横浜トライアスロンで「エイジパラの部」新設! 挑戦者、広く求む!!

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2014年5月18日に行なわれた、パラオープン

2014年5月18日に行なわれた、パラオープン

トライアスロン世界選手権シリーズ横浜大会組織委員会は、2015年WTS世界トライアスロンシリーズ横浜大会・2日目の国内大会で、「エイジパラの部」を新設。全国、海外から多くの障害のある選手の挑戦を募り、11月21日、エントリーに向けて大会ホームページに掲載した。

これにより、障害のある選手(パラトライアスリート)は、実力に応じて、5月16日に開催される「パラエリート」と翌日の「エイジパラ」「エイジスタンダード」「リレー」の何れにも参加できることとなった。
・エイジグループエントリー案内(大会サイト)
http://yokohamatriathlon.jp/wts/2015/entry.html

横浜でのパラトライアスロンの取り組みは2011年より始まり、2013年からは2016年リオパラリンピックでの競技開催に向け、ITU国際トライアスロン連盟の主導のもと世界最高峰のトライアスロンレースの一環として、ホストシティである横浜市を中心にJTU日本トライアスロン連合、神奈川県トライアスロン連合の競技スタッフにより行なわれてきた。

昨年は、もっとも課題だった「クラス分け」など、パラリンピック独自の競技規則の設置が急がれる中、前回大会では出場枠60人(海外40・国内20人)の代表選手の正式なクラス分けを世界シリーズで初めて開催した。
海外からの参加者急増によりエリートの選考に漏れた選手は、急遽2日目のエイジグループ(年代別に表彰)に参加できるなど対応策をとったが、下肢障害でハンドサイクルや車いすレーサーを使用する選手、視覚障害でタンデム自転車を使用する選手の参加は見送られていた。今年は単独に「エイジパラ」を新設することで、国内基準のクラス分け(TRI)による多くの障害のある選手が挑戦できるようになる。
この動きにより、パラエリート(JTU強化指定レベル)に満たない選手や、他の競技からの挑戦、あるいは受傷し障害者となった選手のリハビリ過程、生涯スポーツとしての取り組む選手など、トライアスロン愛好者への機会が広がると同時に、パラスポーツ全体の課題でもある「選手発掘」にもつながる。裾野を広げつつ、2020年にむけ、頂点となるエリートパラの競技環境を育てようという意図もあることだろう。

<横浜パラトライアスロン周辺の歴史>
・トライアスロンは、1970年代にハワイで、スイム3.8km、バイク180km、ラン42.195kmの3つのレースを続けて行なう競技として生まれ、障害のある選手を含め、市民レースとして広く挑戦を募ってきた。
・2000年シドニーオリンピックで、スイム1.5km・バイク40km・ラン10km(スタンダードディスタンス/合計51.5km)が正式種目になり、日本代表も参加するようになる。現在、オリンピックと同じスタンダードディスタンスを中心に全国各地でレースが行なわれている。
・2009年、横浜開港150年を記念する行事のなかで、世界最高峰のWTS世界トライアスロンシリーズの開催地として横浜市が誘致し、毎年春に山下公園で行なわれている。
・2010年、IPC国際パラリンピック委員会により2016年リオパラリンピックからの種目として決定。ITU国際トライアスロン連合でも「パラトライアスロン」として2011年よりワールドカップ、WTS世界トライアスロンシリーズの中でレースを開催。
・2014年5月、60人の選手が参加して、パラリンピックに向けた正式なクラシフィケーションが横浜で開催された。
・2015年のレースに向け「エイジパラ」が新設された。