千葉県国際総合水泳場にて「第9回日本知的障害者選手権新春水泳競技大会」が開催され、知的障害のほか、ダウン症、身体、聴覚に障害のある378人が905種目にエントリー。木下あいら(大阪府・知的障害)が、約1年4か月にわたる闘病生活を経てレースに復帰した。

涙の復帰戦「水泳が好き」
木下は、東京2020(2021年)後のパラ水泳界に文字通り彗星の如く現れ、瞬く間に世界選手権、パラリンピックと短期間に急成長した高校生アスリートである。パリパラリンピックからわずか2ヶ月後の2024年11月、病気が発症、その後指定難病である「再生不良性貧血」の診断を受け、競技活動を一時休止した。
治療により病状に改善がみられ、昨年8月頃から練習を再開した。今大会で再びパラリンピックへのスタート台に立った。
この日、女子50m自由形S14。木下はブランクを感じさせない力強い泳ぎを見せ、大会新記録(28.43)で優勝、復帰を果たした。また、出場した4種目すべてで1位で泳ぎ切り、うち2種目(50m自由形、100m背泳ぎ)で大会新記録を更新するパフォーマンスを見せた。
50mのレース後、木下は「泳ぎ終わって、泳いだんだな、とやっと思えた。今日ここまで来れたのが一番嬉しい」と涙をにじませた。

エースの帰還がもたらした「波及効果」
木下の復帰は、常に人数の少ない女子知的障害クラスに活力を湧かせたようだ。 木下と同じ全4レースを泳いだ芹澤は、再会の喜びに加え、自身の200m個人メドレーで自己ベストを3秒も更新した。「(あいらと一緒に)泳いだぜんぶが楽しかった」と芹澤は話していた。
また、中学生の佐藤璃來も躍動した。女子50m自由形(28.81)と100m背泳ぎ(1:14.04)で木下に続く2位、両種目で大会新記録を樹立した。「いつか木下選手を抜くことが目標」と語る。エースの存在がいかに若手のレベルを引き上げるかを物語っていた。

知的パラ水泳日本代表の谷口裕美子ヘッドコーチは、「若手が絶え間なく育つこと、トップ選手と若手が同じ環境で切磋琢磨する連続性が大事です」と、昨夏Virtus世界選手権で得た手応えを、2028年ロサンゼルス大会を見据えた強化方針の鍵として改めて示していた。
存在感を示すトップスイマーとアジアユース

この日、木下以外のアスリートたちも、新体制や新記録への挑戦を見せた。 昨年12月に行われたアジアユースパラゲームズ(ドバイ)で水泳キャプテンを務めた高校生の川渕大耀(NECグリーン溝の口)は、男子100m背泳ぎS9で日本新記録(1:07.27)を樹立。 齋藤正樹も男子50m背泳ぎS14で日本新記録(28.03)を叩き出した。

世界記録保持者の山口尚秀(四国ガス)は、男子100m平泳ぎS14で大会新記録(1:03.24)をマークし、王者の貫禄を見せつけた。

坪井弘恭(宮前ドルフィン)が存在感を放っていた。小児がんにより右腕を根元から切断している坪井は、水の抵抗の少ない身体特性と力強いキックを武器に100m自由形S8と100mバタフライS8に出場した。「自分が入院していた病院で出会ったような人たちを励ますことのできる選手になりたい」と語る坪井。憧れの選手として「鈴木孝幸」の名を挙げ、さらなる高みを見据えている。

富田宇宙のチームがスタート
トップパラリンピアン、全盲の富田宇宙(EY Japan)は、新たなコーチやタッパーを迎えた新体制で200m個人メドレーに出場(2:35.77)。アジアパラ、その先に向けてチームビルディングの課題を確認した。

春を待つ「庭園」
木下あいらの今年の目標は「泳ぎ続けられること」。全快したわけではない自身の身体の状態を受け入れ、必要な休息を取りながら、木下は再びプールでの時間を積み重ねていく。
2026年の新春、千葉のプールは、木下の復帰という喜びの光とともに、ロサンゼルスへと続く確かな熱気に包まれていた。アスリートや指導者たちがともに耕す「庭園」であった。

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(写真取材・秋冨哲生、校正・田中綾子)






