ファンの視点から考える。第5回・日本アンプティサッカー選手権大会、使えるすべてをむき出しにして戦う競技!

 〜担い手不足・普及の難しさ解決のために〜

少年サッカーとコラボはどうか?

 アンプティサッカーの場合、ピッチのサイズは少年競技用と同じ。ということは、少年の健常者サッカーの試合会場でアンプティサッカーの試合もできるということではないか。
 同じ場所で、同じ日に試合ができれば、試合の終わった少年達や、少年を応援していた家族や友達が、アンプティサッカーという、聞いたことはあるけれど珍しい競技を生で見る機会ができる。また、アンプティサッカーのプレイヤー達も、少年サッカーの試合から、自分達の戦いのヒントを得ることもできる。

お昼休みなどに体験会をやって、双方の選手やスタッフが直接交流することで、違う世界に感じたものが、実は同じサッカーなのだということが理解できるようになりはしないだろうか。

日本サッカー協会による障害者サッカーの一元化

 日本のサッカー統括団体である日本サッカー協会は、障害者サッカーについても一元的に対応し、普及や強化について取り組んで行く方針である。9月のブラインドサッカーアジア選手権の際に、原博実氏(日本サッカー協会専務理事)が来賓としての挨拶で述べている。
 おそらくは、代表チームの指導者や、審判の派遣という形での支援を想定しているのだろう。地域に根ざすクラブチームの姿として、ユースチームなどと共に、障害者サッカーチームを組織的に包含することが想定されているのだろうか。残念ながら現時点で具体的な支援策は(少なくとも門外には)伝わっていない。

 いきなりJリーグや天皇杯というわけにはいかないにしても、地域の大会などの際に、1枠でも障害者のゲームが開催されれば、同じ会場に集まる、サッカーの好き同士が互いのゲームを見て、刺激を受けたり、感想を伝えたり、アドバイスを与える機会ができる。
そのような対話こそが、健常者と障害者の間の「壁」を取り除くきっかけになるのではないか。

ファンの質、日本人の問題点

 遠藤オリパラ担当大臣や舛添都知事は、2020年東京大会の最重点課題として、パラリンピックのロンドン大会以上の成功、をあげる。
 2012ロンドン大会では、すべてのパラリンピック競技のチケットが完売し、常に満員の観客で会場が埋め尽くされた。単に座席を売るだけであれば、2020年東京大会でも可能だろう。しかし、それでは1998年長野大会や、これまでのパラリンピックと何ら変わらない。
 熱しやすく冷めやすい、そしてさまざまな刺激に囲まれる日本人の生活の中では、4年に1度のアスリートの活躍など、あっという間に記憶からも消えてしまうものである。
 そもそも、日本代表のワールドカップでの大善戦直後の、日本のラグビートップリーグですら、すでに引き渡された法人枠のチケットが消化できず、客席はがらんとしてしまった。
 世界のプロ選手が集まる野球のプレミア12であっても、日本代表が敗れた後の試合では、まったく観客が入っていない。

競技を楽しむということは

 日本代表を応援する、日本人選手を応援することが、もっとも簡単で楽しい応援であるが、それは競技を楽しむのではなく、代表を応援するというお祭りを楽しんでいるに過ぎない。
 試合をする選手がどの国であろうと、競技を、競技者を、見て、興奮して、楽しむことができるのは、同じ競技を楽しんでいる仲間ではないだろうか。
 だからこそ、競技と共に、チームや障害者選手個人を、もっと仲間以外にも知られていくことを、組織委員会や統括組織が直接的に、積極的に動かなければ、イギリスに根付きつつあるディスエイブルへの理解と共存を超えることは、難しいのではと感じる。

 今大会の6エントラントは、2日間全力で戦われた。それぞれのチームに、選手に、悔しさもうれしさもあった2日間であったと思う。また、大きな会場での大会だけに、オペレーションの難しさもあったと思う。

 実行委員会をはじめ、日本アンプティサッカー協会の関係者の皆様に感謝を意を込めて、本稿を終わりたい。

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