その滑りは、ひとりのアスリートが長期にわたる怪我を乗り越え、再び世界レベルの勝負の舞台にたった瞬間だった。
「夏から冬へ」——盟友・松永仁志が見届けた滑り
会場の一角には、レースを見守る一人の男性がいた。東京2020、そしてパリ2024に向けて、村岡の陸上競技を支えてきた指導者、岡山市の車いす陸上クラブWORLD-AC松永仁志氏である。

アルペンスキーと陸上。季節も舞台も異なる二つの競技を行き来する村岡を、松永は長く見守ってきた。
パリ2024の陸上で挫折を経験したが、雪上で自分らしい滑りを取り戻した村岡の姿を見て、松永は「これが、村岡桃佳だ」と確信した。
「夏から冬へ彼女を返す。それを見届けるのが、僕の仕事でした。(村岡を)冬にお返しできて、嬉しい」と、そう語る松永の表情には、深い安堵がにじんでいた。
「もう一度ヘリに乗ってもいい」
今回の銀メダルまでの道のりは、決して平坦ではなかった。昨シーズン、村岡は鎖骨骨折という大きな怪我を負った。練習時間も十分には確保できず、菅平での国内最終レースも見送った。競技感覚を取り戻せるのかという不安と向き合う日々が続いた。
それでも彼女を前へと突き動かしたのは、シンプルな思いだった。
「金メダルを取りたい」
その強い願いが、彼女を再びスタートゲートへと導いた。
1本目。
直前に滑った選手が転倒する場面を目の当たりにし、村岡は冷静にレースプランを調整、2位につける。
そして2本目。
「もう一度ヘリで運ばれてもいいから、フルアタックする」そう言い切って臨んだ滑りは、金メダルまであとわずか0.5秒届かなかった。それでも、その攻めの姿勢は観る者の心を大きく揺さぶった。
レース後のミックスゾーンに現れ、開口一番「やりきりました!」と村岡は口にした。悔しさはあるが、やりきったという満足感だった。

村岡の強さとは
村岡の強さを支えるのは、単なる身体能力だけではない。日本代表団の大日方邦子団長は、彼女のレース運びについてそう評価する。
雪質、コース状況、レース展開。複雑な要素を瞬時に読み取り、戦略を組み立てるセルフマネジメント能力。それは、世界トップレベルのアスリートとしての「知性」といえる。
また、長年二人三脚で歩んできた石井沙織コーチも、2本目のレースを振り返りながら語る。
怪我の影響が残るなかで、村岡は積極的に攻めた。アウトトリガーを巧みに操りながら、最後まで攻撃的な滑りを貫いたという。
「ミスはありましたが、あの状況であれだけ攻めたこと自体がすごい。ミスがなかったら金メダルだったかもしれない」と話す。
伝説の続きを
怪我の不安を乗り越え、再び世界レベルの競技感覚を取り戻した村岡桃佳。
「自分の出せるベストを尽くしたい」と、残る回転種目、そしてその先の未来への意気込みを語った。
一度は夏に預けられた魂を、再び雪のなかに戻した村岡。勝負はこれからが本番だ。
(校正・そうとめよしえ)






