口は少ないが、アメリカ、イギリス、ロシア、オーストラリアなどで人気が高く、世界の選手たちはメキメキ力をつけてきている。この1年でITUを中心にパラリンピックにむけたクラスやルールづくりがすすみ、現地で1年前のテストイベントも行なわれた。日本から一人でも多くの代表選手をリオパラリンピックに出場させることは、2020年東京パラリンピックでの注目や、その後の競技振興につながるだろう。
 パラ選手の応援にきていた富川理充パラリンピック対策プロジェクトリーダーはつぎのように話していた。
「あと1年でゼロからのリオは難しいが、これまで、トライアスロンの要素となる水泳、陸上、自転車などの選手として練習して来た人なら、トライアスロンへの競技転向での可能性は高い。しかし適切な指導者も難しい現状からは、いまの選手自身がリオ、東京へ向かって自分の力をつけていき、東京後に、その経験で若い選手を指導していけるよう計画が必要なのかもしれない」
 11月3日には、日本障がい者スポーツ協会主催の「トライアウト2015 競技転向・新たな挑戦」が開催される。パラトライアスロンからの呼びかけると富川さんは話していた。

新たに加わった、自転車パート

タンデムバイクで走る、中澤隆(後ろ)とガイドの高瀬誠(前)

タンデムバイクで走る、中澤隆(後ろ)とガイドの高瀬誠(前)

 毎年「ITU世界トライアスロンシリーズ・パラトライアスロン」が開催される横浜市ではいま、タンデム自転車の公道走行を認める方向で、神奈川県警察との協議を行なっている。大会開催時に国内外から集まる選手たちが練習できない状況を改善したいためである。
 今大会は、自転車ができることになり、パラトライアスロンを開催することができた。そして、中澤選手がタンデムで出場したことで、ひとつの実績ができた。来年はさらに多くのタンデム自転車での出場者が増えて行くことを願っている。

横浜のパラキッズ、ラストラーダJr

表彰式後、ラストラーダJrの選手たち

表彰式後、ラストラーダJrの選手たち

もと車椅子バスケットプレーヤー・久保田章さんは現在、横浜ラポール(横浜障害者文化スポーツセンター)を拠点とするジュニアスポーツチーム・ラストラーダのコーチ。チームの2人の選手がリレーに参加した。ラストラーダJrのメンバーは現在25名。トライアスロンのほか、横浜マラソンや日産カップ追浜車椅子マラソンなどにも参加している。
「彼らは2020ではまだ幼く、開催国で東京でのメダルは大事だが、それは今の選手たちでとってもらう。この小さい子供たちはそれ以降の選手になるだろう」と久保田さんは話していた。