アフガニスタンのパラリンピアン、カブールから羽ばたけず

 8月15日アフガニスタンの首都カブールで、ガニ大統領出国後の大統領府をタリバンが占拠。政権は事実上崩壊、タリバンがアフガニスタン全土を制圧した。その日、カブール空港はタリバンから逃れ国外に脱出しようという人々が押し寄せ、大混乱に陥った。
17日にカブールから成田へと向かう予定であったアフガニスタンのパラリンピック選手団は渡航を断念、16日未明には日本国内の事前キャンプ地である福岡県大牟田市へ「このような状況なので、パラリンピックへの参加が厳しくなってきた」とメールで連絡を入れた。
東京パラリンピック出場を予定していたのは、テコンドーのザキア・クダダディ(23)と陸上競技100mのホセイン・ラスーリ(24)の2名。2名とも上肢に障害があり、ラスーリ選手は地雷で左腕を失ったという。

陸上競技100mに出場予定だったホセイン・ラスーリ   ⒸAfghanistan NPC

 クダダディはパラテコンドーの最も障がいが軽いクラスのk44、48kg以下のクラスで世界ランキング20位。国際大会で優勝経験もあり、アフガン女性として初のパラリンピック出場選手となるはずであった。国際パラリンピック委員会の記事(*)によると、先天性の障がいを持つクダダディは、タリバン政権移行後、男女の職業やスポーツ等での交流がタブー視される中、保守的な固定観念を打ち破って競技を続けてきたとのこと。
(* https://www.paralympic.org/feature/afghans-head-tokyo-message-hope-and-peace

 そしてパラリンピック代表に選考された際、「パラリンピックに出場できるという知らせを受けたときは、とても興奮しました。女性がアフガニスタン代表として大会に参加するのは初めてなので、とても嬉しいです」「世界のアスリートたちとともに、ベストを尽くしたいと思います。自分の力を発揮するチャンスであり、同じ場に立てることを誇りに思います」と語っていたという。

アフガニスタン女性初のパラリンピアン パラテコンドーのザキア・クダダディ ⒸAfghanistan NPC

 アフガニスタンの地で逝った中村哲医師と事前キャンプ地

当初、アフガニスタンのコーチ2名を含む選手団4名は17日に成田空港に到着後、翌18日から22日まで福岡県大牟田市で事前合宿をおこなう予定となっていた。
大牟田市には、2019年12月4日アフガニスタンのナンガルハル州ジャララバードで武装勢力に銃撃され亡くなった故・中村哲医師の日本の自宅がある。故中村医師はアフガニスタンで医療支援にとどまらず、井戸を掘る農業支援等にも長年尽力していた。「人々の命を助けるために必要」という理由で農業用水路を造る灌漑事業で砂漠化していた大地を緑に甦らせ、その功績でアフガニスタン・イスラム共和国市民証も授与されている。
その縁から大牟田市は、中村哲さんが愛し、支え続けられたアフガニスタンを応援するため、同国オリンピック・パラリンピック代表選手の事前キャンプ協力や、交流事業を行うことを決定。そして大会終了後も交流を継続することで、中村哲さんのレガシーも継承していきたいと表明している。

故・中村哲医師の追悼写真展の様子 大牟田市内  写真 中村和彦

 先日開催された2020年東京オリンピックの際にはアフガニスタンの陸上選手2名が参加し、事前合宿を大牟田市内で行っている。その一人、シャーマハムゥド・ヌールザヒ選手は陸上競技男子100mに出場、11秒04でアフガニスタン国内記録を更新。そして開会式で旗手を務めたキミア・ユソフィ選手は女子100mで13秒29の走りを見せ、自己記録を更新している。

大牟田市内のグラウンドで練習する、オリンピック、アフガニスタン代表シャーマハムゥド・ヌールザヒ ラスーリの練習予定の場だった 写真提供 大牟田市
7月30日、国立競技場のトラックを力走するアフガニスタン陸上代表キミア・ユソフィ ⒸAfghanistan NOC 

「私はまだ希望を失っていません」

こうした五輪選手の活躍もあった中、混乱の続くアフガニスタンで、パラリンピック代表に選ばれたザキア・クダダディは希望を失ってはいなかった。
女性の行動が大きく制限される中、8月18日付ロイター通信記事(*)によると、ザキア・クダダディはロイター通信のYoutubeチャンネル経由でビデオ配信を通し、世界の人々に支援を訴えている。

アフガニスタンパラリンピック委員会の女性メンバーであり、パラテコンドー代表である私(ザキア・クダダディ)は、今大変苦しい状況にあります。現在、私は家から出ることができません。今は安心してこの家の周りを出歩いたり、安全に生活必需品などわずかなものを買いに出たり、競技に向けて練習をしたり、ほかの人の様子を伺ったり、(東京大会の)競技参加から取り遅れないようほかの人が私の状況を確認しにきたりすることができません。

私の家族はヘラート市に主に住んでいますが、ヘラート市はすべてタリバンに占領されています。
現在、私はカブールの親戚の家に滞在していますが、彼らは自分の子供を養うための十分な食料すら手に入れることができません。私は彼らにとってさらなる負担となっています。
皆様にお願いがあります。私はアフガン人の女性です。アフガニスタンの女性を代表して、私を助けてください。私は、東京2020パラリンピックに参加するためにこのようなお願いをしています。どうか、私を導き、支えてください。

(18日深夜の原稿執筆時点ではこのあとも重ねて痛切な思いを述べていた。しかし翌日になり削除されており、この原稿も19日時点の映像に従うことにした)

(*)Female Afghan Paralympic competitor pleads for help to reach Tokyo(kyodonews.net)
(*)Youtube メッセージ「Afghan athlete Zakia Khudadadi pleads to go to Paralympics
https://youtu.be/RX7-BwL0pSc

 彼女の悲痛な願いは叶うだろうか?

8月18日付ロイター通信(*)の記事によると、クダダディのビデオメッセージを見た国際パラリンピック委員会(IPC)アンドリュー・パーソンズ会長は次のように語ったという。
「カブールから脱出する方法もないアフガニスタン代表のアスリートが大会に参加できない状況を悲しく思います。そして東京になんとか行きたいので助けてほしいという女性アスリートの訴えを見て心が痛みました」「アフガニスタンの現状の映像も見ています。こうした状況がアスリートの夢を打ち砕いていることは本当に悲しいことです」
「民間の航空会社によるフライトは今飛んでいません。カブールの空港の映像を見て、事態が悪化した当初から選手たちを東京に連れてくる安全な方法がないことは、明らかでした」
「これは、スポーツよりもずっとずっと大きな問題なのです。アフガニスタンという国家、そしてその人々、特に女性たちの環境や立場がどうなっていくかが第一に気になります。まず、これから国が自らの運命を決める必要があると思います」

 ともに生きるとは

 「アフガンにはよい人も、悪い人もいる、が、それを含めて共に生きている
 故・中村医師が生前、周囲に語っていたという言葉である。
 理念として「共生社会の実現を促進する」というのはたやすいが、「ともに生きる」「共生」という言葉の意味を、今回の件を通して、東京パラリンピックを通して、深く考えるきっかけになることを願わずにはいられない。(了)
                                     

(*)Paralympics Afghan turmoil shattering dream of trapped athletes is “heartbreaking” – IPC chief | Reuters

(参考資料)
ペシャワール会報 号外(2019年12月25日)

(記事・中村和彦 英語翻訳・田中綾子 校正・佐々木延江)

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