関連カテゴリ: コラム, サッカー, デフサッカー, デフスポーツ, デフリンピック, 取材者の視点, 国際大会, 女子, 新着 — 公開: 2023年5月14日 at 3:24 PM — 更新: 2023年7月1日 at 5:12 PM

ブラジルデフリンピック 未完の闘い

知り・知らせるポイントを100文字で

聞こえない聞こえにくい人々のオリンピックであるデフリンピックが、2025年11 月東京で開催される。前回大会は1年前の2022 年5月ブラジルのカシアス・ド・スルで開催されたが、日本選手団は大会途中で全競技、無念の辞退となった。

2025年デフリンピックは東京に

 昨年2022年9月10日、国際ろう者スポーツ委員会(ICSD)総会にて、東京が2025年夏季デフリンピックの開催地に正式決定した。デフリンピック(注1)とは、耳が聞こえない聞こえにくいアスリートが参加するオリンピックであり、運営も自ら行う。第1回大会は1924年パリで開催され、101年目の2025年東京大会は第25回目となる。
 前回24回大会は、ちょうど1年前、昨年5月1日より15日間、ブラジル最南端のリオ・グランデ・ド・スル州第2の都市カシアス・ド・スルで開催された(ド・スルは「南の」を意味するポルトガル語)。元々は2021年開催予定だったがコロナ禍で2022年に延期されていた。
 大会からはウクライナ侵攻によりメダル大国ロシアが排除、コロナ0政策の中国、およびイギリス等は不参加となったが、73の国と地域から2,401人の選手たちが参加、日本はブラジル、ウクライナ、アメリカ、ケニア、トルコに次ぐ92人のデフアスリートがブラジルへと渡った。
 しかし日本選手団は、5月11日以降の全競技の出場を辞退することになってしまった。
 日本選手団149名のうち、新型コロナウイルス感染症の陽性者が5月10日時点で計11名となり、「日本選手団の命と安全を最優先に考えて」の決定だった。
 多くの決勝種目を多数残していた陸上競技、準決勝を目前に控えていた女子バレーやバドミントン、そして3位決定戦への出場が決まっていた女子サッカーには無念の棄権となった。女子バレーは連覇の期待、女子サッカーには初のメダル獲得の期待がかかっていた。
 当初、筆者は女子サッカー撮影取材のためブラジルへ渡航する予定でいたが、2022年1月時点でのブラジルの感染拡大もあり断念せざるを得なかった。これまでのデフリンピックでの女子サッカーの試合には、2009年台北、2013年ブルガリアと現地で全て立ち会っており、渡航断念はとても残念であった。
 ブラジル大会から1年が経過したが、改めてブラジルデフリンピックでの日本選手団出場棄権を、デフサッカー女子日本代表チームを中心に振り返っておきたい。
 取材が思うようには進められなかったこともあり、各競技団体等のHPやSNSから読み取れる範囲、現地からの映像配信、全日本ろうあ連盟のHPや質問した回答を元に振り返ることにする。選手によっては思い出したくない過去であるかもしれないが、事実を整理しておくことは意味があると考え記事化した。

 上のポスターはデフリンピックのロゴマークを元にデザインされた ブラジル カシアス・ド・スル大会のもの。当初は2021年開催予定だった。ロゴマークの中央は「目」を表しており、ろう者が視覚中心の生活を営んでいることを示す。赤はアジア太平洋、青はヨーロッパ、黄色は南北アメリカ、緑はアフリカを表現している。

デフサッカー女子日本代表 ブラジルへ

 女子サッカーチームが空港でPCR検査を受け陰性を確認し成田空港を飛び立ったのは4月27日、カタール・ドーハでのトランジットを経てブラジル・サンパウロのホテルに到着したのは35時間後。翌29日、空路でブラジル最南端リオ・グランデ・ド・スル州ポルトアレグレ空港へ、そこからバスで移動し、ようやく開催地のカシアス・ド・スルに到着した。
 翌4月30日は、長時間の移動の疲れも感じさせずブラジルでの初練習が行われた。
 そして5月1日、一人の選手(選手A)(注2)が発熱、体調不良で隔離されることになった。今大会は元々感染対策のため日本選手団は全員が個室(その分各自の自己負担金はかさんだ)となっており、自室での隔離となった。
 選手Aの隔離を受け、練習は中止。他の選手やスタッフも各部屋に隔離された。初期対応として、迅速に競技チームごと隔離することによって感染拡大を防ぐためだった。食事や生活上のサポートなどは日本選手団のメディカルチームが対応した。
 初戦のケニア戦は2日後の5月3日に迫っていたが、隔離された選手Aが新型コロナウイルス陽性となり他の選手たちが濃厚接触者と認定されれば、“原則として”試合に参加できない。日本選手団の規定で「症状がない濃厚接触者は、4日目のPCR・抗原検査で陰性であれば5日目からは隔離が解除され出場可能」となっていたが、それでは試合に間に合わないのだ。
 この日5月1日は開会式で少数の日本人選手たちが参加したが、女子サッカーチームはそれどころではなかったはずだ。
 選手Aは翌朝の抗原検査で陽性が判明、10日までは個室から一歩も出ることができなくなった。この日、他の選手(選手B)も体調を崩し、翌日2日の抗原検査で陽性。さらにもう一人発熱者(選手C)が出て、抗原検査の結果は陰性だったが隔離が続くことになった。
 何とか初戦に出場できるよう、日本選手団メディカルチームなどの尽力もあり、隔離された3名以外の選手とスタッフは近くの病院でPCR検査を受け、試合前夜に全員陰性の結果が出て試合に出場できることになった。
 キックオフは翌日午前10時に迫っていた。

ようやく迎えた初戦

 女子サッカーの参加国は5か国(日本、アメリカ、ポーランド、ブラジル、ケニア)、総当たりのリーグ戦が行われ、上位2チームが決勝戦、3位と4位のチームが3位決定戦を戦う。
 5月3日の朝、選手たちは日本選手団専用のバスで試合会場へ向かった。感染対策を徹底させるため、日本選手団は専用のバスをチャーターしていた。その分、各選手の自己負担金も割増しになった。
 隔離された3人のポジションはセンターバック、ボランチ、センターフォワードで、チームの大黒柱であるセンターラインを失うことになり、代表チームメンバーは13人となった。重い自己負担金やワクチン接種等の理由で事前に渡航を断念した選手もおり、元々限られた選手数がさらに少なくなった。
 初戦は濃霧のなかの試合となった。対戦相手のケニアは事前情報が全くなかったが、蓋をあけてみれば初心者に近いようなチームだったようで12-0の勝利。得点は杉本七海が4点、高木桜花4、久住呂文華1、酒井藍莉 1、押領司真奈1、宮城実来1。後半から途中出場の田中惠がこの試合で負傷、出場できる選手がさらに減ってしまった。
 デフリンピックの女子サッカーは男子に比べ参加国も少なく各地区の予選開催までいたらないことが多く、ケニアのような弱小国が出場していることも少なくない。

第2戦ポーランド戦

 中1日あけての5月5日第2戦の相手はポーランド、2013年大会でベスト4、前回2017年には銀メダルを獲得するなど着々と力をつけてきている。しかし決勝に進むためには、できればそのポーランドに勝つか、最低でも引き分け以上の結果が求められた。
 先制ゴールを奪ったのは日本の杉本七海。その先制点がポーランドに火をつけたのか前半1-2と逆転され、後半さらに追加点を奪われる。その後、最年少高校1年生高木桜花のゴールで2-3と追い上げたが、最終的には2-5での敗戦となった。
 実質的には控え選手がいないこの試合、センターバックの高橋遥佳は前半5分に皮膚が剥がれ脂肪が見えるほどの怪我を負い、試合終盤には痛みの限界を超えたが、泣きながら走り抜き、試合後には病院で4針縫う怪我だったという。
 まさに総力戦だった。

第3戦アメリカ戦

 5月7日3戦目の対戦相手アメリカは、これまで出場しているすべての大会で優勝している超強豪国。日本チームは極端に引いた超守備的な戦術で臨んだ。GKは國島佳純が先発、第1戦第2戦と出場した松川容子はフィールドプレーヤーとして途中出場しチームに貢献することになる。プレーできる選手は12名しかいなかった。
 先発はDF右サイドバック宮城実来、左に酒井藍莉、センターバックは高橋遥佳と久住呂文華、中盤はボランチに宮田夏実、川畑菜奈、右サイド杉本七海、左サイド高木桜花、2トップに大上志穂子と押領司真奈の4・4・2のコンパクトな布陣でアメリカに対した。
 日本はハーフウェイラインより前に行くことはなく、マイボールやゴールキックも大きくクリア。しかしそんななかでもスリーラインをコンパクトに保ち、アメリカの選手をフリーにさせない。
 アメリカは何本ものシュートを放つが日本のディフェンス、ボランチ陣がシュートコースを限定、GKの國島も好守を見せ、全員が高い集中力を保ち前半を0-0で折り返す。そして後半20分、「攻めてもいい」「攻撃しろ」というサインがベンチから送られる。選手たちはボールをつなぎアメリカゴールに迫ろうとする。しかし後半43分、アメリカは右CKからのこぼれ球を左45度からミドルシュート、ファーサイドのゴールネットを揺らした。
 全員がイメージを共有し、タスクを高いレベルでこなして力を出しきった試合だったが、強豪アメリカに惜しくも0-1で敗れた。
 アメリカ戦はチームスタッフが配信してくれたおかげで映像を観ることができた。選手たちの強い気持ちが伝わってくる試合だった。

 日本は3戦を終えて1勝2敗の勝ち点3、得点14、失点 6、得失点差 +8となり、自力での決勝進出の可能性は潰えた。残された試合は第4戦のブラジル戦と、3位決定戦(場合によっては決勝)。4位以上は確定しており3位決定戦への出場は既に決まっていた。
 次戦ブラジル戦では最初に隔離された選手(選手A)の隔離期間も終わっている。3位決定戦の時には、その他2名の選手たち(選手B,C)の隔離も終わっているはずであり、体調に問題なければ、全員が出揃うことになる。

 選手団本部が、全競技を辞退する「方針」を決定したのはアメリカとの激闘まさにその日、5月7日のことだった。
 ある競技団体(注3)で選手・スタッフに感染者5名が出た。競技会場での感染と思われ、感染者は累計7名となった。その時点で選手団本部は全日本ろうあ連盟とも連絡をとりあい全競技辞退の方針を決定(注4)、同夜、各競技団体の代表が招集され嶋本恭規選手団長から全競技辞退の方針が伝えられた。
しかし当然のごとく多くの競技団体から「試合に出させてほしい」という要望が噴出した。
 この時点で全日程を終えているのは柔道と空手のみで、例えば陸上競技はこの日に始まったばかりで、19名の選手中、大会に出場したのはまだ4名だけだった。
 話し合いは深夜にまで及び、本部と競技団体は継続して話し合うこととなり、翌日8日は(新たに感染者が出た競技以外の)試合がある団体は大会に参加することになった。

 ろう者サッカー協会は選手団の緊急ミーティングを受け、他団体より先に、残りの全日程の辞退を決めることになる。
 「日本医師団の専門的見解も含め『全競技の棄権』が提案されたこともふまえ、危機管理委員会及び当協会(ろう者サッカー協会)本部としては当協会選手団を安全に、無事に日本へ帰国させることを最優先事項と定め」たのだ。

 8日午前10時キックオフのブラジルとポーランドの試合はポーランドが勝って決勝へ、その結果日本の決勝進出はなくなり3位決定戦へ進むことが事実上確定した。日本が試合に出場できるならば、11日の予選リーグ最終戦ブラジル戦と3位決定戦の2試合が残されており3位決定戦に勝てば銅メダルを獲得できる。
そういった状況での辞退決定だった。
 その無念さは、ろう者サッカー協会の出場辞退のお知らせからも読み取れる。
 「これまで多くのご支援とご協力をいただきました日本国内におけるすべての方々からの期待やお気持ち、そして何より、これまで長期にわたり本大会へ向けて日々取り組んできた選手及びスタッフを想うと大変心苦しく、言葉では言い表せられないほどに残念であります」

 8日も出場を続けた他競技は、女子バレーが予選リーグ最終戦で開催国ブラジルを破りベスト8進出を決め、陸上男子100mでは佐々木琢磨が金メダル、自転車女子ポイントレースでは蓑原由加利が銅メダルを獲得した。
 そしてこの日さらに日本選手団から1名の感染者が出た。そのことを受け、今後1名でも感染者が出た場合は即座に全競技辞退するという選手団の「方針」が決まった。

 翌9日は陸上競技男子ハンマー投げで石田考正が金メダル、森本真敏が銀メダルを獲得。この時点で今大会日本選手団の金メダルが11個となり、2001年ローマ大会の10個を上回った。 
 卓球女子ダブルスでは亀澤理穂、川﨑瑞恵ペアが銅メダルを獲得し、メダル獲得数28個となり、2017年サムスン(トルコ)大会の27個を上回った。
 10日には、陸上男子棒高跳びで北谷宏人が金メダル、自転車マウンテンバイククロスカントリー女子では早瀨 久美が銀メダルを獲得した。
 そしてその日、ある競技団体(注5)から新たな感染者が3名出て、選手団の新型コロナウイルス感染者が11名となった。
 「今後1名でも感染者が出た場合は即座に全競技辞退するという方針」に従い、選手団本部は11日以降、感染者が全く出ていない競技団体も含めてすべての競技を辞退することを決定した。
 その時点で、陸上、バドミントン、卓球、男女バレー、女子サッカーが競技日程を未消化、ことに多くの決勝種目を多数残し金メダルも期待されていた陸上競技、連覇に向け準決勝を目前に控えていた女子バレー、女子シングルスと男女ダブルで準決勝へ進出していたバドミントン、3位決定戦への出場が決まっていた女子サッカーには、無念の棄権となった。
 陸上競技の青山拓朗(5000m)、湯上剛輝(円盤投げ)、安本真紀子(マラソン)はスタート地点に立つことさえできなかった。湯上は2018年には一般の大会で当時の日本記録を更新した実力者だった。
 尚、10日の競技終了時点で日本選手団は過去最高の金メダル数12、総メダル数20(金12、銀8、銅10)を獲得していた。

 事前に辞退することを決めていた ろう者サッカー協会は、11日の試合開始予定時刻(午前10時)の40分ほど前にFacebookで、棄権することを公表した。
筆者はこの時点で初めて情報に触れてショックを受けた。選手の無念さを思うと、2時間ほど立ち上がることさえできなかった。
 その後、全日本ろうあ連盟からも全競技辞退の公式発表がなされた。

メディカルチームの献身

 大会の早い段階で隔離されたサッカー選手3人は、ブラジル滞在中のほとんどの時間をホテルの個室で過ごした。他競技の感染者たちも、隔離後は孤独の時間を過ごすことになった。
 そんな隔離された選手たちの“生活”を支えたのは、日本選手団のメディカルチーム。医療行為はもとより、食事や飲料水等の準備や配布、リネン物やタオルの交換等のサポートを行った。感染対策上、手話通訳者が室内に入ることが出来ず、手話が出来る看護師が入室して対応した。
 看護師の一人は「選手の手から溢れる思いと涙を見る度に、悔しさと辛さが痛いくらいに伝わりました。選手達のこの苦しみにどう寄り添っていけばいいのか自問自答し、ただ歯がゆく、無力を感じる場面も多くありました」(注6)と感じていたという。
 そんな看護師たちに、隔離された選手の一人は感謝の言葉を口にした。
メディカルチームの面々は「陽性者のケア、感染対策はもちろんブラジルでの療養環境調整や外務省、領事館、病院、ホテルとの連携など多岐にわたり、チーム内で連携、分担し役割遂行」するなど多忙な日々を送っていた。
 日本代表選手団の総括報告によると、「(隔離された選手たちの)メンタル面でのダメージは少なくなかった」「ホテルの自室のみでの隔離生活へのストレスが大きく(中略)、ストレス性の胃炎になり点滴治療が必要になった者」もいた。
 それらの対応、必要に応じて現地の病院への受診、検査への付き添いなど、メディカルチームスタッフ自身が多忙な業務に疲弊していくことにもなる。
 今大会のメディカルチームは、コロナ対策及び感染者が出たときのサポート体制が重要と考えられ、医師の数、看護師の数を増やし、医師2名、 看護師2名、トレーナー1名の計5名で構成された。看護師は前々大会と前大会の1名から2名に、医師の数は2名(注7)と変わらないが、以前の大会は宿泊ホテルが分散しており、同じホテルに2名常駐できるという意味で実質的には医師の数も増えたのだという。
 現地の病院との連携も事前に準備され、その後の交渉もあって現地の病院で症状がある選手を優先的に検査、感染者が多数に及んでからはホテル内で検査を行える様にもなった。ホテル側もホテル内での療養を受け入れ、リネンや食事など特別な配慮があった。
 それらとは対照的に、感染者への組織委員会のメディカル支援体制はほとんど整っていない状態だったという。
しかしながら「メディカルチームのサポート体制も十分なものを提供できなくなる」ことが全競技辞退方針決定の理由の一つとして挙げられていることを考えると、最悪の事態を想定して日本選手団のメディカルチームのスタッフをもう少し増やしておくことはできなかったのだろうか。もちろんそうはできない事情や、組織委員会の支援体制の不備もあっただろうが、もう少しスタッフが多ければ、あと何日か持ちこたえられたのではないか。そんな思いも筆者の頭のなかを駆け巡った。

全ての選手が帰国するまでがデフリンピック

 閉会式翌日の5月16日、女子サッカーチームは1名(選手C)を除き、ブラジルを飛び立った。その日選手Cが向かったのは感染者を受け入れる別のホテル、体調を崩していたものの当初は陰性だった彼女は帰国のためのPCR検査では陽性となり、それからさらに10日間の隔離期間が必要とされた。
 日本選手団の感染者18名および、メディカルチームの看護師、援助者も予定通りには帰国できず、そのままブラジルに居残ることになった。
 サッカーチーム全員揃っての帰国は叶わなかった。
 そして選手Cは、ほぼ1か月間の隔離期間を経て5月30日に帰国。療養していた他競技の選手スタッフも無事帰国した。

東京デフリンピックに向けて

 デフリンピックは、普段の練習の成果を存分に発揮し高い競技性を競い合うのはもちろんだが、聞こえない聞こえにくいアスリートたちが国を超えて交流する貴重な場でもある。ある時は国際手話で会話し、ある時は各国の手話に身振り手振りも交えて交流する。しかしブラジル大会では新型コロナウイルス感染対策上、日本選手団はそういった交流がほとんどできなかった。2025年東京大会では各国の選手・スタッフ同士が交流し、そして、聞こえない聞こえにくい人々への理解、手話言語への理解が深まる大会となるべきであろう。
 今大会で日本選手団は過去最多のメダル30個(金12銀8銅10)を獲得した。だが前回大会199ものメダルを獲得、女子サッカーでも金メダルのロシアは大会から排除されており、これまでの大会とはかなり様相を異にしていた。前回4位のイギリスもブラジルの感染状況や感染対策を鑑みて選手団を派遣しなかった。
 今大会の女子サッカーチームは3位決定戦に出場できず銅メダル獲得のチャンスを失ってしまったが、各国が出場できていれば3位決定戦にまでたどり着けたのかどうかは未知数でもあった。東京デフリンピックでは実力国がすべて参加できるような状況になり、真の意味での世界一を決める大会となることを願う。

 デフサッカー女子日本代表チームはその後、ブラジルデフリンピックの際にコーチを務めていた仙波優菜が新監督に就任し、2023年9~10月マレーシアで開催のデフサッカーW杯、そして2025年デフリンピックへ向けて動き出している。
 デフリンピック日本開催が決まった9月10日は、新チーム3回目の合宿中だった。合宿地は福島県Jヴィレッジ、そのJヴィレッジが2025年大会のサッカー競技会場として予定されている。
 女子代表チームが立ち上げられたのは2005年3月、2025年はチーム結成20年目となる節目の年、きっと躍動する姿を見せてくれるだろう。

 一方デフサッカー男子日本代表は、アジア予選に参加できなかったためブラジル大会へは出場できなかった。2019年11月にデフリンピックアジア予選を兼ねたアジア太平洋ろう者競技大会が香港で開催予定されていたものの、香港の政情を鑑みて中止となった。2021年6月にはイランでアジア予選が開催されたが、日本チームはコロナ禍のため参加を断念。年々実力の上がっている日本チームは予選に参加していれば突破できたと思われるが、ブラジルデフリンピックへの出場は叶わなかった。
 2025年は、2013年のソフィア(ブルガリア)大会以来、12年ぶりに男女の代表チームが出そろうことになる。
 尚、今年2023年9~10月にはマレーシアで男女デフサッカーのW杯が開催、男女フットサルのW杯も11月にブラジルで開催予定。またフットサル競技は、2024年2月のトルコ大会から冬季デフリンピック競技として採用され、夏季デフリンピックではサッカー、冬季デフリンピックではフットサルが行われることになる。

ブラジルデフリンピック女子サッカーの最終結果

金 アメリカ、銀 ポーランド、銅 ブラジル、4位 日本、5位 ケニア

グループリーグの成績
1位 アメリカ 勝ち点12 得失点差+20(得点20 失点0)
2位 ポーランド 勝ち点9 得失点差+14(得点18 失点4)
3位 ブラジル 勝ち点6 得失点差+11(得点7 失点4)
4位 日本 1勝3敗(ブラジル戦は不戦敗)  勝ち点3 得失点差+5(得点14 失点9)
5位 ケニア 勝ち点0 得失点差-43(得点1 失点44)
*日本VSブラジル戦は、ブラジルが3-0の不戦勝。

(注1)デフリンピックの参加資格は、補聴器や人工内耳の体外装置を外した裸耳状態での聴力レベルが55dB(デシベル)以上。55dBとは普通の話し言葉ほどの大きさで、その話し言葉がかすかに音として判別できる程度である。裸耳状態で競技を行わなくてはならず、プレーするにあたっての“情報としての音”はほぼない。
 東京大会は2025年11月15~26日、開閉会式と陸上競技等は駒沢オリンピック公園総合運動場、サッカーは福島県双葉郡楢葉町Jヴィレッジでの開催が予定されている。
 開催期間、場所はICSD総会での日本側のプレゼンテーション資料による。
https://www.jfd.or.jp/info/2022/20220910-tokyo-deaflympics-2025vision.pdf
(注2)感染した選手3名の氏名はわかっているが、公表されていないため匿名とした。感染した選手たちが責められるべきでないことは言うまでもない。
(注3)競技団体名はわかっているが公表されていないため、それに倣った。
(注4)全競技辞退方針決定の理由は以下。
 第24回夏季デフリンピック競技大会 日本代表選手団 総括報告(暫定版:2022年6月8日) | 第24回夏季デフリンピック競技大会ブラジル2021 日本選手団 (jfd.or.jp)から引用
 7日には他の別競技チームから発熱者が出たため、地元の病院に該当する競技団体全員と濃厚接触者のPCR検査を依頼し、新たに5名の感染者が判明した。これらの感染者への聞き取りの結果、当該競技会場では選手や関係者がほぼマスクを着用していないこと、他国選手団が応援のために大声を出している事など感染しても当然と思われる状況だという訴えがあった。
 また、5月1日、2日の感染者との濃厚接触はないことや、選手団のコロナ対策の状況も照らし合わせて鑑みるに、競技会場で感染した可能性がかなり高いと考えられた。
 この頃、選手の中には、腹痛や咳など、体調不良者が複数名存在し、地元の病院で検査を行った結果、PCR検査も陰性ではあったが、血液検査からウィルス感染が高く疑われた。地元病院の感染症科部長より、症状がある者は隔離を行う等の日本選手団の感染症対策の徹底を指示された。
 そのため、本部・メディカルチームが選手団を競技団体毎に集め、感染症対策の徹底と症状があった際にはすぐに報告して欲しいこと等を再度お願いした。また、地元のタッチーニ病院の感染症科の部長・医療安全室の部長と本部・メディカルチームとの会合を持ち、感染症対策についても協力体制をとっていくことを確認した。
 本部メディカルチームで検討した結果、大会組織委員会がコロナ対策を行わないことで、競技会場では他国の選手や観客等はマスクの装用はほとんどなく、消毒等の予防措置も行われないため、競技会場における感染のリスクがかなり高いこと、7日時点で選手団の感染者は7名、そしてそれぞれの感染者が所属する競技チームの選手・スタッフの隔離者も含めると、20名近くに上ること、また、症状出現しても重症化しない限りメディカルチームに報告がなく、各自部屋の行き来や自室でのミーティングも注意喚起後も行われており、この状態が続くと感染者はさらに増えるということになった。
 このままでは、メディカルチームのサポート体制も十分なものを提供できなくなり、ホテル内での感染も拡大も阻止できず、オミクロン株は軽症者が多いが一定数重症化するケースや後遺症が残るケースもあり、選手団の中には感染後重症化が予測される基礎疾患を抱えている者もいるため、選手団の命を守れない危機が出てくる恐れがあり、全競技辞退の意見があげられた。
   これを受け、選手団本部で協議した結果、選手団派遣方針の概要でも述べたように、「選手やスタッフの命と安全を守ることを最優先」とし、最終的に全競技を辞退する方針を決定した。
(注5)競技団体名はわかっているが公表されていないため、それに倣った。

(注6)空飛ぶ捜索医師団 ARROES 活動報告 2022.06.23 デフリンピックから新谷看護師が帰国ーブラジルでの活動報告ー より
https://arrows.red/news/activities/n20220623/
(注7) 2017年トルコ大会の医師は3名だったが、そのうち2名は入れ替わりがあったため実質的には2名であった。

(参照)
第24回夏季デフリンピック競技大会ブラジル2021 日本選手団 | 全日本ろうあ連盟 (jfd.or.jp)
第24回夏季デフリンピック競技大会日本代表選手団 総括報告(暫定版:2022年6月8日) | 第24回夏季デフリンピック競技大会ブラジル2021 日本選手団 (jfd.or.jp)

ろう者サッカーHP 一般社団法人日本ろう者サッカー協会 | JDFA

空飛ぶ捜索医師団 ARROES 活動報告 2022.06.23
デフリンピックから新谷看護師が帰国ーブラジルでの活動報告ーより
https://arrows.red/news/activities/n20220623/

Paraphoto デフサッカー女子日本代表の記事
デフサッカー女子日本代表 17年目のデフリンピック挑戦 – Paraphoto
https://www.paraphoto.org/?p=33770

サッカー狂映画監督中村和彦のブログ 
・デフリンピックアメリカ戦の様子
https://blog.goo.ne.jp/kazuhiko-nakamura/e/f87136e1a99a817450ac75911b4136ae
・デフリンピック決勝の様子
https://blog.goo.ne.jp/kazuhiko-nakamura/e/255770c03e129df3676ecad26ab357fc

(校正・佐々木延江)

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