関連カテゴリ: BEIJING 2022, COVID‑19感染対策, セレモニー, パラリンピックムーブメント, 冬季競技, 新着 — 公開: 2022年3月14日 at 5:11 PM — 更新: 2022年3月24日 at 4:58 PM

北京パラリンピックが閉幕。ビッグ・ボランティア9000人に、謝謝!

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雪と氷のなか世界の選手が全力で戦った北京パラリンピックの9日間が閉幕。3月13日20時から行われた華やかな閉会式のパフォーマンスを写真とともに、9000人のボランティアへ感謝をこめて。

アンドリュー・パーソンズ会長が「ピース!」と叫び、平和を維持しようとしながら始まった北京パラリンピックが、3月13日、9日間の熱戦の幕を閉じた。

閉会式でスピーチするIPC会長アンドリュー・パーソンズ 写真=中村 Manto 真人

日本選手団の河合純一団長は、
「世界平和を祈りながらの9日間の熱戦だった。日本代表選手団は感染症対策を徹底しながらもチーム力、対応力を十二分に最高のパフォーマンスを発揮してくれた。海外で開催された冬季パラリンピックとしては、金メダル4個を含む7個のメダルという過去最高の好成績を収めることができた。今回の気づき、学びを次につなげたい。東京パラリンピック、北京オリンピックからの勢いをしっかりと国内のパラリンピック・ムーブメントの発展に向けたい」と総括した。
また、「冬季競技は夏季よりも世界各国難しさがあると感じる。夏冬でなく、スポーツを障害のあるなしによらず考えていくことが大事」と語っていた。

北京パラリンピック閉会式で、日本選手団の入場 写真=中村 Manto 真人

さらに、厳格な感染症対策や厳しい国際情勢、激しい気候の変化のなかで選手たちが力を発揮できたことについて訪ねると、
「選手たちは自分たちにできること、仲間たちと目の前にあるスポーツを通じてよりよい社会(共生社会かもしれない)になっていくために、いろんなメッセージを伝えることができた。選手たちも悩みながら取り組んだ大会だと想う。思いや気持ちを伝えられたならよかったと思います」と、感想を述べてくれた。

つぎはイタリアへ

20時、北京国家体育場(Beijing National Stadium 通称:鳥の巣)で閉会式が行われ、パラリンピック・フラッグが北京市長の陳吉寧(Chen Jining)からIPCアンドリュー・パーソンズ会長に戻され、その後、次の開催都市ミラノの副市長とコルティナ・ダンペッツォの市長に引き継がれた。

パラリンピックのフラッグが北京市長の陳吉寧(Chen Jining)からつぎの開催都市ミラノの副市長とコルティナ・ダンペッツォの市長へ引き継がれた。 写真=中村 Manto 真人

2008年夏の北京大会でパラリンピック・ムーブメントの幕開けを迎えた開催国中国は、この冬の北京大会で18個の金メダルを含む61個のメダルを獲得し、大きな成果とともにウインタースポーツの幕開けを遂げた。

その新たな幕開けが明るく輝かしいものであることの証となったのは、若いボランティアたちの存在である。延べ9000人のボランティアが2月のオリンピックから大会運営に参加した。

3月13日20時におこなわれた北京パラリンピック閉会式 写真=中村 Manto 真人

彼らの多くが北京市内の大学、大学院に就学中で、選手、競技スタッフ、メディアとともに北京・張家口・延慶の3つのエリアをむずぶ「クローズドループ」のなかで働き、大会のあらゆるポストに役割を割り振られ関係者と交流した。

またボランティアの多くがオリンピックからパラリンピックの2大会を通じて専用のホテルに泊まり、約2ヶ月間の長期勤務にあたっていたため、自分の役割に知識と責任感があり、長時間になる勤務にもかかわらずフレンドリーで疲れを知らないサポート力があった。

会場誘導するボランティアたち。多くのボランティアは好奇心に満ちよく交流していた 写真=中村Manto真人

北京パラリンピックは大きな成果を得て閉幕したが、スポーツの力が解決すべき課題もクリアになってきた。
「ピース!」と叫ばなければならなかった背景に共生社会を目指すパラリンピックが一部の選手を守ることができなかったことは否めない。

閉会式では旗手以外の選手たちは客席に参加していた 写真=中村Manto真人

平昌、東京、北京とパラリンピックがアジアで3大会連連続で開催されたことは今後にどんな影響をもたらすのか。目指す共生社会をわたしたちはどう創り上げていけるのか。この3大会を締めくくる北京で共有した課題を整理するのには、また、まだ少し時間が必要かもしれない。

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