引退をきめたパラスイマー・鎌田美希の夢に向き合う

ロンドン世界選手権が終わり、パラ水泳はいよいよ東京へ1年

2019年3月の世界選手権の代表選考会に落選した多くの選手の焦りは大きくなっていたが、引退を覚悟した鎌田は冷静だった。

「この時のタイムは思っていたより良くなくて、消化不足だった感じでした。同じようなことを繰り返さないために、もう一回気合い入れ直そう、つぎのジャパンパラで結果を出したいと思いました。ここが選考会だということは特に意識していなかったです」

ジャパンパラで2つの日本新、自己ベスト更新!

約半年後、9月21日と22日の2日間にわたり、横浜でジャパンパラ水泳競技大会が行われた。ロンドンでの世界選手権を終えた1週間後であり、海外のトップスイマーも日本での公式大会に遠征して出場していた。多くのメディアが東京への日本代表の活躍に注目、泣いても笑っても、来年は東京パラリンピック本番なのだということを誰もが信じて疑っていなかった。引退を決めた鎌田は、100m背泳ぎと100m平泳ぎに出場し、いずれも自身が持つ日本記録を更新した。

2019年9月23日、ジャパンパラ水泳競技大会 100m背泳ぎで日本記録を更新した鎌田美希。レース前 写真・秋冨哲生

「自分は、東京パラリンピックに出れないなら来年3月の選考会で水泳を引退する。(パラスイマーとして)残された大会が少ない中で、一つ一つの大会を悔いなく終わることを大事にしていこう」という気持ちだった。その線が濃くなってきたので、楽しく練習したい、周りの期待に応えたいっていう気持ちが強くなりました。

立教大学を背負って試合に出て、つねによい結果に喜んでもらえることが励みになっていた。自己ベストが出せなかったときは、もっと自分のためにやっていいんですよと言ってくれたことが響いていた。そういう応援に応えたくて、引退のときまで頑張ろうと泳いでいました」

2019年9月23日、ジャパンパラ水泳競技大会 100m背泳ぎで日本記録を更新した鎌田美希。レース後、声援に応じて 写真・秋冨哲生

鎌田は11月の千葉での日本パラ水泳選手権大会にも出場し、3月のパラ水泳春季記録会(東京パラリンピック選考会=鎌田にとって引退レース)に向けて練習に取り組んだ。先輩が教えてくれた水泳選手としてのクロージングを追いかけたのだ。

コロナで選考会が中止に。大学のプールで開催された、鎌田美希の引退レース

しかし今年1月、国内初の新型コロナウイルス感染患者が確認され死者も報じられると、政府は2月に学校に休校要請を出した。イベントがあいついで延期や中止が発表されるなか、3月6〜8日に予定されていた東京パラリンピック選考会の開催についても危ぶまれていた。
2月21日、日本障がい者水泳連盟のホームページにスタートリストが掲載されたが、27日には大会の「中止」が発表された。

「(最初)やるんだな?」とトレーニングをしたが、『中止』となって、まさか! と思った。延期になるのかなとも思っていたため、最初はアタマがまっ白になった。
受け入れることができず、自分ではどうしようもできなくて、水泳部の後輩マネージャーに会い、相談した。1学年下の水泳部マネージャー高橋涼さんは、「じゃあ、大学のプールで引退レースしましょう!」と提案してくれた。
鎌田も、「大学のプールなら本望だと思った」という。

「大会がなくなり、これまでの努力が報われないのは何としてでも避けたい、と思いました。コロナでプールの使用にも制限がかかっていましたが、関係者と相談して開催したいと強く思い、何とか開催を決めることができて、ほっとしたのを今でも覚えています。また、ご家族、コーチの皆さま、同期、後輩全員で引退レースを応援でき、このような機会はこれまで一度もなかったので、よかったのかもしれない」
と、高橋さんはその時の心境、開催の感想を話してくれた。

3月21日に行われた鎌田美希の引退レースで 立教大学体育会水泳部提供

3月21日の引退レース 写真 立教大学体育会水泳部提供

参照
2019ジャパンパラ水泳競技大会の記事
https://www.paraphoto.org/?p=23261
https://www.paraphoto.org/?p=23353

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