11月9日~10日、滋賀県草津市のイオンフロニア草津アクアティクスセンターで「第41回日本パラ水泳選手権大会」が開催された。国内最大級のこの大会には、パリパラリンピックで活躍した22名を含む398人のパラスイマーが集結。地元出身でパリ2冠の木村敬一(東京ガス)を中心に、選手たちはパラ水泳の普及に向け連携した思いを表明した。
若手勢、パリ後も記録更新の勢い
南井瑛翔
パリ後の一時休養の雰囲気のなか、練習を継続した選手たちが好記録を連発。特に注目を集めたのが地元出身の南井瑛翔(近畿大学)だ。男子50mバタフライS10(27.02)と50m背泳ぎ(31.11)でアジア記録、50m平泳ぎSB9で日本記録(34.44)を更新した。来春社会人となる南井は、来年4月の日本初開催WPS(ワールドパラスイミング)ワールドシリーズ(静岡)に向け、1月から東京に拠点を移して活動する予定だ。
「200m、400mの個人メドレーで世界と戦うことが目標です。就職先でも応援される選手になりたい」と、新環境での抱負を語った。
川渕大耀
初めてのパラリンピックを経験したパリ代表最年少の川渕大耀(宮前ドルフィン)も、男子200m自由形S9で自己ベスト・アジア記録(2:04.32)を更新。「パリでの悔しさを晴らしたい」と、ほぼ休みなく練習を続けてきた。パリではメイン種目の400m自由形S9決勝で世界トップとの差を痛感。「S9クラスの軽度障害では自分が日本をリードしたい」と意気込む川渕は、NECグリーン溝口に拠点を変え練習をスタートした。
新たな決意と挑戦に向けて
石浦智美
パリでメダルが期待されていた全盲の石浦智美(伊藤忠丸紅鉄鋼)は、パリに向かうさなか心身を煩いメインの女子50m自由形で10位と決勝進出できなかったが、100mS11ではなんとか決勝へ進み8位と不調ながらも2度目のパラリンピックを泳いだ。今大会では100m自由形S11で大会新記録(1:09.29)を樹立した。パリで泳ぎ抜いた思いについて尋ねると「周囲の支えもあり、(傷をうけたが)最後まで自分を信じて泳いだ」と語った。少しずつ止まっていた時間を4月の国際大会に向けて動かし、新たなトレーニング方式の導入も検討している。
辻内綾野
パリ直前のクラス変更で複雑な思いを抱えた辻内彩野(三菱商事)は、50m背泳ぎS12でアジア新記録(35.13)を更新。パリでは日本記録を更新したものの新たなクラスでの存在感を発揮できなかった。「このままでは終われない」と、ロサンゼルスパラリンピックへの決意を新たにした。
デフリンピック100年の歴史が東京へ
来年の注目は、100年の歴史を持つデフリンピックの東京開催だ。前回2022年ブラジル(カシアス・ド・スル)で日本選手団主将を務め、金4個、銀3個を獲得した茨隆太郎は、「日本開催は応援してくださった方々への恩返しの大事な機会になる」と手話を通じて語った。
200m、400m個人メドレーでの世界記録更新と金メダル獲得を目指す茨。さらに、最終的には「健聴者の大会でも日本選手権やジャパンオープンに出場したい」と競技者としての将来への意欲を語る。3歳から水泳を始め、小学3年で聴覚障害を自覚して以来コミュニケーションの工夫を重ね、それを強みに変えてきた。
茨は「日本らしいデフリンピックにしたい」と語る。21競技に約3000人のデフ・アスリートが参加する東京2025デフリンピック。それは単なる競技大会ではなく東京からのバトンを受け継ぐ共生社会への重要な一歩となるはずだ。
広がる選手主導の普及活動
今大会の最も特筆すべき点は、選手たち自身による積極的な普及活動だ。パラ水泳アスリート委員長の久保大樹(クボタロジスティクス)は会場内にスタジオを設置し、「アスリートトークショー」を開催。久保は11月3日にも2年目となる水泳イベント「GEKIJOU」を大阪で主催し、約240人の参加者とパラリンピアンとの交流を実現させた。
「東京パラリンピックのレガシーを活かし、これからは地道な活動が重要」と語る久保。24歳で受障後、2018年アジアパラ競技大会(ジャカルタ)からパラ水泳に合流した元健常者スイマーだ。音声メディア「くぼいす」を通じて選手間の連携を強め、情報発信を続けている。
普及活動への熱意は、特にベテラン選手たちの間で共有されている。11月24日には横浜国際プールで「鈴木孝幸杯インクルーシブ短水路水泳競技大会」が控え、本大会でも木村敬一が地元滋賀のオリンピアン大橋悠依を招き、南井瑛翔らとともにトークライブを開催した。
障害の有無を超えた共生社会の実現に向け当事者の経験を活かしたパラリンピアンの取り組みが展開されている。コロナ禍で無観客となった東京パラリンピックは、新たな可能性の種を残した。それは今回の草津でも確実に芽を出していた。
未来への布石
パラ水泳の嬉しいニュースとして、来年4月に、日本初となるWPSワールドシリーズが静岡で開催されることになった。また来年はシンガポールでのWPS世界選手権も控えている。多くの選手がこれらの大会、そしてアジアパラ競技大会2026(愛知・名古屋)を2028年のロサンゼルスパラリンピックへの重要なステップと位置づけている。
草津での日本選手権は、パリでの経験を活かしながら、次の目標に向かって歩み出す選手たちによりパラスポーツによる未来社会を築く重要な一歩となった。
<参考>
・WPSワールドシリーズ(IPCニュース)
・東京デフリンピック
・第5回アジアパラ2026愛知・名古屋
・ロサンゼルス2028
(校正・中村和彦)