関連カテゴリ: デフスポーツ, 取材者の視点, 競技の前後左右, 陸上 — 公開: 2018年5月25日 at 12:45 AM — 更新: 2018年7月3日 at 2:08 AM

音を光に。『スタートランプ』の普及はデフ・アスリートの転戦を支える!

知り・知らせるポイントを100文字で

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健聴の猛者に混じって己を磨く

5月19日、埼玉・熊谷スポーツ文化公園陸上競技場。東日本実業団陸上競技選手権、男子400メートル予選。

上下ブラックのユニフォームで走る、身長186cmの岡部祐介(ライフネット生命)は、6名の出走者の中でもひときわ大きなストライドで走った。51秒27。強豪選手に囲まれ、かつ、組1着+その他全組上位3名という狭き門を前に決勝進出は逃したが、「目標タイム(50秒50/自己記録は50秒43)には及びませんでしたが、まずますのタイムです。去年のデフリンピックが終わってから、冬季練習をミッチリしたので、その効果が出てきたようです」と、岡部はレース後に話した。

しかし、「後半の切り替えが上手くいかなくてちょっと残念」と反省も漏れなく付いてくる。

岡部祐介選手<撮影:吉田直人>

岡部祐介 (写真・筆者撮影)
岡部祐介 (写真・筆者撮影)

『デフリンピック』。聴覚障がいを持つアスリートによるスポーツの祭典である。

岡部は、陸上競技の日本代表として戦ってきた。昨年、トルコ・サムスンで開催された第23回夏季デフリンピックでは、4×400メートルリレーのメンバーとして5位入賞を果たしている。

岡部の“聞こえ”の程度は120db(デシベル)程度。「飛行機の音がやっと聞こえるかなというぐらい。補聴器を外すと凄い静かな世界です」

岡部祐介 (写真・筆者撮影)
岡部祐介 (写真・筆者撮影)

デフ陸上競技のアスリートにとっては、来年(2019年)開催されるアジア選手権、2020年の世界選手権、そして2021年のデフリンピックと、大舞台が続く。

目下、岡部はアジア選手権の出場権を獲得し、好結果を残すべく、調整を続けているところだ。

岡部祐介 (写真・筆者撮影)
岡部祐介 (写真・筆者撮影)

企業(ライフネット生命)に所属して陸上競技に取り組む岡部は、この日のように健聴の実業団選手に混じって競技会にも出場する。しかし、これまでは一つ難点があった。“スタート”である。

スタートランプとは?

デフリンピックなど聴覚障害を持つアスリートのみが出場する陸上競技会では、選手にはスタート時の出発音が聞こえない(聞こえづらい)ため、『スタートランプ』と呼ばれる発光してスタートを知らせる装置が用いられる。

他方で、自身の走力研鑽の為、同等か、それ以上の実力を持つ健聴者の競技会に積極的に出場するデフ陸上競技選手も少なくない。しかしながら、そういった大会では、必ずしもスタートランプが配備されているとも限らない為、周囲の状況や、スターターを一瞥してから出発することになり、どうしてもスタートを切るタイミングが遅れてしまうという。

「スタートランプを使用しての一般の競技会はまだ少ないですね」と岡部も言う。 そんな中で、上述した『東日本実業団陸上競技選手権』では、昨年度の大会から、日本陸上競技連盟公認の大会として、初めてスタートランプを導入。今年で2回目となる。

スタートランプ (選手提供写真)
スタートランプ (選手提供写真)
スターティングブロッックに設置されたスタートランプ (選手提供写真)
スターティングブロッックに設置されたスタートランプ (選手提供写真)

この日設置されたスタートランプは、「On your mark(位置について)」で赤、「Set(ヨーイ)」で黄、「Go(スタート)」で白にランプが点灯する。短距離選手が用いる『クラウチングスタート』の際には、選手の目線は真下からやや前方に移動してスタートを切る為、目線に合わせた場所にランプを設置するという具合だ。設置をサポートする為、『日本聴覚障がい者陸上競技連盟』から、3名のスタッフがサポートの為に派遣されていた。

岡部は言う。

「将来的には国際大会も見据えて、(健常者の大会でも)スタートランプを使える機会が増えてくるのではないかなと思います」

「今後、より設置機会が多くなると思います」

「去年からスタートランプが(日本陸連の)公認大会で認められるようになって、今回が2回目。(デフ陸上競技の)強化指定選手が全国各地で出場する競技会に合わせて、今後、より設置機会が多くなると思います」

と話すのは、日本聴覚障害者陸上競技連盟の山岸亮良さん。自身は聴者だが、ろう者の女性スタッフ2人と共に、今大会に出向いていた。

その一人、門脇翠さんは、自身も陸上競技選手として『ろう者陸上競技世界選手権』への出場経験も持つ。門脇さんはこう話す。

「聞こえない選手がスタートランプを使っていることをもっとアピールした方が良いと思います。審判の方々に興味を持って貰うのは勿論、一般のアスリートたちにも知って頂いた方が普及が促進されるかなと思っていますので、こういった競技会の場を利用してブースを設けたりとか、体験会を開いたりしても良いのかな、と思っています」

右から競技役員の正垣亜矢子さん、岡部選手、門脇さん、山岸さん<撮影:吉田直人>
右から競技役員の正垣亜矢子さん、岡部選手、門脇さん、山岸さん(写真:筆者撮影)

5月26日、27日には、東京都品川区で『日本聴覚障害者陸上競技選手権大会』が開催されるが、平行して神奈川県相模原市では陸上競技の大学対抗戦である『関東学生陸上競技対抗選手権大会(関東インカレ)』が開催される。同大会の200メートルには、昨年のデフリンピック200メートルで金メダルを獲得した山田真樹(東京経済大)が出場を予定している。

「(山田選手から)『スタートランプを使いたい』という要望があったので、関東インカレでも協会のスタッフが出向いて設置をする予定なんです」と、門脇さんは話してくれた。

スタートランプ無しの出発に慣れている選手もおり、全ての選手が必要としている訳ではないという。しかし、コンマ1秒を競う陸上競技において、自身のトレーニングの成果を試す上では、納得の行くスタートを決めたいところだろう。“音”が“光”に変わるだけで、デフ陸上競技アスリートは、思い切りスタートを切ることができるのだ。

(校正/佐々木延江)

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