公開: 2026年3月8日 at 13時23分 — 更新: 2026年3月8日 at 23時39分

「指導者ではなく、アスリートの名を」ミラノ・コルティナ2026パラリンピック開幕——分断の世界が前に進むための道

知り・知らせるポイントを100文字で

ミラノ・コルティナ2026パラリンピック冬季競技大会が開幕。「あなたらしさ」をテーマに多様性と包摂を訴える開会式が展開される一方、戦争による分断が影を落とし、パーソンズIPC会長は「アスリートの名で国を知らせたい」と平和を訴えた。

2026年3月6日、ミラノ・コルティナ2026パラリンピック冬季大会が開幕した。
世界各地で激化する紛争のなか、スポーツの前提となる「平和」はかつてなく揺らいでいる。
式典は、イタリア人の国歌に、アイデンティティを込めたメッセージから始まった。
IPC(国際パラリンピック委員会)のアンドリュー・パーソンズ会長の言葉、そして分断された社会に連帯を呼びかける開会式のパフォーマンスを紐解いていく。

平和を願う聖火が、電子的なぬくもりへと変わり再び灯された。アレーナ全体が聖火台へと変貌した 写真・中村 Manto 真人

「普通」の基準を打ち破る、新たなイタリアへの変革

開会式は、私たちが無意識に抱く「普通」や「美しさ」の定義を根底から問い直す場面から幕を開けた。

開会式の舞台となったのは、約2000年の歴史を持つ古代闘技場「アレーナ・ディ・ヴェローナ(イタリア語: Arena di Verona)」。イタリアンカラーに輝くセレモニーの始まり。 写真・中村 Manto 真人

「あなたらしさ」の解放

イタリア国旗掲揚のシーンでは、顔のあざを隠さずにモデルとして活躍するCarlotta Bertotti氏と、髄膜炎による傷跡を抱えるパラリンピアンのVeronica Yoko Plebani(トライアスロン)が登場。旗を運ぶ彼女たちの堂々たる姿は、「美しさとは社会的な規範によって決められるものではなく、自分自身のユニークさ(独自性)を受け入れることだ」という、大会のテーマ「IT’s your vibe(あなたらしさ)」を体現する強いメッセージとなった。

現代と伝統が対話するアンセム

冒頭のイタリア国歌は、若手Mimiのヴォーカルをはじめ、異なる音楽的背景を持つアーティストたちが共演した 写真・中村 Manto 真人

続く国歌斉唱では、若き才能MimìのR&Bやポップスを取り入れたボーカル、Ginevra Nerviのエレクトロニック音楽、そして伝統的なアルペン合唱団(Gruppo Vocale Novecento)の重厚な歌声が見事に融合した。これは多様性を包摂し、過去の固定化されたイメージとの決別と「新しいイタリアの姿」を力強く提示する、新時代の国歌の解釈であった。

失われゆく平和と、Parsons会長の痛切なメッセージ

ラリンピック旗を運ぶ6名の旗手たち。長野1998大会2冠のアンジェロ・ザノッティや、パラリンピック8度出場のドロテア・アジェトルなど、イタリアの冬季スポーツ史を彩ってきたレジェンドたちが大役を務めた 写真・中村 Manto 真人

開会式の裏にある「分断の現実」
ロシアによるウクライナ侵攻が続く中、ロシア選手の参加に抗議する形で、ウクライナやポーランド、フィンランドなど7カ国の代表が政治的な理由により開会式のアスリートパレードへの参加を見送る事態が起きた。さらに中東紛争の激化により、イランの代表選手が安全上の理由でイタリアへの渡航を断念せざるを得なくなるなど、戦争がダイレクトに大会の「平和」とアスリートの機会を奪っている厳しい現状がある。

指導者ではなく、アスリートの名で

ロンドンで採火された聖火が、最終ランナーBebe、Beatrice Vio (車椅子フェンシング)へと渡る 写真・中村 Manto 真人

このような重い背景のなか、IPCのAndrew Parsons会長のスピーチが夜空の闘技場に響き渡った。
「4年前、私は世界で起きている出来事に衝撃を受けていると話しました。しかし残念ながら、その状況は改善していません」と、強い危機感を示し、さらに力強くこう訴えかけた。

IPCアンドリュー・パーソンズ会長とセルジョ・マッタレッラ大統領による、開幕へのメッセージ 写真・中村 Manto 真人

「世界には指導者の名前でよく知られている国もありますが、私はその国のアスリートの名前でその国を知らせることを望んでいます。スポーツは世界が前に進むための、もうひとつの道を示してくれます」
この言葉は、分断された世界に向けた、切実かつ力強い平和への祈りそのものであった。

インクルーシブ社会の先進国イタリアが放つ「壁を壊す」メッセージ

ローマ大会から続くレガシー
イタリアは、パラリンピックの父・グッドマン博士(Dr.Ludwig Guttmann)と共に、第1回パラリンピック(1960年ローマ大会)を主導したイタリア人医師アントニオ・マリオ(Dr.Antonio Marìo)を輩出。その後、精神病院を廃止し(1978年バザーリア法)、障害の有無により分けない「インクルーシブ社会」の構築をめざす先駆者として半世紀の歴史を持つ。大会組織委員会のジョヴァンニ・マラゴ会長(Giovanni Malagò)もこの点に触れ、パラリンピックが社会を真にインクルーシブに変革する絶好の機会であることを強調した。

障害は「環境」にある

障害を不自由なものではなく当たり前で、自由なものに。誰もが豊かに生きることを認められる社会をイタリアから人類は呼びかけた。 写真・中村 Manto 真人

第5幕のパフォーマンス「Spaces」では、最初は障害者にとってアクセス不可能に見える巨大な壁(ブロック)が登場した。しかし、音楽とパフォーマーたちの躍動によって、それは誰もが楽しめるインクルーシブな空間へとダイナミックに変容していく。これは「障害は個人ではなく、環境の壁にある」という事実を示し、壁を取り除くことで「動きの中の生命(LIFE IN MOTION)」が輝くことを視覚的に証明してみせた。

対立を抱擁へと変える「ロミオとジュリエット」
第7幕「Loves」では、ヴェローナを象徴する愛の物語をベースに、Leonardo da Vinciの機械を思わせる舞台装置の上で息を呑むアクロバットが展開された。

ヴェローナを舞台にしたシェークスピア戯曲『ロミオとジュリエット』が息を呑むアクロバットで演じられた。あらゆる障壁を越えて人々を結びつける「愛」の力が描き出された 写真 中村 Manto 真人

対立する派閥のパフォーマーたちが宙を舞いながら次々と結ばれていく姿は、単なる愛の物語に留まらない。戦争や分断が激化する現代において、「違いを受け入れることで対立を解消し、連帯へと変える」という、平和への切実なメッセージとして昇華されていた。

アスリートたちが創る「LIFE IN MOTION」と社会の変革

フィナーレでは、車椅子ユーザーとして初めて宇宙空間への飛行を果たした宇宙エンジニア、ミカエラ・ベントハウス氏(Michaela Venthaus)がステージに登場、世界に向けて力強いスピーチを行った。

車いすユーザーとして初の宇宙飛行士となったミカエラ・ベントハウス氏が登場 写真・中村 Manto 真人

「私たちは皆、障害によってではなく、自分たちの功績や可能性によって見られたいと願っている」
戦争や分断という暗い影が世界を覆う中での開幕となった。しかし、だからこそ社会のバリアを取り除き、一人ひとりが「あなたらしさ」を誇れるインクルーシブな未来を指し示すパラリンピックの意義は極めて大きい。

入場パレードに日本選手団は、パラアイスホッケーから選手2名(中村俊介、福西朱莉)スタッフ2名の4名が出席した。75人の選手、42人のパートナー・スタッフが事前収録で参加した。 写真・中村 Manto 真人
観客席には、日本からの応援もみられた。 写真・中村 Manto 真人
2万5000人の観客を収容するアレーナ・ディ・ヴェローナで夜の開会式には多くの親子連れが訪れ式典を楽しんだ。 写真・中村 Manto 真人

世界最高峰のアスリートたちの躍動(LIFE IN MOTION)が、私たち自身の意識と社会をどう変えていくのか。分断の夜を越え、光の刃で切り拓かれた新しい舞台での熱戦に、世界中の期待が高まっている。

(校正・そうとめよしえ)

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