関連カテゴリ: チームジャパン, ボッチャ, ポルトガル, 国際大会, 夏季競技, 女子, 新着, 知り知らせる, 観戦レポート, 重度障害, 電動車いすサッカー — 公開: 2024年3月30日 at 11:39 AM — 更新: 2024年4月24日 at 9:38 AM

ボッチャBC3有田正行・一戸彩音ペア パリへの切符つかむ

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火ノ玉JAPAN BC3クラス有田正行・一戸彩音ペアは、ポルトガルで開催されたボッチャパラリンピック予選で準優勝、パリパラリンピックへの切符を手にした。

火ノ玉JAPAN(ボッチャ日本代表) BC3クラス有田正行(電通デジタル)・一戸彩音(⼩平特別⽀援学校)ペアは、3月24日~27日、ポルトガル・コインブラで開催された「Coimbra 2024 World Boccia Paralympic Qualification Tournament」で準優勝、上位3位以内に与えられるパリパラリンピック出場権を獲得した。

パリパラリンピック出場権を獲得した有田正行・一戸彩音ペア 写真提供 日本ボッチャ協会

大会初日は「逆転負けで最悪な誕生日」から始まった。
24日の初戦イタリア戦は第3エンド終了時点で6-4と日本がリードしていたが、最終エンドに3点を取られ逆転負けを喫した。ちょうどその日が44歳の誕生日であった有田にとっては、ほろ苦いスタートとなった。
この大会ではパリパラリンピック本大会同様、床面にタラフレックスを敷き競技が行われた。一戸はタラフレックス上での競技経験がほとんどなく、公式練習の時間の短さも相まって、床面の特徴がうまくつかめず初戦は「不安のなかでのプレー」だったという。

プレーの修正、気持ちの切り替えが必要だったが、BC4クラス江崎駿、唐司あみペアが初戦ポルトガル戦に4-2と勝利したことで「BC4がBC3を後押し、日本チームの一体感が増した」と、火ノ玉ジャパン井上伸監督は振り返る。
(この大会でBC4ペアは、パリパラリンピック出場権を獲得することはできなかった)
また既にパリパラリンピック出場を決めているBC1、BC2の選手たちも日本から応援メッセージを寄せ、そのことも選手たちの心の支えとなったという。

しかし翌日のポーランド戦も勝つことはできなかった。1-1でむかえた第3エンド、ポーランドはジャックボールを7mの位置に置くロングをしかけると2点を追加、そこから日本は逆転することはできなかった。
5か国で争う予選で準決勝に進めるのは上位2チーム、2敗となった日本は自力突破がなくなり窮地に立たされた。

次戦コロンビア戦までは4時間を切っている。
「ペア戦はチームメイトを信頼することが大事。試合と試合の間、試合中もコミュニケーションがとれていた」と有田がいうように、2人はイメージを共有していく。
一戸の言葉は聞き取りづらいが、有田は「同じ目的目標に向かってボールを投げていくわけで、イメージは共有できているので、言葉がわからなくても、そこを言っているんだろうなと、手に取るようにわかるようになった」という。

有田、一戸ペアは、タラフレックスの床面にも慣れてきて、コロンビア戦では主導権を握ることになる。
第1エンド、ポーランド1ポイントの状況から、有田が5投目で日本に2ポイントを手繰り寄せる投球を見せると、6投目で一戸は狭い隙間を通しジャックボールにピタリと寄せ、3-0で幸先良いスタートを切ると、第2エンド、第3エンドも2点ずつを加点、7-2で勝ち切った。

翌大会3日目、日本はスウェーデンに5-0と勝利。予選終了時点で、日本、コロンビア、イタリアが2勝2敗で並んだが、3チーム間の得失点差により日本が準決勝進出を決めた。

準決勝の相手はもう一つのプールを4連勝で勝ち上がってきたギリシャ、ギリシャのポリクロニディス・グリゴリオスはパラリンピックで3度銀メダルを獲得している選手でもある。
修正がうまくいった日本は自信を持って試合に臨むと、第1エンド2-0、第2エンド1-0とリードを広げる。一戸はほぼ完璧な投球を続ける。
そしてむかえた第3エンド、有田のスーパーショットがギリシャの息の根を止めた。
有田が投じた6投目はスーパーハードという固い球。相手の球を弾くには適しているが、なかなか止まってくれないボールでもある。有田は5投目をあえてショートさせて赤い壁を作り、6投目をその壁めがけて投じる。赤球、そしてさらに奥の相手の青球がクッションとなり、スーパーハードはコースを変えてジャックボールにゆらゆらと吸い寄せられるように近づいていく。
場内がどよめくスーパーショットで一気に3点を奪い、日本は6-0とほぼ勝負を決めた。
最終的には8-0で勝利した有田・一戸ペアが決勝進出、パリパラリンピック出場の条件である3位以上が確定し、パリへの切符を手にした。
この日は一戸彩音の「最高の誕生日」ともなった。
翌日の決勝戦はイギリスに2-4で敗れたものの、目標であったパリパラリンピック出場権を獲得することができた。

ポルトガルの大会で2位になった有田正行・一戸彩音ペア 写真提供 日本ボッチャ協会

18歳、成長著しい一戸彩音

有田も一戸も、ともにパラリンピック初出場となる。
一戸彩音は、日本選手権2連覇、国際大会でも8位、4位、2位と順位をあげてきており、成長著しい。
土壇場での勝負強さも目に付く。
父でありランプオペレーターの一戸賢司は「だんだんと後半に気持ちを切らさないことが出来るようになってきた。後半粘り強く踏ん張って絶対勝ち切るぞという強い気持ちをもって挑んでいるからこそ、結果につながっているのかと思います」と語る。
「負けず嫌いなので」と自己分析する一戸彩音は「東京パラリンピックの時は家でテレビを見ていた側」で自分がパラリンピックに出ることは「まったく想像していませんでした」という。
パリに向けては「まずは自分たちのプレーを発揮して楽しむことを一番に。楽しんだら結果もついてくると思うので、まずは楽しみたいと思います」とパリパラリンピックへの思いを語った。

第25回日本ボッチャ選手権大会での一戸彩音     筆者撮影

電動車椅子サッカーから競技転向した有田正行

一方の有田は7年前からパリパラリンピックに出場することをロードマップとして描いてきた。
有田のボッチャ競技人生は2017年3月11日、兵庫県の自宅から始発の新幹線で高橋和樹(東京パラリンピック銀メダリスト)の講演へ向かうところから始まった。
有田はその3日前までは、電動車椅子サッカーの選手だった。2011年にはフランスパリで開催されたW杯に出場、大会得点王にもなった。3月8日は、アメリカで開催されるW杯の最終メンバー発表の日だった。
しかしそのリストに有田の名前はなかった。
まさかの落選。その絶望の中から、ボッチャへ競技転向し、妻の有田千穂とともにパラリンピック出場を目指すことで希望を見出した。

電動車椅子サッカー 球際で争う有田正行(右) 写真提供 日本電動車椅子サッカー協会

2017年の日本選手権では初出場で3位、翌年も3位となった。
2019年第21回ボッチャ日本選手権大会は優勝すれば東京パラリンピック出場が決まる大会、有田は決勝進出を果たす。しかし、わずかの差で河本圭亮に敗れて準優勝に終わり、*東京パラ出場を逃した。

しかし23回、25回大会では優勝し日本一に、世界選手権や国際大会にも出場し、ランキングも13位まで上げ、ついにはパリパラリンピック出場が内定した。

ポルトガルより帰国した有田正行と妻の千穂  筆者撮影

7年間を振り返り、妻でありランプオペレーターの有田千穂は「(電動車椅子)サッカーやっていたときは、まさか別の競技でパラリンピックに行くとは思っていませんでした。サッカーは本人がプレーヤーで自分はサポートする側だったんですけど、今度は、今までで一番大きな舞台で、2人で同じボックスのなかで一つになって戦う。この7年間自分たちの目標にしていたパリパラリンピック出場、7年間の思いをぶつけたいと思います」とパリへの思いを語った。

有田は、電動車椅子サッカーから競技転向しパラリンピック出場を目指した軌跡を「(日本へ帰国する)飛行機のなかでずっと振り返っていた」という。
「パリの出場権を得られて、これまでやってきたことは間違っていなかったと改めて思います。ただこれがゴールではなく、ここがスタートラインだと思っていますので、また一段ギアをあげて、しっかりと目標にしてきたパリでプレーしたいと思います」と決意を語った。

<*参考>
電動車椅子サッカーからボッチャへ ~ 有田正行パラリンピックへの挑戦(PARAPHOTO記事)

(写真提供:日本ボッチャ協会、日本電動車椅子サッカー協会 校正・佐々木延江、地主光太郎)

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