公開: 2026年10月25日 at 6時47分 — 更新: 2026年10月25日 at 9時33分

【アジアパラ】聖火は消えても、思いは未来へ。愛知・名古屋2026アジアパラが閉幕

知り・知らせるポイントを100文字で

愛知・名古屋2026アジアパラ競技大会が閉幕。聖火は「火から湯、そして茶へ」と姿を変え、未来への希望を表現した。閉会式の模様と、演出を手がけた栗栖良依さん、森山開次さんの思いを伝える。

愛知・名古屋2026アジアパラ競技大会の閉会式が行われた名古屋市瑞穂公園陸上競技場(パロマ瑞穂スタジアム)。写真・中村 Manto 真人

愛知・名古屋2026アジアパラ競技大会が10月24日、閉幕した。名古屋市瑞穂公園陸上競技場(パロマ瑞穂スタジアム)では閉会式が行われ、大会を彩った選手たちが再び一堂に会し、次の舞台へと思いをつないだ。

拍手で迎えられる日本選手団。過去最多の金メダル獲得で観客を魅了した。写真・中村 Manto 真人

日本は過去最多64個の金メダルを獲得

日本で初めて開催されたアジアパラ競技大会には、大会史上初めて、45すべての国・地域(NPC)が参加。開会式に先立つ16日から競技が始まり、愛知県を中心とする各会場で連日熱戦が繰り広げられた。今大会で日本は中国に次ぐ186個のメダルを獲得。うち金メダルは64個と、前々回ジャカルタ大会の最多記録45個を上回る数を記録した。

「違いを楽しむ」ウズウズダンスで幕開け

閉会式の幕開けを飾ったのは、大会公式マスコット「ウズミン」と出演者による「ウズウズダンス」だ。知的障害のあるメンバーを中心とするダンスチームや、名古屋スクールオブミュージック&ダンス専門学校の学生らが登場。軽快な音楽に合わせてダンスを披露した。「正解も間違いもなく、それぞれの違いを楽しむ」というコンセプトのもと、選手も観客も一緒に体を動かし、会場を盛り上げた。

「ウズウズダンス」で閉会式の幕開けを盛り上げた。写真・秋冨哲生

APC会長「大会の真のレガシーは、これから何をするか」

式典では、アジアパラリンピック委員会(APC)のMajid RASHED会長が選手たちを激励した。Majid RASHED会長は、今大会で世界記録27件、アジア記録81件が樹立されたことや、タジキスタンとカンボジアが初めてメダルを獲得したことを紹介。一方で、メダルを獲得できなかった選手たちにも「皆さんの挑戦を見て、アジアのどこかで夢を追いかける勇気を得た選手がいる。それはメダルでは測れない功績」と敬意を表した。そして、最後は「真のレガシーは、私たちがこれから何をするかによって決まる」と締めくくり、今後のパラスポーツの発展や共生社会の実現を願った。その後、APC旗が降納され、次回開催地となるカタール・ドーハへと引き継がれた。

アジアパラリンピック委員会のMajid RASHED会長。写真・そうとめよしえ

聖火は「火から湯、そして茶へ」

閉会式のクライマックスは、『ひはめぐる』と題した聖火消灯の演出だ。開会式で灯された聖火台は、瀬戸・常滑・三州の技術を結集して制作されたもの。開会式では土をまとっていた聖火台が、閉会式では三州瓦をまとった「陶」の姿へと変化した。聖火台を囲むように出演者が集まり、箏曲家・澤村祐司による演奏や土の楽器が奏でる音色が会場を包んだ。

開会式で土をまとっていた聖火台が、閉会式では「陶」の姿へ。写真・そうとめよしえ

やがて雨と風の音が響き、水色のドレスをまとったダンサー・梶本瑞希が登場。火と水が巡る自然の循環を身体で表現した。降り注ぐ雨の演出の中、聖火はゆっくりと消えていく。しかし、それは終わりを意味するものではなかった。聖火台で沸かされた湯がフィールドへと広がり、やがて茶へと姿を変えていく。大会を通じて生まれた熱や思いが、新たな形となって未来へ受け継がれることを表現した。

写真中央、ダンサーの梶本瑞希。生まれつき耳が聞こえない。3歳の頃、兄の影響でダンスを始める 。写真・秋冨哲生

「違うまま、一緒に。」制作過程でも実践した大会理念

開閉会式の演出コンセプトは「WABI — We Are Beautiful Individuals(違うまま、一緒に。)」。式典終了後、総合プロデューサーの栗栖良依は「文化も言葉も、抱えている背景も違う中で、どうやって一緒にいられるか。それを開閉会式を通じて伝えたかった」と振り返った。聖火台の制作などには、障害の有無を超えて多くの人々が参加。医療的ケアを受けている人や、障害のある兄弟・姉妹を持つ人など、普段は大型イベントに参加する機会が限られる人々も、声の出演などを通じて関わった。

渾身のダンス。式典の出演者だけでなく、多くの人の参加によって作り上げた。写真・そうとめよしえ

栗栖は「それぞれの違いや得意なこと、苦手なことを掛け合わせることで、新しい可能性を作っていける」と語り、その経験が今後の愛知・名古屋を変えていく原動力になることに期待を寄せた。演出統括の森山開次は、出演者に「よく見て、よく聞いて、人を感じること」を伝え続けたという。「感覚が違っても、それぞれの方法で人を見たり、聞いたり、感じたりすることが大切」と話し、異なる感覚を持つ出演者が共に表現する舞台を通じ、森山自身も多くを学んだと振り返った。

写真左より、式典後、取材に応じた総合プロデューサーの栗栖良依、演出統括の森山開次。写真・中村 Manto 真人

聖火は消えても、思いは未来へ

グランドフィナーレでは、出演者たちがフィールドに集結。茶の生産と茶の湯の文化が根づく愛知にちなみ「おーチャ、おーチャ」の掛け声と手拍子で選手たちをねぎらった。式典を終えた栗栖は、アジアのパラアスリートについて「いろいろな困難を抱える中で競技を続け、輝いている姿が、多くの人に勇気や希望を与える」と語った。「メダルの数だけではなく、選手たちの姿をもっと伝えてほしい」。その言葉には、競技の結果だけでは測れないパラスポーツの価値への思いが込められていた。

愛知県内の強豪ダンス部の学生を中心に結成された総 勢61名の「ネッコ隊」も式典を盛り上げた。写真・秋冨哲生

日本初開催のアジアパラは幕を下ろした。しかし、選手たちの挑戦や大会を通じて生まれた交流、そして「違うまま、一緒に。」という理念は、これからも受け継がれていく。

(校正・佐々木延江)

閉会式の全フォトはパラフォトのFacebookページで。

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