伝統の「大分国際車いすマラソン」から、「2020東京」に向けて学びたいこと

by
時折小雨のふるあいにくの天候のなか、フルマラソンは国内外から81選手(うち女子7名)が午前11時に一斉にスタート。後方には3分後にスタート予定のハーフに出走する157選手(同16名)が待機中

時折小雨のふるあいにくの天候のなか、フルマラソンは国内外から81選手(うち女子7名)が午前11時に一斉にスタート。後方には3分後にスタート予定のハーフに出走する157選手(同16名)が待機中

■世界最高レベルの戦いから、自分との戦いまで

 11月9日(日)、大分市で「第34回大分国際車いすマラソン大会」が開催され、フルマラソン男子はスイスのマルセル・フグ選手が1時間21分40秒で総合優勝を果たし、大会5連覇を飾った。2位は日本人3選手の熾烈な争いをトラック勝負で制した山本浩之選手(福岡県)で、タイムは1時間28分27秒。1秒差で追いかけた副島正純選手(長崎県)と洞ノ上浩太選手(福岡県)が3位、4位に入った。

レースは夜半からの雨がぱらつく天候のなか、11時の号砲から勢いよく飛びだしたフグが、序盤から独走となり、世界新記録も狙える快調なペースを刻んだ。終盤、ペースが落ちて新記録はならなかったが、後続に6分以上の大差をつける好タイムでのフィニッシュだった。

5連覇を果たしたマルセル・フグ選手(スイス)のトラックでのラストスパート

5連覇を果たしたマルセル・フグ選手(スイス)のトラックでのラストスパート

「5連覇を達成できて嬉しい。大事なレースと位置付けている大分で勝てて、本当によかった。今日は体調もよく、31キロくらいまでは世界新ペースを意識していた。『今日は新記録が出る』と思ったが、その後、ペースダウンしてしまったのは残念」と振り返った。

3年連続の準優勝となった山本は、「日本人3人で追いかけたが、マルセル選手に追い付けなかったのは残念で、悔しい。2位争いをトラックに持ち込むつもりはなく、2人を何度も振り切ろうと仕掛けたが、なかなかバラけず、結果的にもつれてしまった、という感じ。マルセル選手との勝負と日本人同士の勝負とで、今日はとても疲れた。力は出し切ったが、それだけに優勝できなかったのは残念」と悔しさものぞかせた。

女子はトラックまでもつれ込んだ土田和歌子選手(東京都)との息詰まる勝負を、マニュエラ・シャー選手(スイス)が1時間38分42秒で制し、2連覇を果たした。土田選手もまた、わずかに1秒、及ばなかった。実は2人のデッドヒートは2年連続で、昨年は2選手とも世界新記録となる1時間38分07秒でゴールに飛び込み、ほんのわずかな差でシャー選手が初優勝を飾っていた。

2年連続のデッドヒートとなったマニュエラ・シャー選手(スイス・右)と土田和歌子選手のゴール

2年連続のデッドヒートとなったマニュエラ・シャー選手(スイス・右)と土田和歌子選手のゴール

シャー選手は「今日もタフなレースだった。雨という悪コンディションの中、よく戦ったと思う。タイムも世界記録まであと少しだったし。今の気分は『スーパー・ハッピー』。ワカコとは去年もそうだったけど、ほとんどのレースでトラック勝負の展開になる。だから、とにかく先にトラックに入りたいと思って、がんばった」と笑顔を見せた。

こうした激しいトップ争いと並んで、34回目となった今年もさまざまな戦いが繰り広げられた。フル、ハーフの部を合わせて16カ国からエントリーした271選手のうち、238人が出走。完走を果たした204名のなかには34年連続出場の数選手や、1時間56分08秒でハーフを走った最高齢88歳の工藤金次郎選手(徳島県)も含まれる。全選手がゴールするまで約3時間。小雨がつづいていたが、多くの観客が温かい拍手を送り続けた。

■34年の歴史をささえるもの

レース前日の開会式後には選手パレードも行われ、大会開催をアピール。鼓笛隊に先導され、男子はマルセル・フグ選手(赤の上着)、女子はマニュエラ・シャー選手(グレーの上着)を先頭に大分市中心部を行進した

レース前日の開会式後には選手パレードも行われ、大会開催をアピール。鼓笛隊に先導され、男子はマルセル・フグ選手(赤の上着)、女子はマニュエラ・シャー選手(グレーの上着)を先頭に大分市中心部を行進した

「大分国際車いすマラソン」は大分県出身で、障がい者医療の専門医だった中村裕氏(故人)の提唱により、1981年の「国際障害者年」を記念して、世界で初めて「車いすだけの国際マラソン大会」として始められた。中村氏は1964年の東京パラリンピック(当時の正式名称は「国際身体障害者スポーツ大会」)でも日本選手団団長を務めたり、身体障害者の職業的自立を目指す「社会福祉法人太陽の家」の創設者でもある。今大会の開会式が行われた11月8日が、1964年東京大会の開会式からちょうど50年目であったことも、不思議な縁を感じさせる。

障がいの内容と程度によって3クラスで行われる「大分国際」には、平均時速30キロ以上でフルマラソン(42.195キロ)を1時間20分台で駆け抜けるランナーから、重度の障がいをもちながらも上り坂を懸命に登る選手や初めてレースに出場する初心者までさまざまな層が参加している。これまでの参加者数は、のべ1万人以上、うち海外からは2200人を超える。このように、「世界最大規模の車いすランナーが集まる大会」として、「大分国際」が34年の歴史を重ねられたのは、地元市民の理解と多大な協力によっている。

今大会も、約2000人のボランティアが大会をささえ、ランナーの挑戦を後押しした。例えば、「Can‐do(キャンドゥ)」というボランティア団体は、正式名称を「大分国際車いすマラソン通訳ボランティアCan-do」と言い、海外から集まる多くの外国選手が安心して大会に臨めるよう手伝うことを目的に1995年に結成された団体だ。ちなみに、名称のCan‐doは英語で「やる気がある」という意味だが、ローマ字にすると「カンドウ」とも読める。「Can‐doは感動を求めて大分大会を応援しつづける」という思いも込められているそうだ。

現在は英語をはじめ、スペイン語、韓国語、中国語、タイ語、フランス語、ポルトガル語、ドイツ語などに堪能な100名を超えるメンバーが登録しており、外国選手ひとりにつき数名単位で担当し、大分滞在中の移動から買い物や観光、記者会見やインタビューの通訳などまで必要に応じて細々と手伝う。メンバーはたった1日の大会のために、1年を通して打ち合わせや研修会を行い、日々高めあい準備を怠らないという。

「大分国際」はまた、沿道の応援も熱く、長い歴史が感じられる。展開の速いスポーツ観戦には慣れやコツも必要だ。「大分国際」では、車いすマラソンの概要やコースの見どころなどが掲載された、『観戦ガイド』というリーフレットが無料で配布されていた。ガイドには出場全選手の名前とゼッケン番号も書かれている。孤独なマラソンランナーにとって、名前入りの応援は嬉しい追い風になる。

初マラソンが「大分国際」で、以来、連覇もある土田和歌子選手は今年の開会式で、「大分は選手の国籍を問わず多くの声援が飛び交い、選手の頑張ろうという気持ちを後押ししてくれる大会」と話した。また、今年惜しくも2位に終わった山本浩之選手はレース後、「今年は風が無かったからか、例年より沿道の声援がよく聞こえて、本当に力になった」と観衆への感謝の言葉を口にした。

2連覇を達成したシャー選手も、「沿道の応援はとても印象的でした。『こんな雨のなか、いったい何人が応援してくれているの?』と思いながら走っていました。大分は大好き。人々は優しく、とてもオープンでフレンドリーだから。来年もまた、このレースに戻ってきたい」とコメントした。

女子招待選手のひとり、アメリカのタチアナ・マクファーデン選手は11月2日のニューヨークシティ・マラソンで優勝し、2年連続のグランドスラム(*)を達成したばかりで今年、大分国際に初出場を果たした。
終盤、雨のため左グリップにトラブルが発生し、トップから3分差の3位に終わったが、「大分は以前から出場したいと思っていた大会。3位になってしまったけど、がっかりはしていません。今年はとても素晴らしい1年を過ごしてきたし、最後にこうして憧れだった大分国際を走ることができたから。大分の人々はとても親切で、文化も気に入りました。沿道の応援も素晴らしかった。来年もぜひ、この大会に戻ってきたいです」と爽やかな笑顔で話してくれた。

世界各地の多くのレースを経験してきたトップ選手の目から見ても高い評価を受ける「大分国際」はまた、多くの名勝負の舞台にもなってきた。今年は涙をのんだが、山本選手や土田選手らが何度も優勝を果たすなど、日本の車いすレーサー陣が世界をリードした時代もあった。近年は欧米勢をはじめ、タイや中国などアジアの新興勢力も台頭している。

競技人口が増えれば、新たな逸材が現れたり、競技ノウハウも広がって競争が激しくなるのはどんなスポーツも同じだ。日本勢の苦戦は、裏を返せば、多くの国や地域の障害者の間に「スポーツをすること」が当たり前に広がり、車いすアスリートもそれだけ増えたということの証明だともいえる。

中村氏が提唱した「大分国際」設立の目的はまさに、そこにあったはずだ。もちろん、日本選手が勝てば盛り上がるのは違いない。でも、「選手のため」を最優先で活動するボランティアの姿や、選手の国籍など気にせず冷たい雨の中でも拍手と声援を送りつづける大分市民の様子を見ていると、まずはこんな風景が根付く町の存在を喜びたいと思う。

2020年にはパラリンピックが東京に帰ってくる。一つの都市が2回目のパラリンピックを開催するのはパラリンピック史上初めてになる。6年後を見据えた選手強化が盛んに叫ばれているが、国際大会開催の意義はメダルの数だけではない。志を高くもち、育て、継続していくことの大切さを、日本各地から世界各地へと広げる起点になる――そんなことも、「世界初の都市」となる東京の大事な役目ではないか。車いすマラソン生誕の地、大分で、世界最高レベルの熱戦を見守りながら、そんなことを思った。

(*)車いすマラソンのグランドスラム:同一年度内に世界4大マラソン(ロンドン、ボストン、シカゴ、ニューヨーク)の全レースで優勝すること。

出場全選手の名簿のほか、車いすマラソンの基礎知識などもコンパクトにまとめられた『観戦ガイド』。応援のベテランから初観戦者までが頼りにでき、熱い応援に一役買っている

出場全選手の名簿のほか、車いすマラソンの基礎知識などもコンパクトにまとめられた『観戦ガイド』。応援のベテランから初観戦者までが頼りにでき、熱い応援に一役買っている