公開: 2026年10月4日 at 11時24分 — 更新: 2026年10月4日 at 13時13分

ブータンから愛知・名古屋を目指す道のり――ティカ・ラム・ガレー

知り・知らせるポイントを100文字で

事故で右脚を失ったブータンのティカ・ラム・ガレー。移動費などの壁に直面しながらも、家族や学校、指導者の支えを受けて競技へ戻った。国際大会への挑戦を続けるパラアーチャーが、母国と次の世代に寄せる思いを聞いた。

事故のあとに見つけた、アーチェリー

「アーチェリーは私の人生、情熱であり、心を注ぐもの」
ブータンのパラアーチャー、Tika Ram Ghalley(ティカ・ラム・ガレー、以下ガレー)は、SNSのメッセージで競技への思いを伝えてくれた。母国のためにメダルを獲得し、次の世代を勇気づけたい。その願いに至るまでには、競技を始める難しさも、続ける難しさもあった。
ブータン・パラリンピック委員会(BPC)が公開したインタビューによると、事故は2013年12月に起きた。学校の冬休み、ガレーは工場で日給210ニュルタムの臨時の仕事をしていた。夜勤中、石炭破砕機で作業をしていた際に転落し、右足が機械に巻き込まれた。救出後、病院へ運ばれ、右脚を切断した。
事故後は、生きる気力を失うほど苦しんだ。医療スタッフに励まされ、少しずつ気持ちを立て直したという。
今回のSNS取材でガレーは、2018年のアジア大会をテレビで見た経験を教えてくれた。ブータン代表のSonam Dema(ソナム・デマ)の姿を見て、アーチェリーを競技として意識したという。デマは、World Archeryにも選手プロフィールが掲載されているブータンのアーチャーだ。
2021年、ガレーは叔父の支援を通じて、首都ティンプーのチャンリミタンにあるBPCを訪ねた。最初はパラ射撃を試したが、出場資格を満たさなかった。その理由がクラス分けによるものか、競技上の基準によるものかは明らかにされていない。その後、パラアーチェリーを始めた。

弓を構え、的を見据えるティカ・ラム・ガレー (写真・本人提供)

練習を続けるための支援

競技を始めても、練習場へ通う費用が負担になった。BPCのインタビューでガレーは、バスや貸切タクシーによる移動に2,000ニュルタム以上かかったと説明している。日本円では約3,300円に当たる(2026年10月1日の参考レートによる概算)。移動費を払い続けることは難しかった。
ガレーが通っていたリンチェン高等学校(Rinchen High Secondary School)では、練習場までバスで移送する支援を行ってくれた。「学校による支援に感謝している」とガレーは話している。
再び競技へ戻る大きなきっかけとなったのは2023年、ブータンのパラアーチェリーコーチ、Karma Tshering(カルマ・ツェリン)からの一本の電話だった。
ツェリンは競技を続けるよう勧めただけでなく、ガレーの復帰への理解を得るため父親とも話をしたという。母と姉は変わらずに支え続けてくれていたと明かした。
ガレーは2023年12月に競技へ戻った。BPCによると、翌2024年1月1日、パラアーチャーとして正式に登録された。ただし、BPCの記事には登録先の団体名は記されていない。その後、ブータン・アーチェリー連盟から宿舎が提供され、競技に集中できる環境が整った。
本人の努力に加え、家族、学校、指導者、競技団体が、ガレーの競技生活を支えた。

北京からバンコク、アーメダバードへ

国際舞台への最初の一歩は2025年7月だった。北京で開かれた「Beijing 2025 Asian Para Archery Championships(北京2025アジアパラアーチェリー選手権)」に出場した。
男子リカーブオープン予選では573点を記録し、26人中17位。決勝トーナメントでモンゴルのPUREVSED Munkhbaatarと対戦した。セットポイント5-5から1射のシュートオフとなり、ガレーは6点、相手は9点。ガレーの最終順位は17位だった。
2026年は「Hyundai World Archery Para Series」に出場した。バンコク大会の男子パラリカーブ予選では557点で19位。
9月5日から9日のアーメダバード大会(インド)では、男子パラリカーブで最終15位となった。同じブータンのTshewang Lhamo(ツェワン・ラモ)と組んだ混合リカーブは8位だった。
北京、バンコク、アーメダバード。ガレーは国際大会で経験を重ねている。

スコープをのぞき、矢の位置を確認するガレー (写真・本人提供)

日本とブータン――パラスポーツにつながった交流

日本とブータンの交流は、ブータンのパラスポーツの成り立ちにも関係している。
2011年11月、ブータンの国王夫妻が国賓として来日し、東日本大震災の被災地である福島県相馬市を訪ねた。
パラスポーツにつながる出来事は、その5年後にあった。BPCによると、2016年5月、ジゲル・ウゲン・ワンチュク王子が来日した際、東京2020大会組織委員会の関係者がブータンのパラリンピック参加を働きかけた。その後、ブータン・オリンピック委員会(BOC)に、パラリンピック委員会の設立と国際組織への加盟が指示されたという。BPCは2017年9月7日に国際パラリンピック委員会(IPC)への加盟を認められた。
2026年7月3日には、BPCと日本パラリンピック委員会(JPC)が協力覚書を締結した。選手育成やコーチの交流、技術・知識の共有に加え、愛知・名古屋2026に向けたブータンの準備支援も含まれている。
ガレーが日本で開かれるアジアパラを目指す背景には、こうした交流もある。

教育とスポーツ――参加するために必要なこと

障害のある人が教育やスポーツに参加する環境は、ブータンでどこまで整っているのだろうか。
UNICEF Bhutanとブータン教育省による「Evaluation of the Inclusive and Special Education Programme in Bhutan 2010–2020」は、一般の学校教育への公平なアクセスに課題が残ると指摘した。障害のある子どもは教育を受ける機会が少なく、入学しても、障害のない子どもより中途退学しやすいという。政策と教育現場の実践にも隔たりがある。
UNICEF Innocentiが2026年9月に公表した報告では、2024年に一般教育に在籍した障害のある子どもは1,326人。全児童生徒の1%未満だった。教材や支援技術の不足、教員への支援も課題として挙げられている。
ブータンは2010年に障害者権利条約へ署名し2024年3月に批准した。条約が国連で採択された2006年から18年後に当たる。日本の批准は2014年1月だった。
スポーツにも参加を支える仕組みが必要だ。BPCはBOCに加盟・提携する組織として活動している。ただしBPC自身、従来のBOCや国内競技団体の活動は主に障害のない競技者を対象とし、身体障害のある人には十分に届いていなかったと説明する。
一方、同じ大会に参加する例もある。ブータン国営放送BBSは、2026年3月のBhutan Grand Prixで、ガレーが大会唯一のパラアーチャーとして参加し、特別賞を受けたと報じた。
ガレーの競技生活でも、練習したいという気持ちだけでは足りなかった。移動費や宿泊場所が必要だった。学校のバス、家族の理解、コーチの働きかけ、連盟による宿泊場所の提供が、競技を続ける条件を整えた。
障害のある人が、どのように競技を始め、続けられるのか。ガレーの歩みは、アジアパラを結果だけでなく、選手が大会へたどり着くまでの過程から見る手がかりになる。

岡崎の射場へ、次の世代への思い

愛知・名古屋2026のパラアーチェリーは、岡崎中央総合公園多目的広場で行われる。日本代表には、上山友裕、大江佑弥、大塚忠胤、大山晃司、篠原彩、三木春乃、渡邊大輔の7選手が選ばれている。
男子リカーブはアジアの強豪が競う種目だ。2025年北京アジア選手権では、インドのHarvinder Singh(ハルビンダー・シン)が優勝。タイのHanreuchai Netsiriが2位、中国のZhao Lixueが3位だった。
開幕まで20日を切った愛知・名古屋2026アジアパラ競技大会に、ガレーがブータン代表として出場できるかは、まだ確認できていない。9月のSNS取材では、出場はまだ決まっていないと答えた。
ガレーが見つめているのは自分一人の成績だけではない。SNSのやり取りで彼はアーチェリーへの思いを次のように伝えてくれた。
「アーチェリーは私の人生、情熱であり、心を注ぐもの。いつか母国のためにメダルを獲得することが目標です。自分のためだけではなく、ブータンの次の世代を勇気づけたい」
将来について、「より多くのパラアスリートが前へ踏み出し、将来、大きな大会に参加する姿を見たい」と、ブータンのパラスポーツの発展を夢みていた。

ブータン代表のユニフォームを身につけたガレー (写真・本人提供)

競技を始める方法を探した一人の若者が、いま、自分の後に続く人たちを見つめている。
ブータンから北京へ。バンコクへ。アーメダバードへ。
そして、その先にある岡崎の射場へ。
ティカ・ラム・ガレーのアジアパラへの道は続いている。

<参考>
アジアパラ・アーチェリー
https://www.asianparagames-2026.org/sport/para-archery/

(校正・佐々木延江)

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