ボッチャ, 取材者の視点, 電動車いすサッカー — 2020年1月16日 at 2:48 AM

電動車椅子サッカーからボッチャへ ~ 有田正行パラリンピックへの挑戦

パラリンピックへ王手

【決勝 河本圭亮(赤球) – 有田正行(青球)】
 もう1つ越えなくてはならない関門は、地元愛知の河本圭亮。(アシスタントは母の幸代さん)。河本は自らの手で投げるBC4クラスの選手として小学校3年からボッチャを始め2011年の日本選手権では2位にもなったが、筋ジストロフィーの進行とともに最重度のBC3クラスに転向。日本選手権2連覇中、世界ランキング17位の選手である。 
 第1エンドの先攻は河本。コート左のライン際3m程のところにジャックボールを置く。有田はジャック手前に2個の青球をピタリと寄せるが、河本は2投目でその間に赤球をねじ込み、3投目のウルトラハードで赤球をプッシュしジャックに寄せる。有田はその赤球の処理にてこずり、河本が主導権を握って1点を先制した。

決勝第1エンド 狙いを定める有田 右は河本

 続く第2エンド、有田はジャックボールを河本のほぼ目の前2mに置き、ピタリと青球をアプローチ。その青球をはじき飛ばしたあとの河本の2投目、床面の板目の影響を受けたのだろうか、投じた球がほんのわずか左に曲がった。ジャックにはアプローチできたものの、有田とジャックを結ぶライン上ではない。ライン上にあれば有田はウルトラハードで弾き出す場面だが、使用したのは別のボール。そのことがエンドの最後に影響を及ぼすことになる。その後、両者ともにニアボールをはじき飛ばしてはピタリとアプローチ。その応酬が繰り返され、有田は5投目でスーパーソフトの青球をピタリと寄せ、大きな拍手がわき起こる。河本はジャックとのライン上にある、その青球をはじき切れない。1点リードで有田は6投目の場面をむかえる。残り時間は1分20秒。一気に2点を奪い逆転のチャンス。しかし有田は狙いを定めるものの何故か投球動作に入らず、刻々と時間が過ぎていく。「どうしよう」と独り言を呟き考え込む有田。反応するわけにいかないアシスタントの千穂は指示を待つしかない。残り30秒になったところで有田は「投げない」決断を下した。有田には1点のみが入り、1-1の同点に追いついた。
「相手のポイントになるかもしれんし、ちょっと怖かった。いろいろ考えたけど、投げても点は取れなかった。投げてもなんともなってなかった」と有田は振り返る。
 残っていたボールはウルトラハードだった。敵球を弾き飛ばすのには適しているボールだが短い距離のアプローチは難しい。「曲がって変なところにいくといやだ」という気持ちが強かった。

決勝第2エンド 6投目を投ずるかどうか熟考する有田

 第3エンド、河本はコート左奥のロングおよそ9mの位置にジャックボールを配した。有田は河本がロングをしかけてくることは大会前から予測していたが、1投目はややショート。2投目に投じた青球を3投目でプッシュしジャックに寄せようとするが寄せきれず、結局6投目まですべて投げさせられてしまう。河本には5球がまだ残っている。有田は大量失点のピンチをむかえる。しかし手前に築いた有田のガードを河本はなかなか崩しきれず得点は1点のみにとどまった。最終エンドを残して河本が2-1と最小得点差のリード。流れは勝ち越した河本にあるのか、最小失点でとどめた有田にあるのか。河本は難しい表情、一方の有田からは「これはあるぞ。いけるかもしれへん」という言葉がこぼれ出た。

決勝第3エンド終了時点 赤球の河本が1得点を得た

 そしていよいよ第4エンド。有田は第2エンドと同じく河本の目の前にジャックを置く。河本は3投目で青球をはじいて赤球をジャックにピタリと密着させるショットを繰り出す。有田は3投目でその赤球にヒットし奥に押し出して、観客席からはどよめきと大きな拍手がおきる。しかし有田にとっては後悔の残るショットだった。本来であれば投じた青球を元々赤球があった位置(ジャックボールの手前)に残したかったのだが、ボール1個分奥に行ってしまった。

決勝第4エンド 有田の3投目

 河本は、そのわずかなスペースを見逃さない。自分の赤球左半面を狙いプッシュ、押し出された赤球は右斜めへ進み、右奥のジャック手前のスペースでピタリと止まる。観客席から漏れるため息。まさにミリ単位の攻防が続く。有田はランプ最上段からウルトラハードを転がしその赤球にヒット、奥にあるジャックボールをさらに奥へと動かす。続く有田の5投目、スローイングボックス右端ぎりぎりから絶妙にコントロールされたウルトラハードが自らの青球をプッシュ、押された青球はそのままジャックボールに密着した。大きなどよめき、「ナイス」という声、そして拍手が静かな会場に響き渡る。有田からも珍しく「よっしゃー」という声が漏れ出た。1球1球局面が変わり目が離せない。この時点で河本は残り2球、有田は1球。河本が最上段からウルトラハードをリリース、青球にプッシュし奥の赤球をジャックに寄せるものの、この時点では依然として有田の青球がニアボール。有田の青球はジャックボールに隙間なく密着しているが、河本の赤球とジャックの間にはわずかな隙間があり、有田1点リードの状況。しかし河本は最後の投球で、見事にその隙間を埋めた。このまま終われれば両者が1点ずつ分け合い、河本の優勝が決まる。有田はスローイングボックスを離れ局面を確認。ジャックボール、赤球、青球が密着した状態だ。狙いは手前の青球に当てて奥の赤球をジャックボールから少しでも離す。残り8秒、リリースされ密集の中に進んでいったボールが狙い通り青球に当たる。

決勝 有田最後の投球

 赤球を離すことは出来たのか? 遠目からは状況がわからない。審判が確認のため両者を呼ぶ。もしジャックボールと河本の赤球に間に、紙一枚が挟める1mmでも隙間が出来ていれば有田が追いつき、タイブレークに持ち込まれる。

結果を確認する有田

 しかし河本の赤球は白いジャックボールに接したままだった。その瞬間、河本圭亮の優勝が決まった。両者が1点ずつ分け合い、トータルスコアは3-2。まさに紙一重の勝負だった。

決勝終了時のボールの配置

 河本圭亮はパラリンピック出場が内定。「東京パラリンピック代表は想定内。これからがスタート。自分の持ち味は先を読む力。その力をもっともっと上げて技の魔術師と言われるようになりたい」とパラリンピックへの抱負を語った。
 一方、有田正行の東京パラリンピックへの道は、あと一歩というところで潰えた。

 年が明けても有田の脳裏に浮かんでくるのは、決勝第4エンドの3投目のわずかなミス。河本の赤球にヒットし奥に押し出したものの、自分の青球を相手の前に残せなかった一投だ。「(リリースする高さを)15㎝高く言い過ぎた」「もうちょっと低く、もうちょっと弱くしていれば」。そうすれば河本にもう一球余計に投げさせることができ、タイブレークに持ち込めたのではないか。そして優勝しパラリンピック出場内定も得ていたかもしれない。「自分の得意なプレーなのに、それが出来なかったのが悔しい」
 最終的にジャックボールに密着し離れることのなかった河本の、“作り込まれた”ボールは、そのわずかなミスの後に投じられたものだった。 
 妻の千穂はその投球とともに、決勝第2エンドで投げなかったウルトラハードのボールがずっと頭に浮かんでいる。「距離的に絶対無理というわけではなく、曲がることが不安だから、ボールが信じられないから投げられなかった。もう少し真っすぐ転がるように作り込んでおけば良かったなという後悔がずっとあります」

「ボッチャを始めたとき『東京パラリンピックに出たい』と言ったら、皆に『アホちゃうか』『どの口が言うてんねん』くらいの顔で見られた。それを考えたら上出来かと。もっと出来たかと思うが仕方ない…」と有田は静かに振り返った。

 電動車椅子サッカーの代表落選は納得できるものではなかった。だが今回の“落選”はすっきりもしている。夫婦二人で最大限やってきて、試合に敗れたという明確な結果があるからだ。2位になったことで強化指定選手にも選ばれた。
「出場できる大会は全て出て世界ランキングも上げていきたい。長期的には2年後の世界選手権や4年後の2024年パリパラリンピックも見据えて、まずはロードマップを考えていく」と有田は言う。もちろん、妻の千穂との共同作業である。

 2020年新年の自宅には孵化を待つ卵のように、既に新しいボールたちが置かれていた。

(校正 佐々木延江、望月芳子)

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