公開: 2026年3月10日 at 13時50分 — 更新: 2026年3月10日 at 14時11分

【アルペンスキー】「忘れられない景色」の先へ。牙を剥く難コースで村岡桃佳が掴んだ銀と、世界のパラアルペンの現在地

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2026年3月9日、ミラノ・コルティナ2026パラリンピック競技大会、アルペンスキー競技2日目・スーパー大回転(スーパーG)が開催された。舞台となる「オリンピア・デッレ・トファーネ」は、春を思わせる急激な気温上昇に見舞われ、雪は溶けて崩れゆく状態だった。

悪化するコンディションを懸念し、スタート時間が急遽30分前倒しの午前9時に変更されるというサバイバルレースの様相を呈する中、女子座位(シッティング)の村岡桃佳が見事、銀メダルを獲得、今大会の日本勢メダル第1号である。そして、自身の冬季パラリンピック通算10個目のメダルとなり、先輩である、日本選手団の大日方邦子団長の記録と並ぶ過去最多の歴史的快挙を成し遂げた。

スーパーGで銀メダルを獲得した村岡桃佳(左)。1位はAudrey PASCUAL SECO(ESP/中央) 写真・中村 Manto 真人

村岡は「50%」と、新星の躍進

今回の銀メダルは、文字通り満身創痍で掴み取ったものだ。昨年4月の右肘脱臼と11月の左鎖骨骨折に加え、年明けには肩の腱板損傷も発覚した。直前に菅平で行われた国内戦もリスク回避のために欠場し、すべてをこのコルティナの舞台に合わせる苦渋の決断を重ねてきた。さらに、このコースは自身がイタリアでの練習中に大怪我を負った因縁の場所でもあった。

荒れた雪質と、先の見えないブラインドジャンプが連続する難斜面。指導する石井コーチが「本気の50%程度の滑り」と評した通り、村岡は恐怖心を極限までコントロールし、ケガを悪化させない安全なライン取りを徹底した。自身の状態とコースの難度を冷静に天秤にかけ、確実に表彰台を射止めたのは、長年世界のトップを走り続けてきたベテランならではの高度なピーキングと戦略的滑走の賜物だった。

スーパーGのフィニッシュラインを超えた、村岡桃佳。日本にメダル第1号をもたらした。 写真・中村 Manto 真人

ゴール後、無事に滑り切れた「安心感」と、再びパラリンピックのスタート台からの景色を見られた「喜び」を口にした村岡。本音では、力を出し切れなかった「悔しさ」を滲ませた。その視線はすでに次戦以降へと向けられている。

その村岡に6秒以上の大差をつけて金メダルに輝いたのが、スペインの新星 Audrey PASCUAL SECOだ。スポーツ心理学者のサポートを取り入れて恐怖心を排除した彼女は、ジャンプが複雑な難コースでも果敢に攻め込んだ。ミスを恐れず限界に挑む若き力と、状況を掌握し確実に結果を残す村岡。両者の対照的なアプローチが、現在のチェアスキー界の層の厚さを物語っていた。


ドロミテの熱狂を浴びたイタリアペア

この日、会場が最も大きな歓声に包まれたのは女子視覚障害クラスだ。まさにこのアルプス山脈(ドロミテ)をホームとする地元イタリアの Chiara MAZZEL が、ダウンヒル金メダリストVeronika AIGNER(AUS) を抑えて見事金メダルを獲得した。

視覚障害クラスにとっても、斜度が急変するコルティナは難コースである。頼れるのはガイドの声と、研ぎ澄まされた足裏の感覚のみ。最大斜度64%の壁(トファーナ・シュス)へと、ガイドの Nicola Cotti Cottini を100%信じて躊躇なく飛び込んでいく信頼関係が、地元のファンを熱狂の渦に巻き込んだ。地の利と場数、そして完璧なシンクロナイズがもたらした必然の勝利だった。

12年ぶりに響いたロシア国歌

女子スタンディングクラスは、ロシアのVarvara VORONCHIKHINAが優勝し、12年ぶりに国歌が演奏された。 写真・中村 Manto 真人

熱狂の一方で、パラリンピックという舞台が持つもう一つの側面が浮き彫りになる瞬間があった。女子立位(スタンディング)クラスでの表彰式だ。
優勝を飾ったのは Varvara VORONCHIKHINA (ロシア)である。ウクライナ侵攻などによる国としての制裁措置を解かれ、パラリンピックでは、ロシア、ベラルーシの選手が国の代表として参加資格を与えられた。その最初の表彰式で「ロシア国歌」が演奏されたのは、2014年のソチ大会以来、実に12年ぶりのことだった。

過酷な難コースを自らの肉体と技術で攻略したアスリートへの純粋な賞賛である。しかし、その背後には複雑な国際情勢が横たわっている。スポーツ、そしてパラリンピックが内包する意味を、静かに、しかし強烈に突きつけていた。

異次元のトップ争い。戦いは技術系種目へ

男子シッティングクラスで優勝したJeroen KAMPSCHREUR(NED) 写真・中村 Manto 真人

男子座位でも、信じがたい死闘が繰り広げられた。前日のダウンヒルで大クラッシュを喫したオランダの Jeroen KAMPSCHREUR が、恐怖を微塵も感じさせない滑りで、王者 Jesper PEDERSEN(ノルウェー)を打ち破り金メダルを獲得した。かつて世界トップを誇った日本の鈴木猛史は7位、森井大輝は11位でフィニッシュした。両者も緩斜面での減速を防ぐため、アウトリガーの改良や「マスの集中化」を図った新型チェアスキーの開発など、最新技術を投入して持てる経験のすべてをぶつけたが、世界のトップ争いは常軌を逸したスピードで進化を続けている。

7位入賞した、鈴木猛史のスーパーGの滑り 写真・中村 Manto 真人

自然の猛威、世代交代、地元の熱狂、そして複雑な世界情勢。数分の滑走の中に、パラアルペンの「現在地」のすべてが凝縮されたようなスーパーGだった。


大会は明日(3月10日/現地時間)以降、スーパーコンビ(高速系と技術系)を経て、技術系種目へと戦いの舞台を移す。変幻自在な春の雪と牙を剥く斜面を相手に、日本チームがいかに適応し、巻き返しを図るのか。極限のサバイバルレースはまだ終わらない。

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