関連カテゴリ: サッカー, チームジャパン, デフスポーツ, デフリンピック, フットサル, 国際大会, 夏季競技, 女子, 新着 — 公開: 2022年4月25日 at 12:06 AM — 更新: 2023年4月29日 at 12:50 AM

デフサッカー女子日本代表 17年目のデフリンピック挑戦

知り・知らせるポイントを100文字で

第24回夏季デフリンピックが、2022年5月1日から15日間ブラジル最南端のリオグランデ・ド・スル州第2の都市カシアス・ド・スル(スルはポルトガル語で南を意味する)で開催され、デフサッカー女子日本代表は2大会ぶり9年ぶりにデフリンピックに出場する。

最終合宿でのデフサッカー女子日本代表の選手・スタッフ 写真・内田和稔

デフリンピックとは?

デフリンピックは、ろう者自身が運営する、ろう者のためのオリンピック。第1回大会は1924年にパリで開催されパラリンピックよりもはるかに長い歴史を有しているが、知名度は圧倒的に低い。パラリンピックの認知度98.2%に対し、デフリンピックの認知度は11.2%であった(2014年日本財団パラリンピック研究会による調査)。
大会は当初「国際ろう者競技大会」という名称だったが、1967年に「世界ろう者競技大会」に名称変更、2001年のローマ大会よりIOC(国際オリンピック委員会)の承認を得てデフリンピックという名称になった。
デフリンピックに日本選手団が初めて参加したのは1965年のワシントン大会。卓球の中井リヲ子が銀メダル、男子マラソン(25㎞)の高山道雄が銅メダルを獲得している。

デフリンピックの各競技では、スタートや反則を知らせる合図などが視覚的にわかるように工夫されている。例えば陸上や水泳のスタートは、ピストルの代わりに選手の足元に置かれた信号が青に変わった瞬間がスタートの合図となる。
サッカーの場合は、主審はホイッスルとともにフラッグを常に持ち、反則の際には主審、副審、ボールボーイもフラッグを振り選手に知らせる。だが気が付かずピッチ上で球際の争いを続けている場合も多い。
参加資格は、補聴器や人工内耳の体外装置を外した裸耳状態での聴力レベルが55dB(デシベル)以上。55dBとは普通の話し言葉ほどの大きさで、その話し言葉がかすかに音として判別できる程度ということになる。競技は補聴器等を外し裸耳状態で行わなくてはならず、デフリンピックでは“情報としての音”がほぼない状態でのプレーとなる。
尚、日本においては70dB以上の者が聴覚障害の認定を受け「身体障害者手帳」の交付がなされる。したがって55dB以上70dB未満の難聴プレーヤーの中には、自分がデフリンピックの参加資格があるとは自覚していない者もいると推測される。

デフサッカー女子日本代表の選手たちの聞こえのレベルも様々だ。聴力レベルが100dBを越える選手もいれば、70dB代の者もいる。また以前にはいなかった人工内耳の選手も増えてきた。手話に関しても、家族全員がろう者のデフファミリーで育ち自然に手話を覚えたという選手もいる一方、ろう者との接点が全くなく手話がまだほとんどわからない選手、あるいは代表合宿のなかで先輩から手話を教えられ身に付けた選手など多岐にわたっている。
チーム内では、聴者スタッフによる手話通訳や口話と手話ができる選手のサポート、ホワイトボードや作戦ボードの積極的な活用などによりコミュニケーションが図られている。

デフサッカー女子日本代表前史 ~2009年台北デフリンピック初出場

女子サッカー競技がデフリンピックに初めて取り入れられたのは2005年のメルボルン大会。その流れを受け、デフサッカー女子日本代表が初めて始動したのは2005年3月、千葉県成田市に17名の選手たちが集められた。今大会、最年少出場の高木桜花(15)がまだ生まれる前のことだった。17名中サッカー経験者は5名ほどで前途多難な船出だった。筆者も2006年11月の淡路島合宿を訪れているが、オフサイドが理解できない選手や、インサイドキックをまともに蹴ることができない選手も多かった。

2009年台北デフリンピック ロシア選手と競り合う川畑菜奈 写真・葛尾優子

そしてチームは2009年の台北大会に初出場を果たす。アジア予選はなく、手を挙げた国は参加できるという状況で7か国が参加した。日本選手は全額自己負担で渡航。
日本はグループリーグ初戦のイギリスに1-6、第2戦ロシアに0-10の完敗を喫し、世界の壁の高さを思い知らされた。ブラジル大会にも出場する川畑菜奈(32)は試合に負けて初めて涙を流した。それまでは負けることに慣れていて、悔しさを感じなかったのだ。
「ろう者だから負けても仕方がない」そんな考え方を同じろう者であるロシアチームが吹き飛ばした。そんな試合だった。
3戦目のタイには5-0で勝ったものの、タイは日本以上の素人集団だった。川畑はゴールをあげたが相手が弱かったので「自分の力で決めた感覚がまったくなかった」という。
しかし選手たちは大会中に成長を見せ、5位決定戦のデンマーク戦では「相手を絶対に自由にさせない」という強い気持ちで球際でも激しくプレー、先制点をあげ試合を有利に進めたものの、後半45分に逆転され惜しくも1-2で敗れた。
この大会に出場していたのは川畑菜奈と田中惠(40)。田中は現在のチーム最年長。一度はサッカーを離れたものの復帰し、デフリンピックは13年ぶりの出場となる。大会前の最終合宿夜のミーティング、皆がデフリンピックへの想いを語った際には「5時間話してもいい?」と笑いを取り場を和ませる存在でもある。フィジカルでは他の選手に劣る部分があるものの、最終合宿の練習試合では90分間走り切った。

ミーティングで発言する田中惠  写真・内田和稔

デフサッカー女子日本代表が世界に挑む場としては、デフリンピック以外にワールドカップがある。チームは2012年トルコW杯に出場。失点は減ったが勝利は叶わず4戦全敗(ポーランド1-4、アメリカ 1-4、ロシア 0-3、ドイツ1-5)に終わった。
川畑菜奈はポーランド戦でフリーキックを決め、現キャプテンの宮田夏実(24・当時中学3年)はアメリカ相手に1得点をあげた。同じく中学2生の酒井藍莉(23)も最年少で出場、高橋遥佳(24・当時は大谷姓)も出場を果たしている。

2013年ブルガリア・ソフィア デフリンピック出場

2013年のデフリンピックは当初ギリシャで予定されていたが、ブルガリアのソフィアに変更された。初戦はポーランド戦、日本チームは前大会に比べて個々もレベルアップし守備意識も向上、そう簡単には失点しないチームにはなっていたが、なかなかチャンスを作り出すことはできず0-2で敗れた。2戦目はチーム結成から間もないギリシャ相手に10-0と勝利した。

2013年ブルガリアデフリンピックに出場した選手たち 写真・中村和彦

第3戦では岩渕亜依(28)の惜しいシュート等もあったが、圧倒的な強さを誇るアメリカにほぼなす術もなく0-7と敗れた。大量失点の要因は、圧倒的な個人技術の差、危機察知能力の欠如、集中力の欠如など様々だった。例えばCKで日本の選手たちが給水し一瞬目を離している隙を見逃さず、アメリカはショートコーナーから得点を奪った。アメリカは一人一人がよくサッカーを知っている、そんな印象のチームだった。フィジカル的にもスーパーな選手がいるわけではないが、隙がないとてもいいチームでこの大会でも金メダルを獲得。アメリカは出場を辞退した2017年トルコ・サムスンデフリンピック以外の全てのデフリンピックで優勝している(トルコ国内でのテロを警戒したアメリカは競技団体ごとで参加するかどうかを判断。女子サッカーは出場を見送った)。
2位はロシア、3位イギリス、4位はポーランド、日本は5位決定戦でドイツに0-3で敗れ、7か国中6位に終わった。

現地取材していて最も印象に残ったチームはポーランドだった。イギリスとの3位決定戦では10人になっても数的不利をまったく感じさせずイギリスゴールに攻め込んだ。120分の延長で0-0、PK戦の末に敗れたが、悔しがり方が半端なかった。メダルを寸前のところで逃した悔しさなのだろう。泣いていても目を見開き、ベンチを蹴る選手もいた。怖いくらいだった。「ポーランドはきっと強くなるだろう」そう思わせる悔しがり方だった。実際ポーランドは4年後のトルコ大会では銀メダルを獲得している。日本がブラジル大会で決勝に進出するためには、少なくともアメリカかポーランドのどちらかには勝たなくてはならない。

この大会でデフリンピック初出場を果たしたのは、岩渕亜依、酒井藍莉、高橋遥佳、宮田夏実の4名。川畑菜奈も前大会に続いての出場となった。
高橋遥佳は右サイドバックで愚直なまでに上下動を繰り返している姿が印象に残っているが「緊張しすぎて頭が真っ白でパニックになっていた」という。「世界と戦うレベルではないという悔しさ」を大きく感じたという彼女は、帰国後「聴者のチームで技術を磨こう。そしてもう一度世界に挑みたいという気持ち」に変わっていったという。

落ち着いて周囲を見ることができるようになった高橋遥佳 写真・ 内田和稔

宮田夏実は「自分がやってやるという気持ち」だけは伝わってきたが、「空回りして、自分のことでいっぱいいっぱいで回りが見えてなかった」と振り返る。出場時間も短くFWとしての結果も出せなかった。

サッカー王国静岡、藤枝順心サッカークラブジュニアユースで揉まれていた中学3年最年少の酒井藍莉は主としてFWで途中出場、得意のドリブルで再三突破を図るもののポーランド選手の長い足でカットされたりと、思うような結果を残すことはできなかった。ただ弱小チームだったギリシャ相手には3得点を奪うことができた。

シュートを放つ酒井藍莉  写真・内田和稔

当時筑波技術大学(聴覚障害者、視覚障害者のための大学)2年生の岩渕亜依は、代表合宿に参加してからわずか半年後の出場となった。合宿に初めて参加した時は予想より皆の技術が低いのに驚いたという。筆者は「(酒井とともに)期待の新人が現れた」と小躍りしたが、FWとして先発出場した岩渕はデフリンピックで輝くことはできなかった。
もちろん彼女一人の力では如何ともしがたい。仮に良い飛び出し、良いポジショニングをとっていても正確なクロスを蹴れる選手もいなかった。日本は一人一人がそれぞれ頑張っていたが、連係したプレーとはならなかった。
「デフリンピックの価値とか考えていなかった。終わった後、もういいかな」と思ったというように、岩渕の意識も現在に比べるとかなり低かった。だが岩渕はその後、デフフットサル女子日本代表の中核選手として、意識も、フィジカルも覚醒していくことになる。

フットサルとサッカー両方の大黒柱、岩渕亜依 写真・内田和稔

この大会での日本チームは4年間で飛躍的に伸びた選手もいたが、球際は弱く、まだまだサッカーを知らなさ過ぎる、こういう局面では当然こうするといった個人戦術とでも呼ぶべきことが身に付いていない選手も多かった。

世界に挑めない日々 世界に挑んだフットサル代表

ブルガリア大会後は結婚その他の理由でサッカーを離れたり、2011年に立ち上げられたフットサル代表に専念する者もいてサッカーの選手層が薄くなり、次期監督も定まらず、先行きが見通せない時期を迎えてしまう。
そして2年後の2015年、トルコ・サムスンデフリンピック(2017年)を視野に据え、ろう者でもある久住呂幸一が代表チーム存続のためにもと監督に就任。久住呂は以前男子サッカー日本代表のコーチ経験を積んでいた。

自身もろう者の久住呂幸一監督 写真・内田和稔

だがここから世界大会と縁のない受難の日々が訪れる。代表チームは渡航費の問題もあり、2016年W杯をパスし2017年デフリンピックに照準を定めていたが、逆にW杯で世界大会出場の実績を積んでいないことから、助成金が減額されデフリンピック出場を断念せざるを得なくなる。
宮田夏実は「今度こそは自分が活躍してやると思って関西学院大学で体育会のサッカー部にも入っていたし、やってやるという気持ちがあったなかで行けないという結果になって悔しかった」「もっとなにか行動していたら変わっていたのか。今だったらクラウドファンディングがあるが、あの時は知識もなくて…」と振り返る。
高橋遥佳は「参加したいという気持ちもあれば、参加しなくてよかったという気持ちもある。あの時はまだ世界で勝てるレベルではない。まだ早いかなという気持ちもあった」と振り返った。
久住呂監督はこのタイミングで監督を辞めようとも考えたが、チーム自体が存続できなくなるのではないかという危惧もあり、続けていくことにした。

そして2020年のW杯はコロナ禍で延期。2021年12月開催予定のブラジルデフリンピックは2022年5月に延期された。この9年間、アジア圏内での大会には参加したものの世界に挑む機会がなかった。

この間、世界で貴重な経験を積み重ねてきたのがフットサル代表の選手たちだ。選手層の薄い女子選手たちはサッカーとフットサルの両方をプレーしている場合が多い。
フットサル代表は、2011年(9位)、2015年(6位)、2019年(5位)と3大会連続W杯出場。2019年の大会では優勝したブラジルに次ぐほどの実力を付けてきており、次期2023年の大会に向けては本気で世界一を目指している。

ことにファーストセットとしてチームの核をなした岩渕亜依、酒井藍莉、阿部菜摘(22)たちの意識やフィジカルは高いレベルを保っている。キャプテンを務める岩渕をフットサル代表の山本典城監督は「技術以上にメンタル 代表でやっている意味を考えながら一番成長した選手」と語る。フットサルでは前面に出る岩渕だが、サッカーでは一歩引いた目線で、わからない選手に声をかけるなど心掛けている。
阿部菜摘がデフサッカーに参加したのは8年前、以降サッカーでは世界大会と縁がなかった。それもあって「ようやくデフリンピックに出ることができるので、全力で楽しみたい」という。
世界を知るフットサル代表選手たちの、サッカーチームでの、屋台骨としての活躍が期待される。

ようやくデフリンピックに出場できる阿部菜摘 写真・内田和稔

フットサル、サッカーの両方をやっている選手たちがもっとも大変だと感じていることは「お金」だ。今年2022年にはデフリンピックとフットサルのアジア大会、来年はブラジルでのフットサルW杯が続いている。またフットサルが冬季デフリンピックに組み込まれるという情報もある。
お金のことだけではないが、酒井藍莉は何度かサッカーはやめようと何度か考えた。久住呂監督にも一度やめたいという気持ちを伝えたが慰留され、なんとか踏み留まり、その後も迷いはあったが「デフサッカー人生はこのデフリンピックが最後のつもりで、私が持っている力を出し切る」と出場を決意した。

選手たちのフィジカル、技術、個々のレベルアップは環境面が整ってきたことも大きい。デフサッカー女子日本代表誕生当時からは考えられないことだが、アスリート契約の選手も徐々に増えてきている。
ケイアイスター不動産株式会社の岩渕亜依、酒井藍莉、川畑菜奈。株式会社マツキヨココカラ&カンパニーの宮田夏実。そしてフットサル代表の選手たちの多くは関東女子フットサルリーグなどで、聴者に揉まれながら、日々プレーしている。

チームを支えるスタッフたち

もちろんサッカーに専念、あるいは優先している選手たちのレベルアップも着実に進んできた。久住呂監督の実感としては、最初2015年に集まったときの力が20だとすると、現在は70ぐらいに感じるという。
その大きな原動力なったのは仙波優菜コーチの存在。3年ほど前から関わり始め、サッカーの基本を根気強く教え込んだ。当初は「サイドの選手が絞る」その絞るという言葉の意味、言葉の概念が理解できない選手もいた。仙波は連動した守備や連動した攻撃、次のプレーを考えた体の向き等、選手一人一人と向き合って伝えてきた。
その仙波はこの3年間で、選手からの“質問の質”がぐっと上がったと感じている。
最初の頃は「どうしたらいいですか?」と自分のなかに正解がない状態での質問が多かったが、現在は例えばディフェンスラインを上げるタイミングだったり「自分たちは、今こうやっているんですがどう見えていますか?どう思いますか?」というように、より具体的な質問に変わってきた。
聴者である仙波コーチが高橋基成手話通訳を介し、あるいは作戦ボードを使って繰り返し伝えてくれるので、より納得しやすいという側面もあるようだ。
川畑菜奈は「知識を埋め込まれるというか、その成果が合宿でちょっとずつではあるけど出せるようになったと思うので、デフリンピックでも出せたらいい」と感じている。

合宿に行くと「仙波コーチが監督なのか?」と勘違いしそうにもなるが、久住呂監督はコーチ時代の苦い体験も踏まえ、コーチとは綿密に考えを共有し、自らはやや引いた立場で、デフの監督でなければ伝えられない面を支えている。
久住呂監督は手話で、仙波コーチは口話で指示を伝える。高橋基成の通訳以外にも、聴力レベルが比較的軽い杉本七海(18)や人工内耳の高木桜花など手話が苦手な選手たちには、手話と口話に長けたデフファミリーの久住呂文華や人工内耳の國島佳純(22)などの選手たちが通訳代わりとなってサポートする。

その仙波コーチが一番伸びたと感じているのは大上志穂子(29)だ。大上は4年前に股関節を手術、最初は歩けない状態から2年かけてサッカーに復帰してきた。大上は「周りの支えがあったからこそ、ここまでやってこれたんだと思います」と苦しかった時期を振り返る。
選手たちのコンディション面を支えてきたのはトレーナーの伊藤優花、手話も徐々に覚えて選手たちに寄り添ってきた。

股関節の怪我から復帰した大上志穂子 写真・内田和稔

また合宿では長時間インターバルを繰り返すYo-Yoテストを繰り返し行い、選手個々の身体能力も高めてきた。

GKコーチ星野あかりは、ジェフユナイテッド市原・千葉レディースU-15在籍時、2010年に映画「アイ・コンタクト」(台北デフリンピックに出場したデフサッカー女子日本代表のドキュメンタリー)をチームのメンバーで観てデフサッカーの存在を知った。
「キーパーはリーダーシップをとらないといけないから試合中に声を出すけど、耳の聞こえない人はキーパーが声を出しても聞こえないから指示とかもわかんない」
「スポーツは世界共通だし、障害などをもっていてもできるのはスポーツ、サッカーのいいところだと思いました」と感想文に書き記した。
その星野が奇しくも今度はGKコーチの立場でデフリンピックに帯同する。

新たに加わった選手たち

GKの國島佳純(22)は星野コーチの教えを受け、急速に力をつけてきた。元々は5年ほど前に何度か合宿に呼ばれたが、その後はデフ卓球に専念。2020年オーストリアで開催予定の第1回世界ろう者ユース卓球選手権大会の出場選手に内定していたが、大会が新型コロナウイルス感染リスク防止のため中止となり卓球の活動がストップし目標が潰えてしまった。その後、久住呂監督から声をかけられ、昨年9月の合宿から参加している。

その時は明らかにトレーニング不足の状態で「GKは穴になるのでは…」と筆者は勝手に危惧した。だが元々小学生でGKをやっていた176cmの國島は、星野コーチからの課題を自主トレや練習で克服してきた。仕事で夜勤や残業もあるなか、ある時は友人にお願いして公園で練習したり、男子チームに混じってボール受けさせてもらったりと練習を積み重ねてきた。その成果もあって体も引き締まり技術も向上、既に“穴”ではなくなっている。
「世界と戦えるというワクワクする気持ちもあり、不安な気持ちもある」と語る國島は、卓球で行けなかった夢を、サッカーのピッチで叶えることになる。

もう1人のGK松川容子(24)は國島の台頭で出場機会は限られ、きつい立場になるかもしれないが、大会における彼女の存在は極めて重要である。

日本代表のゴールに立ちはだかる國島佳純 写真・内田和稔
もう1人のGK松川容子 写真・内田和稔

ブルガリアデフリンピック後に参加した選手たちは、デフファミリーの久住呂文華(17)や幼い時から手話を使っていた押領司真奈(19)もいるが、聴者のなかで育ってきてデフサッカーがなければ、ろう者との出会いもなかったという選手たちが多い。山口彩芽や人工内耳の大学生宮城実来や高校1年で最年少の高木桜花、比較的軽度の難聴の杉本七海などのメンバーたちだ。

いいイメージを持ってブラジルに行きたいと語る押領司真奈 写真・内田和稔

2016年末から参加している山口彩芽(22)は小中とサッカーをやっていたものの、聞こえる人のなかで声の指示が聞こえずサッカーを続けることがむずかしいと感じ、高校ではサッカーを離れていた。しかしデフサッカーを知り「聞こえなくてもサッカーができるんだ!」という思いから、再びサッカーを始めた。今春から石川県内のスポーツジムでトレーナーとしての勤務を続けながらのデフリンピック参加となる。

石川県でデフサッカーを広めたい山口彩芽 写真・内田和稔

沖縄生まれの宮城実来(21)は先にデフフットサルに参加、高校入学後の2016年からデフサッカーに参加している。当初は手話も使えず「身振り手振りで頑張っていたんですけど通じなくて、なんかさみしさがありました…」
その後、合宿に参加するたびに先輩から手話を学び、宿題も出され次の合宿でテストされ、そうやって手話を身に付けていった。
山口と宮城は久住呂文華とともにnoteでデフサッカーのことを積極的に発信、高校生の久住呂文華は合宿の様子を自撮り撮影しyoutubeでも発信している。以前はサッカーを楽しもうというチームの雰囲気だったが、現在は「勝とう」という雰囲気に変わったことを感じ取っている。

日本体育大学に通う宮城実来 写真・内田和稔

サッカーの専門学校に通っている杉本七海(18)は手話がほとんどわからず合宿でも手話の会話に加わらないが、大会前の最終合宿の練習試合では2得点を決め、本番でもゴールへの期待が高まる。

練習試合でゴールを決めた杉本七海 写真・内田和稔

高校1年最年少の高木桜花(15)も手話はほとんどわからない。小学校では男子チームで、中学からはオルガ鴨川FC U-15でプレーし、現在はU-18に所属。昨年筆者が合宿を訪れた際には複数のゴールを決め、高木にもゴールの期待が高まる。

最年少で出場する高木桜花 写真・内田和稔

その高木桜花が「のびのびとプレーできるような環境を作れれば」「(彼女の)力を引き出せれば」と語るのは、2013年のブルガリアデフリンピックで「無茶苦茶緊張」した宮田夏実(24)だ。
今大会キャプテンとして大会に臨む宮田は、ブルガリアでは「日本代表としての自覚が足りなかった」と感じている。
「日本代表は特別なんですよ。何もないところから先輩方が作り上げてくださったこのデフサッカーを、今度は自分たちが未来の子供たちにつないでいきたいという気持ちが今は大きい。だからそのためにも結果が必要だし、責任をもって最後までやりきりたい」と真剣な眼差しで語ってくれた。

2回目のデフリンピック出場 キャプテンの宮田夏実 写真・内田和稔

日本代表の対戦国は?

ブラジルデフリンピックサッカー女子競技の参加国は、アメリカ、ポーランド、ブラジル、ケニア、そして日本の5か国。南米開催で渡航費がかさむためかコロナ禍の影響か、参加国はこれまでの大会より少なくなっている。
全チーム総当たりのリーグ戦を行い、1位と2位が決勝、3位と4位が3位決定戦を戦う。まずはリーグ戦で2位に入ること、場合によっては4位に入ることが目標となる。

初戦(5月3日22時・時間は日本時間)の相手はケニア
ケニアはデフリンピック初出場で全く情報がないようだ。ケニア国内の報道によると、3月3~4日に国内選手権が行われて35名の代表候補選手が選出され4月1日からの合宿に参加。最終メンバーは23名に絞られたようだが、それ以前に代表活動があったのかなど詳細は不明である。
対戦するチームのなかでは力が落ちる可能性が高いため、絶対に勝ち点3が必要な試合となる。
足が速いなど身体能力が高い選手がいることが想像されるが、試合の直前練習、試合序盤で相手を分析し対応することが必要となるだろう。もちろん隙を逃さず、できれば早い時間帯に先制点を取りたい。

2戦目はポーランド(5日22時)
日本にとっては2戦目だが、ポーランドにとっては初戦となる。ポーランドは前々回4位、前大会2位と着実に力をつけてきており、格上であることが想像される。まずは無駄な失点をしないことだろう。

第3戦はアメリカ(7日22時)
出場しなかった前大会を除き全ての大会で優勝している強豪国。2戦を終えての戦績次第では先を見据えた戦い方も必要になってくるかもしれない。

第4戦はブラジル(11日22時)
3戦目までの結果を受けての試合となる。2位、あるいは4位をかけた試合となるのか、あるいは既に3位決定戦進出を決めているのか?
ブラジルは前回フットサルW杯では優勝。その時のメンバーもサッカーに出場するようだが、GKとフィールドプレーヤーの有力選手2名は辞退したという情報もあるようだ。

3位決定戦(14日深夜2時、15日午前2時)
3位あるいは4位の場合に出場。出場すれば当然銅メダルを狙うことになる。選手たちがこの試合にベストコンディションで臨めることが必須となる。
3位決定戦にはブラジルあたりが出てくるのかもしれない。

決勝(大会最終日15日22時)
2位以上で進出。この試合に出場できていたら最高だろう。
失うものは何もない。やり切るのみだ。

今大会は参加国も少なく、メダル獲得のチャンスでもある。だが日本の登録メンバーは16名。大会全体を見据えた選手のやり繰りも必要となってくるだろう。

大会で好結果を出したチームには、必ず“チームの一体感”がある。それは、なでしこジャパンだろうが、サムライブルーであろうが同じことだ。
デフサッカー女子日本代表の誕生から17年。デフリンピック前4月の最終合宿では、そうなっていくだろう一歩手前の空気感は感じた。
簡単な試合は一つもないだろうが、最後の1分1秒まであきらめず、あがきもがき苦しみ、試合に出場していない選手も含めて、チームの勝利のために各々ができることをやりきってほしい。
17年目の輝きを見せてほしい。

尚、男子サッカーは、アジア予選に参加できなかったため出場できない。
2019年11月デフリンピックアジア予選を兼ねたアジア太平洋ろう者競技大会が香港で開催予定されていたものの中止。2021年6月にイランでアジア予選が開催されたが、日本チームはコロナ禍のため参加を断念。年々実力の上がっている日本チームは予選に参加していれば突破できたと思われるが、ブラジルデフリンピックへ出場することは叶わなかった。アジアからはイラン、イラク、ウズベキスタン、韓国が参加する。

また今回もかなりの額の自己負担金がある。渡航を断念せざるを得ない選手もいた。
日本ろう者サッカー協会では、デフサッカー、フットサル日本代表選手達の強化活動費用にあてるため、2022年度JDFAサポーター会員を募集している。
入会は下記のフォームより。
PC用 : https://mailform.mface.jp/frms/deaffootball/p2nh8wma8oxi
携帯用 : https://mailform.mface.jp/m/frms/deaffootball/p2nh8wma8oxi

最後に個人的な話になってしまうが、筆者はこれまでデフリンピックの全試合に立ち会ってきたが、今回は残念ながらブラジルに行くことは叶わない。拙著「アイ・コンタクト」(2011年岩波書店刊)で「ろう者サッカー女子日本代表のサポーター第1号は、私、中村和彦だと思っている」と勝手に宣言したが、その思いはずっと変わらない。

また合宿にも何度か通い、予想フォーメーション、先発、各選手のポジション、守備のやり方もおおよそ把握したが、翻訳機能で海外の記事も簡単に読めてしまうことから、それらの情報には触れなかった。
戦いはもう始まっている。

<参考>
ブラジル2021日本代表選手団
https://www.jfd.or.jp/sc/brazil2021/
選手が発信するSNS動画、ブログ
・くろあや-kuro aya-[世界一を目指すデフフットボーラー]
https://www.youtube.com/watch?v=cphRhslUEkU
・三蹴猿 -Three Faithful-
https://note.com/deafsoccer4514/

(写真協力:内田和稔、葛尾優子 校正:佐々木延江)

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