第4回FIPFA Powerchair Football World Cup 2023(電動車椅子サッカーW杯)が、10月15日から20日までの6日間(試合日程のみ)、オーストラリア・シドニーで開催される。
電動車椅子サッカーとは、筋ジストロフィー、脊髄性筋萎縮症(SMA)、脳性麻痺、脊髄損傷などの重度障害の選手たち4人が、足代わりの電動車椅子に取り付けたフットガードでボールを蹴りゴールを競う、男女混合の『サッカー』だ。競技をご存じない方は、まずはこの紹介映像を見てほしい(注1)。
障がいがあってもサッカーがしたい【電動車椅子サッカー紹介動画】
国際ルール統一後、第1回W杯は東京開催
電動車椅子サッカー日本代表が初めて立ち上げられ、その最初の合宿は、17年前の2006年12月、翌2007年10月に東京で開催された第1回W杯に向けてのものだった。
それ以前は各国でルールが統一されておらず、W杯に向け2005年に国際ルールが統一された。日本国内で行われていた競技との大きな違いは、ボールの大きさ、制限速度、2on1の導入であった。ボールの大きさは50cmから32.5cmに、試合中の制限速度はそれまで6kmだったものが10kmと変更された(その後も日本国内では6km、10kmと2つのルールが併用されている)。2on1(ツー・オン・ワン、注2)とは、簡単に言えば、ボール保持者に対し2人以上で守備にいってはならないというものだ。それらの変更によりプレーヤー間の距離が保たれ、電動車椅子の速度と同時にボールスピードも上がったことで、より『サッカー化』していった。
自国開催となった第1回W杯には7か国が参加、日本代表は予選リーグを4勝2敗で3位通過、準決勝でフランスに0-1、 3位決定戦ベルギー戦ではPK戦の末に敗れ、4位となった。第2回W杯は2011年フランス・パリで開催され10か国が参加、日本はグループリーグで2勝1敗1分で3位に、5位決定戦カナダ戦では5-0と勝利し5位に終わった。
前回2017年は、それぞれの悔しさが残る大会
その後、アメリカでストライクフォースという専用マシーンが開発され電動車椅子サッカーはさらに進化していく。最高速度は10kmと規定されているが、回転速度やトルクには制限がないためボールスピードが格段に上がり、ダイナミックな展開や強烈なシュートも決まるようになり戦術も高度化していった。また車椅子の重心も低くなり転倒の危険もほぼ無くなった。
国内で初めてストライクフォースに乗ったのは、第2回W杯に出場し、得点王にもなった有田正行。2013年APOカップ(アジア・パシフィック・オセアニア選手権)で女性として初の日本代表選手に選出された永岡真理も有田に続いた。その威力を目の当たりにした選手たちは次々と購入、もはや代表を目指すにはストライクフォースが必須マシーンとなった。
また日本選手権大会は2016年まで国内ローカルルールの制限速度6kmで行われており、代表候補選手たちは国際ルールの10kmと2つの異なるプレーをしなくてはならず、代表強化の面では足かせとなっていた。2017年の日本選手権からはチームごとにどちらかを選べるようになり、代表を目指す選手を有するチームは国際ルールの10kmへと舵を切っていった。
第3回W杯は2015年ブラジルでの開催が予定されていたが、2年遅れの2017年7月にアメリカ・フロリダ州で開催された。日本はグループリーグを2勝1敗1分けで2位通過したが準々決勝でオーストラリアに1-2の逆転負け、その後の順位決定戦では2勝し5位となったが、悔しさのみを日本に持ち帰ることになった。優勝はフランス、2位アメリカ、3位はイングランドだった。(注3・筆者もドキュメンタリー映画「蹴る」の撮影でチームに帯同した)。
尚、前述の有田、永岡両選手は最終メンバーに残ることができず、有田はその後、ボッチャ(BC3クラス)に転向(注4)、日本選手権で優勝するまでの実力者となっている。
第4回大会は当初オーストラリア・シドニーで2021年に開催予定で、2019年10月には初めてアジア・オセアニア地区のW杯予選も行われた。日本は前年の2018年日本選手権で優勝したRed Eagles兵庫、準優勝のYokohama Crackersの2チームから編成されることになり、監督はRed Eagles兵庫の近藤公範が務めた。変則的な方式で日本代表チームの始動が遅れる一因にもなったが、W杯予選の1週間後に日本選手権が予定されており致し方ない面もあった。
日本代表のメンバーはRed Eagles兵庫から井上純、内海恭平、浅原康佑、
Yokohama Crackersからは永岡真理、三上勇輝、清水猛留、石井俊也の選手たちが選ばれ予選を戦った。W杯開催国でもあるオーストラリアには、0-2、0-3と敗れたがニュージーランドとの直接対決を3-1、0-0の1勝1分けで勝ち越し、日本代表はW杯への出場権を獲得した。日本の得点は三上が2点、井上が1点。
だが予選突破を手繰り寄せたゴールを決めたポイントゲッター井上純は、3か月後の1月19日、22歳の若さでこの世を去った。
電動車椅子サッカー選手のなかには、若くしてこの世を去る者も少なくない。2013年APOカップで若手主体の『チームNIPPON』の中軸だった中井皓寛は2020年8月に25年の生涯を、第2回W杯、2013年APOカップの代表選手であった中野勇輝も2021年8月に33年の生涯を終えた。
シドニーW杯最終メンバー
コロナ禍のため2度の延期を経て2023年10月開催となった第4回W杯に向けて、近藤公範日本代表監督のもと、2022年6月と7月の2度に渡り、延べ27名の代表候補選手が招集された。さらに9月の候補合宿では15名が招集され13名が参加。そのなかから10月22日に8名の代表選手がホームページ上で発表された。
当日、筆者は映画「蹴る」で中心に描いた永岡真理選手宅でカメラを回しながら発表を待った。今回は選ばれると確信してのことだったが、前回大会に続いて無念の落選となった。
日本代表は前回大会に続いて選ばれた選手が3名、初選出が5名というメンバー構成である。前キャプテンとしてチームを牽引、前回大会では4ゴールをあげた塩入新也(38歳・Nanchester United 鹿児島)は3大会連続の出場。卓越した技術とキャプテンシーを兼ね備え、サッカー愛、そしてサッカーセンスも抜群。前回大会では負傷もあり、敗れた準々決勝オーストラリア戦での出場時間は短く人一倍悔しい思いをした。今大会では「最後のつもりで、積み重ねてきたものを出しきる」決意だ。
塩入は脊髄性筋萎縮症(SMA)、クラス分けは、より重い方のPF1である。SMAは脊髄から出る運動神経の変性が、筋萎縮と筋力低下を引き起こす神経の病気である。また4人で行う電動車椅子サッカーは、最低2人以上、PF1の選手が出場しなくてはならない。
同じく前回大会で4得点の三上勇輝(33歳・Yokohama Crackers)は2大会連続出場。準々決勝オーストラリア戦ではキックインから先制ゴールを決めたが、悔しい逆転負け。その後は、代表としての意識や戦術理解度もさらに高まり、代表の中心選手となった。初選出の選手も多く、遠慮があったチームを「好きに言い合える関係」へと導いてもきた。
脳性麻痺でクラスはPF2である。PF2の選手は2人までしか出場できない。
前回大会で出番が少なく悔しい思いをした内海恭平(36歳・Red Eagles兵庫)は、くさることなくベンチから最も声を出していた。その後の成長は凄まじく、Red Eaglesを全国優勝に導き、日本代表でもチームの中心となり新キャプテンを任された。フィジカルを生かした1対1の強さ、強烈なキック、チームへの指示・鼓舞等、ともにPF2・脳性麻痺の三上とともにチームの根幹であり、初選出の選手たちを盛り上げチームの雰囲気を作り上げてきた。「イメージは本当にあってきている」と内海は感じている。
この3人がチームの屋台骨となる。
山田貴大(25歳・Red Eagles兵庫)は前代表でも候補選手として選ばれ続けたが最終メンバー発表時に落選、その後は2度のチーム移籍を経て現在は内海とチームメイト。サイドのみならず様々なポジション、センター、バランサー、フィニッシャー等、プレースタイルの幅も広げてきた。ベテランと初選出の選手をつなぐ重要な存在でもある。
筋ジストロフィー、まだ国際大会でクラス分けを受けたことがないため『想定』PF1である。
宮川大輝(23歳・大阪ローリングタートル)は、ドリブルやフェイントからの展開などを得意とするが、代表ではチームと異なるポジションをやることも多く問題なくこなせるようになってきた。大会前の心境は「緊張もあるし、やってやるぞという気持ちとの両方」だという。脊髄性筋萎縮症(SMA)、想定PF1。
中山環(20歳・Yokohama Crackers)は、寡黙だが強い意志を秘めたチーム最年少の大学生。代表に選ばれた時は驚きもあったが、代表選手の自覚も増してきた。
「プレシャーは感じるが決めるところで決めないといけない。年齢は関係ない、積極的に狙っていきたい」と語る。
大会に備えストライクフォースも、ナローからスタンダードに乗り換え準備も万端だ。ナローとは車幅が狭いタイプ、前回大会日本代表はナローに乗っている選手が多くスタンダードに比べて非力さを感じ、以後日本でもほとんどの選手がスタンダードに乗り換えた。中山は筋ジストロフィー、想定PF1である。
「口だけはえらそう」とは、平西一斗(29歳・DKFBCディスカバリー)本人の弁。代表合宿でも新たな戦術なども積極的に提案。チームの戦い方を整理していくことに楽しさを感じている。「チャレンジャーで代表に選ばれるとは思っていなかった」というが、アグレッシブなプレーで近年急速に成長してきている。筋ジストロフィー(比較的軽いと言われているベッカー型)、想定PF2。
平西のチームメイト池田恵助(28歳・DKFBCディスカバリー)は、キーパーでは抜群の安定感、攻撃の起点ともなる攻守両面で機能する。「リスクを考えつつ、出れるところは出る」。キックの質も高く、1対1でも上手さを見せ、落ち着いたプレーと思考の選手。「とにかく悔いは残したくない」。応援してくれる人が「これで負けたらしょうがないよね」という試合はしたいと思っている。
脳性麻痺、想定PF2。比較的軽度の池田がクラス分けで失格になるのではないかと懸念している人も少なくない。仮に最悪の事態となった場合も分析等、池田はチームのために動くつもりだ。
様々な強化を経てシドニーへ!
日本代表チームは2022年12月大阪市での第1回合宿を皮切りに、6度の合宿、自主練習、オンラインでのミーティング等を積み重ねてきた。
「最初はさぐりさぐりだった」
「最初の頃は遠慮もあったが、好き放題言い合える関係になってきている。戦う土壌が出来てきた」
「コミュニケーションも密で各選手の役割も明確となり、一つの形になってきている」
などと、選手たちは手応えを感じている。
前回大会では最終メンバーが発表されてから大会までの3か月間に一度しか合宿が行えず、連係を深めるのが難しい面もあった。今大会では1年前の発表ということもあり、チーム内の連係は飛躍的に高まった。
テストマッチとしての国際試合が難しい、あるいは障害者サッカーのなかでも健常者に揉まれることができない電動車椅子サッカーにおいては、早期のメンバー決定は一つの戦略だろう。
そして9月16~18日には、W杯に向けた最終合宿が東京都港区の中学校で行われた。
最終日には壮行試合の相手として、代表候補だったが落選した選手たち(太田大皓や菅野正紀)、以前の代表選手たち(飯島洸洋、北沢洋平、内橋翠)などが呼ばれ、相手役として代表選手たちの強化に一役買った。
1試合目は日本代表が三上と山田のFKからのツインシュートで先制するも、試合終了間際で太田のゴールで同点に追いつかれ引き分け。壮行試合では、内海、塩入の個人技、山田の気持ちで押し込んだゴール、山田のキックイン、相手のミスを見逃さなかった塩入のゴールで5-0の快勝、選手の入れ替えもうまくいきW杯に向け弾みをつけた。
W杯に向かう電動車椅子サッカー日本代表選手団で他競技にはない特色は、メカニカルとアテンダントの存在である。
モータースポーツでもある電動車椅子サッカーにマシーントラブルも付きものでメカニカルの存在はこれまでも熱望されてきたが、株式会社ジャトコの協力もあって初めて実現した。
アテンダントは、選手個々の介助者。ご家族や介護資格を有する者が担うが、選手団の総枠が決まっていることもありアテンダントは選手8名中5名のみに認められた。障害の重いPF1の4選手はご家族が、想定PF2の平西選手には所属チームDKFBCディスカバリーのスタッフである長谷川功さんが付く。息子である長谷川貴弘は、2013年オーストラリア・シドニーで開催さされたAPOカップで若手主体『チームNIPPON』の代表メンバーに選ばれていたが渡航前に体調を崩し緊急入院、大会期間中に急逝した。長谷川功さんにとっては息子とともに行くはずだったシドニーの地へ、日本選手団の一員として赴くことになる。
選手たちは今大会初めて、サッカー日本代表と同じユニフォーム、八咫烏のエンブレムを胸にW杯に挑む。
「夢にまで見ていた八咫烏の着用、今まで戦ってきた仲間たちの思いがあったから」
「歴代の人たちのおかげでもあるので、その思いも背負って戦いたい」
「喜びを感じると同時に、気が引き締まる思い」
と選手たちは思いを口にした。
元・サッカー日本代表で障がい者サッカー連盟会長の北沢豪氏が「今まで築いてきた日本代表を引き継いで、さらに大きなものにして次に引き渡さなくてはならないのが日本代表」と語る思いは、電動車椅子サッカー日本代表の選手たちの心にも共有されているだろう。
大会は、三上勇輝が『地獄のようなスケジュール』というように、6日間で11試合(もしくは10試合)というかつてないハードな日程。参加国は第2回3回大会と同じ10か国だが、2グループに分けるのではなく総当たりのリーグ戦を行い、4位以上が準決勝に進出するレギュレーションとなった。
日本の目標はベスト4以上。そのためには予選リーグで最低でも6勝3敗以上の成績が求められる。大半は1日2試合の日程、仮に第1試合で負けても切り替えて次の試合に臨むことも必要であろう。
格上と予想されるのは前回大会優勝のフランス、2位アメリカ、3位イングランドの3か国。一つ、二つでも倒せればよいが、そうもいかなかった場合は、それ以外の国には絶対に負けられない。なかでも前回大会で苦汁をなめた、開催国オーストラリア戦は肝となる。
予選リーグを勝ち抜くためには、大会を通じての選手たちのやり繰り、ことに、より障害の重いPF1の4人がパフォーマンスを落とさないように、どう休ませていくかも重要となってくる。代表チームはPF2の選手を軸とし、メンバーを入れ替えても戦える厚みを増してきている。相手チームを分析し、適切な選手を出場させ配置することも求められる。選手、スタッフ、後方支援の分析担当を含めての総力戦となるだろう。そうすれば「皆の良さをつないでいきながらゴールに迫る」こともできるはずだ。
彼らは、重度の障害があろうと、たとえ歩けなくても、紛れもないアスリートである。
W杯に挑む日本代表選手たちは以下である。
77番 内海 恭平/PF2/兵庫県 Red Eagles兵庫 ※キャプテン
7番 三上 勇輝/PF2/神奈川県 Yokohama Crackers ※副キャプテン
8番 塩入 新也/PF1/鹿児島県 Nanchester United 鹿児島 ※副キャプテン
2番 池田 恵助/想定PF2/愛知県 DKFBCディスカバリー
9番 中山 環/想定PF1/神奈川県 Yokohama Crackers
10番 宮川 大輝/想定PF1/大阪府 大阪ローリングタートル
11番 山田 貴大/想定PF1/兵庫県 Red Eagles兵庫
17番 平西 一斗/想定PF2/愛知県 DKFBCディスカバリー
観戦情報
その闘いの日程は以下。時間はいずれも日本時間(シドニーとの時差はサマータイムで2時間)。
予選リーグ
10月15日(日)
12:30〜 日本 vs フランス
10月16日(月)
11:00〜 日本 vs ウルグアイ
14:00〜 アイルランド vs 日本
10月17日(火)
11:00〜 オーストラリア vs 日本
14:00〜 日本 vs アメリカ
10月18日(水)
8:00〜 日本 vs 北アイルランド
12:30〜 アルゼンチン vs 日本
10月19日(木)
9:30〜 イングランド vs 日本
14:00〜 日本 vs デンマーク
予選リーグの配信は以下
https://www.youtube.com/@OfficialFIPFA
但し、16日14:00〜アイルランド vs 日本、18日9:00〜日本 vs 北アイルランドの2試合は以下で配信
https://www.youtube.com/@FIPFAPowerchairWorldCup2023
最終日もいずれかで配信
10月20日(金)
7:30〜 9位決定戦
9:00〜 7位決定戦
10:30〜 準決勝第1試合 1位vs4位
12:00〜 準決勝第2試合 2位vs3位
13:30〜 5位決定戦
15:00〜 3位決定戦
17:00〜 決勝
参加10カ国の世界ランク
フランス(1)、アメリカ(2)、イングランド(3)、オーストラリア(4)、日本(5)、アイルランド(6)、アルゼンチン(7)、ウルグアイ(8)、デンマーク(9)、北アイルランド(世界ランクなし)
大会公式HP https://www.fipfawc2023.org/
日本電動車椅子サッカー協会HP http://www.web-jpfa.jp/index.php
(注1)電動車椅子サッカー紹介映像 筆者が制作
https://youtu.be/WsXn1UErXPg
(注2)ツー・オン・ワン 競技規則
ボールがインプレー中に、同一チームの2人の競技者と相手競技者がボールの3m( 10 ft )以内にいる場合。
・同一チームの2人の競技者と相手競技者がそのときのプレーにかかわっている。
そのときのプレーにかかわるとは、以下のごとく定義される
・プレーに干渉する。または
・相手競技者に干渉する。または
・その位置にいることによって利益を得る。
自陣ゴールエリア内で同一チームの2人の競技者のうち1人がゴールキーパーならば、2対1( 2-on-1 ) の反則ではない。
(注3)映画「蹴る」HP https://keru.pictures/
(注4)ボッチャに転向した有田選手の記事
電動車椅子からボッチャへ
https://www.paraphoto.org/?p=24864
ボッチャ日本選手権BC3
https://www.paraphoto.org/?p=31996
(写真協力 松本力/日本電動車椅子サッカー協会、JPFA Referee Commission、映画「蹴る」製作委員会、永岡真理、そうとめよしえ 校正・佐々木延江)