ボッチャ, 取材者の視点, 電動車いすサッカー — 2020年1月16日 at 2:48 AM

電動車椅子サッカーからボッチャへ ~ 有田正行パラリンピックへの挑戦

ボッチャで日本代表を目指す

 そんな夫婦の脳裏に浮かんだのがボッチャだった。検索してみると高橋和樹選手の講演&体験会の情報が出てきた。落選から3日後の11日、何もない状態から何かを探すため、2人は始発で兵庫から埼玉へ向かった。心情的にふっきれたわけではなかったが、とにかく行動するしかなかった。
 マッシュルームカットがトレードマークの高橋和樹は、子どもの頃から柔道に打ち込んでいたが高校生の時、試合中に頚椎を損傷、東京パラリンピック開催決定後の2014年からボッチャを始め2年後のリオパラリンピックに出場を果たした。有田はその高橋の道具を借りてボッチャを初体験。高橋から「センスがあるね」と褒められ、「調子に乗って」すぐにボッチャを始めた。電動車椅子サッカーのW杯で飛んでいくはずだったお金を全てボッチャの道具にかけ、「今度はボッチャで日本代表を目指そうと、めっちゃ練習した」。夫婦2人3脚で東京パラリンピックを目指す闘いが始まった。W杯が終われば考えるつもりだった子どものこともお預けにした。身重の体ではアシスタントは務まらない。夫婦で道具にこだわり、ボールにこだわり、戦術にこだわりやってきた。

 BC3クラスは選手がアシスタントにランプの方向、ボールをリリースする位置を指示。アシスタントが速やかにランプを動かしボールを指示された高さにセット、高い位置からリリースする場合は2段3段とランプを継ぎ足し、選手が手に持つか、頭部や口に装着したリリーサーをボールの位置まで介助し持っていく。1エンドあたり6球を6分で投げ終えなくてはならず、アシスタントには迅速な動きが求められる。また意思決定とリリースはあくまで選手が行うものであり、アシスタントはコートに背を向け、戦況を見ることは許されていない。選手と話したり、返事をしたりすることも反則となる。

有田が持つリリーサーをランプに添える千穂

 BC3クラスのボールは、握ると形が変わるような柔らかいものから、ボーリングの球のような固いものまで様々だ。スーパーソフト、ソフト、ミディアム、ハード、スーパーハード、ウルトラハード等々。ランプの同じ高さから転がしても転がる距離は1球ずつ異なる。固いボールは相手のボールを弾き出すことが出来るが、投球の最後に残してしまうと扱いが難しくなる。柔らかいボールは弾かれにくいが、転がす面が変わるだけで距離も変化し扱いはとても難しい。ボールの選択は選手に任されており、各自で購入し好みのボールに仕上げていく。
 千穂は有田の「もうちょっと固く」「柔らかく」等の要望を聞き、ボールをカスタマイズしていった。「もうちょっと残るように」と言われれば皮の状態を変化させ、相手のボールに弾かれにくいものを作ってきた。何度も何度も注文され夜中に一人作業をしていた時には、中身を全てぶちまけたくなる時もあった。そうやって夫婦で丹念に作り上げてきたボールのなかから、さらに選りすぐった赤球6球、青球6球に2人の意思が込められ、実戦の場を転がっていく。ひとつひとつ個性の異なるボールをいつ転がすのか、あるいは相手にいつ使わせるのか? 選手たちは1エンドあたり6投をめぐる戦術を事前に組み立て、相手の出方を見ながら修正していく。

 めきめきと力をつけた有田は日本代表強化指定選手にも選ばれるようになり、ボッチャを始めて2年後の2019年3月には初めて出場した国際大会で初優勝、世界ランキング40位台に名を連ねた。しかし高橋和樹は上をいく13位、もう一人の強化指定選手河本圭亮は17位(ランキングはいずれも12月10日時点)。東京パラリンピックに出場できる男子選手は2名のみで、ランキング上位者と日本選手権の優勝者である。有田が今後の国際大会に出場し2人のランキングを越えることは現実的には考えにくく、有田には日本選手権で優勝するしか東京パラリンピックへの道は残されていなかった。

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