この日の練習は障害の区分ごとに分けず、5つのグループに身体と知的の選手が一緒に入る形で行われた。チームは14日に名古屋へ移動する。

拠点となる中部国際空港(セントレア)近くのホテルから会場の名古屋市総合体育館(レインボープール)までは、バスで片道約1時間かかる。予選と決勝で1日2往復になる。水泳日本代表の上垣匠総監督によると、チームはジャパンパラや横浜インクルーシブ水泳競技大会などで、同じくらいの移動とウォーミングアップの時間合わせを試してきた。予選後は一度ホテルに戻って休む。
荻原虎太郎――環境を変えた1年、キャプテンとして

背泳ぎを専門とする荻原は、この1年で練習拠点と生活の環境を移した。安心できる環境を離れたことを、会社やコーチを巻き込んだ「大ばくち」だったと振り返る。「結果を出さなければいけないプレッシャーはありましたが、やれるトレーニングや選択肢が増え、今となっては本当に良い判断だったと感じています」

技術面では、バサロキックの直後にバタ足を入れる泳ぎを身につけた。足先が跳ね上がる抵抗を抑え、後半に体力を残せるようになったという。9月のジャパンパラでは、100m背泳ぎで日本記録を2度更新した。
チームでは、ベテランと若手をつなぐ「パイプ役」「中間管理職」を自任する。自身は個人種目での金メダルを目標に掲げた。上垣総監督によると、荻原はチームミーティングで「自分が自己ベストを必ず出すからついてきてほしい」と宣言し、その言葉どおりの結果でチームを勢いづけたという。
富田宇宙――自国開催を、伝える力に

全盲のS11クラスで泳ぐ富田は、プールサイドに集まった多くの報道陣を前に、自国開催への関心の高さを歓迎した。
自国開催の東京パラリンピックという機会をきっかけに歩んできた富田は、こう話す。「メディアの皆さんが来てくださり、多くの人に障害のある人のスポーツの魅力や可能性を直接伝えられるチャンスがあること自体が、日々のモチベーションであり大きなエネルギーになっています」

企業で働く立場からは、パラスポーツは国の補助に頼る構造から抜け出し、Bリーグのように経済的に自立していく変化が必要だとも語った。自国開催は、ふだんパラスポーツを見ない人に届く機会でもあるという。
木下あいら――後半の「まだ行ける」が戻ってきた

知的障害のS14クラスで泳ぐ木下は、療養を経て競技に復帰した。9月のジャパンパラでは100m自由形でアジア記録を更新している。
「復帰した当初は、強みだった200mの後半でスタミナが持たないことが課題でした。でも、しっかり練習を積むことができて、最初の頃よりは『まだ行ける』という手応えがあります」

取材では、この大会のために初めて施したジェルネイルを笑顔で見せた。
「金メダルを目指して、大好きなミセス(Mrs. GREEN APPLE)のカラーやマークを入れてもらいました」
今大会は個人5種目に出場し、すべてで自己ベストと金メダルを目指す。
写真で見る代表――地元・愛知から最年少まで






水泳は19日から23日まで、名古屋市総合体育館(レインボープール)で行われる。
(校正・久下真以子)






