ハインリッヒ・ポポフが描くパラスポーツの理想像――日本での“最後の三つ巴”を終え、地元での引退試合へ

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最後の“三つ巴”

7月7日、8日に行われた『ジャパンパラ陸上競技大会』(於:正田醤油スタジアム群馬)、男子走り幅跳び。今年、現役生活を引退するハインリッヒ・ポポフ(ドイツ/T63クラス/切断・機能障がい/大腿義足使用)は、最後から2番目の試合会場に日本を選んだ。

12年のロンドンパラリンピックでは100メートルで金メダル、16年リオパラリンピックでは走り幅跳びで金メダルを獲得。山本篤(新日本住設/リオ・銀メダル)のライバルでもあり、10年以上前から両者は常にしのぎを削ってきた。

この日、タレントが揃った。ポポフに加えて、ダニエル・ワーグナー・ヨルゲンセン(デンマーク/リオ・銅メダル)も来日。 山本と合わせ、リオでメダルを分け合ったアスリートによる“最後の三つ巴”である。大会直前に山本が左肩を脱臼し、出場が危ぶまれたが、「当日朝の判断」(山本)で出場に踏み切った。

「ポポフと勝負をするのはこの試合が最後。練習で9割ぐらいのスピードで走って、軽くジャンプをして、何とかいけそうかなと感じた。記録にこだわらず、出ることが大切だった」(山本)

山本篤の跳躍 写真・水口之孝

山本篤の跳躍 写真・水口之孝

試技では、ヨルゲンセンが1回目に6メートル38をマークすると、山本が2度のファウルの後、6メートル41の好記録をマークして逆転に成功する。ヨルゲンセンも5回目に1センチ差まで詰め寄るが及ばず。山本が逃げ切るかと思われたが、ヨルゲンセンの最終跳躍は山本に並ぶ6メートル41。結果的に、“セカンド記録”で上回るヨルゲンセンの優勝が決まった。ポポフは4回目の6メートル21がベスト記録。優勝争いには20センチ及ばず、“ラスト2戦”の1試合目を終えた。

ダニエル・ワーグナー・ヨルゲンセン 写真・水口之孝

ダニエル・ワーグナー・ヨルゲンセン 写真・水口之孝

ハインリッヒ・ポポフ 写真・水口之孝

ハインリッヒ・ポポフ 写真・水口之孝

全ての試技を終えると、ポポフは出場選手と抱擁や握手を交わし、最後は山本を担いで肩ぐるま。会場からも拍手が注がれた。

「仲間たちと競い合えて嬉しかった」とヨルゲンセンが言えば、ポポフは、「怪我が治ったばかりで、万全の調子ではなかったけれど、今日は楽しく試合ができた。アツシは肩を怪我しているにも関わらず、僕との最後の試合ということで、ドクターやトレーナーのサポートで一緒に跳んでくれた。言葉では表せないよ」と、清々しい表情を見せながら「彼(山本)が引退する時には、必ず僕も日本に来て、“1本だけ”跳ぶよ(笑)」と冗談まじりに話した。

山本も「楽しく、皆が盛り上がる試合になればと思っていました。最後、ダニエルに逆転されて少し悔しかったですけど、これが幅跳びの楽しい所。結果的に負けたのは悔しいですけど、どちらかといえば今回、僕はポポフのために出場したので、彼と戦えて良かった」と笑顔を見せた。

競技終了直後のポポフ、ヨルゲンセン、山本 写真・水口之孝

競技終了直後のポポフ、ヨルゲンセン、山本 写真・水口之孝

他人思いの金メダリスト

去る2017年7月に、ロンドンで開催された『世界パラ陸上競技選手権』。“最後から3番目”の三つ巴になるはずだったこの大会。ポポフは故障のため、不出場。スタンドから競技を見届けた。

ポポフのいない世界選手権。走り幅跳びのフィールドでは山本とヨルゲンセン、そしてポポフの後に続くドイツの若手ロングジャンパー、レオン・シェファー(リオ・4位)の争いが展開された。

2017年7月の世界選手権(ロンドン)で行われた走り幅び跳T42(現T63)の表彰式。1位ダニエル・ワーグナー・ヨルゲンセン、2位山本篤、3位レオン・シェファー 筆者撮影

2017年7月の世界選手権(ロンドン)で行われた走り幅び跳T42(現T63)の表彰式。1位ダニエル・ワーグナー・ヨルゲンセン、2位山本篤、3位レオン・シェファー 筆者撮影

ヨルゲンセン、山本、シェファーの順で決着した競技終了後、ポポフは、山本と言葉を交わした。山本を労いつつも、ポポフ曰く、「何で脚を前に出す姿勢を維持できなかったんだ。もう少し着地を変えないと」と、ジャンプのフォームに関するアドバイスを送っていたという。

昨年の世界選手権で、山本篤の健闘をスタンドからたたえるポポフ(左) 筆者撮影

昨年の世界選手権で、山本篤の健闘をスタンドからたたえるポポフ(左) 筆者撮影

ポポフは、トップ・パラアスリートであり、優秀なコーチでもある。ドイツに拠点を置く福祉機器メーカーのアンバサダーを務める彼は、義足ユーザーにスポーツの楽しさ、大切さを伝えるべく、世界中でランニング・クリニックを実施している。日本でも2015年から、扱い方がより難しいとも言われる大腿義足ユーザーを中心に、クリニックを毎年秋に開催している。共に講師を務めるのは山本、昨年はシェファーも加わった。「スポーツのコーチは常にクリエイティブでないといけないが、パラスポーツにおけるコーチングには、よりその要素が重要だ」とポポフは言う。独自に考えたという、例えを用いた言葉遣いで、義足の使い方を巧みにコーチング。T63クラスにおける日本のトップ選手である、前川楓(チームKAITEKI/ロンドン世界パラ陸上女子走り幅跳び銀メダル)や兎澤朋美(日体大)も“ポポフ塾”の卒業生だ。

昨年秋開催のランニング・クリニックにて。後列左端から山本、ポポフ、右から3人めがシェファ―。前列左から2人目が前川、4人目が兎澤 筆者撮影

昨年秋開催のランニング・クリニックにて。後列左端から山本、ポポフ、右から3人めがシェファ―。前列左から2人目が前川、4人目が兎澤 筆者撮影

ベルリンでの引退とその後

共通する風景がある。

昨年のロンドン、そして今回のジャパンパラと、ポポフが他の選手にアドバイスを送る光景だ。前者ではスタンドから、後者では同じフィールド内で。今大会においてポポフ、ヨルゲンセン、山本とともに競技を行った小須田潤太(オープンハウス)も、ポポフのクリニックに参加した一人だ。競技中にポポフからアドバイスを受け、4回目に5メートル66の自己ベストをマークした。

「小須田選手は凄く魅力的で、素質がある」とポポフは目を細める。続いて、クリニックでコーチングを行った前川や兎澤が出場する走り幅跳びの試技が始まると、すかさず競技が行われるピット前の最前列に座り、“後輩”の競技に目を凝らす。

「他の選手をサポートするのは、彼らのパフォーマンスが向上し、パラスポーツがより素晴らしいものになると考えているから。そうしたことが、自分さえ良ければ、という考え方をなくし、競技者同士のコミュニケーションを充実させていく。誰が最高なのか、ということにはあまり興味を持たないんだ。自己中心的になってはいけない。大切なことは、競技者・競技関係者・観客といった人々がパラリンピックの雰囲気を作り出していくことなんだ」

昨年のロンドンの会場での、ポポフの言葉である。

“引退試合”は8月のパラ陸上ヨーロッパ選手権。開催地は地元ドイツのベルリンである。

ポポフは言う。

「きちんと準備をしていくつもりだよ。ダニエルたちと競り合いながら、良い結果が残せたら良いね。北京パラリンピックに始まり、ロンドン、リオと色々な大会に出場して、やることはやった。引退後は、若い世代の育成をサポートしていきたいと思っているよ」

国際的に展開するランニング・クリニックは、今後も継続、拡大していくつもりだ。ポポフやシェファーを始め、ドイツのパラアスリートが所属するクラブチーム『Parasport TSV Bayer 04 Leverkusen』を基点に、ドイツと日本のタイアップという形でのアプローチも模索しているという。

アスリートとしては退いても、素晴らしい実績を残した元パラリンピアンとして、ポポフは、自分自身に課した役割を果たしていく。

ポポフのコーチングを受けた世界中のパラアスリートたちが、競技の実績に関わらず、スポーツの素晴らしさを発信し、共有する。そんなサイクルが回り始める日も近いのかもしれない。

ハインリッヒ・ポポフ 筆者撮影

ハインリッヒ・ポポフ 筆者撮影