公開: 2025年8月20日 at 12時00分 — 更新: 2025年9月6日 at 19時55分

パリから1年・シンガポールまで1ヶ月。世界パラ水泳代表合宿が公開。結束を深め、「熱狂」をアジアへ!

知り・知らせるポイントを100文字で

シンガポール世界選手権を控えたパラ水泳チーム。8月18日、日本代表選手のうち身体障害の選手と来年のアジアパラ競技大会に向けた選手の強化合宿がナショナルトレーニングセンター・イースト(NTC-E)で行われ、練習がメディア公開された。その顔ぶれと想いとは。

アジア初の世界選手権へ日本チームの想い

パラ水泳日本代表の練習拠点、NTC(ナショナルトレーニングセンター)イーストのプール 写真・秋冨哲生

2025年9月21日から27日まで、シンガポールで「世界パラ水泳選手権(Toyota World Para Swimming Championships – Singapore 2025、以下シンガポール2025)」が開催される。パリ・パラリンピックから1年、これまで欧州中心だったパラ水泳の世界選手権がアジアで初めて開かれパラムーブメントの起点となる歴史的な大会となる。

今回の合宿は、世界選手権本番に向けた最終調整であると同時に、来年(2026年)に迫るアジアパラ競技大会(愛知・名古屋)など、今後日本でも開催が続くパラ水泳の機会にむけた強化を兼ねていた。シンガポール2025現地取材を前に公開練習での選手たちの様子、彼らが語った心境や戦略、そして、「チームジャパン」として目指すパラ水泳の未来への貢献に迫るチームの魅力をフォトレポート。

NTC-Eのプールで行われた公開練習「チーム感」で結束を高める。選手たちは互いに刺激し合い、集中したトレーニングを積む様子が見られた。 写真・秋冨哲生

新キャプテン・窪田幸太の決意

昨年パリで会場の大声援の力を実感した「トビウオパラジャパン」のキャプテンに選ばれたのは、窪田幸太(NTTファイナンス)。東京2020でパラリンピックに初出場し前回マンチェスター世界選手権(2023イギリス)でスペインのLLOPIS SANZ Inigoにラスト25メートルで追い抜かれ、銀メダル。闘志に火がついた。

公開練習でのインタビューに応える新キャプテン・窪田幸太(NTTファイナンス)「自分の番がきたな!」と、キャプテン指名を前向きに受け止めた。 写真・秋冨哲生

メダル獲得に向けプレッシャーの高かったパリとは異なり、今回のシンガポールでは「純粋に水泳を楽しんでレースに臨みたい」と心境を明かした。現在は自身の持ち味である前半のスピードを取り戻すことに注力しており、普段は一人で練習しているが、NTCでは木村敬一らとの合同練習で追い込みの質を高めている。キャプテンとして「チーム感」を重視し、年代関係なくコミュニケーションを図り、チームを牽引していきたいと抱負を述べた。男子100m背泳ぎS8で頂点を目指し、自己ベストに向き合うことがメダルの色につながるという想いで取り組んでいる。

木村敬一は、オリパラ連携の練習でパリの再現が目標

パリパラリンピックで2つの金メダルを獲得した木村敬一(東京ガス)は、男子100mバタフライS11に集中し、パリ大会でのパフォーマンスへの回帰を目指して練習に取り組む。

器具を使ったトレーニングをする木村敬一(東京ガス) 写真・秋冨哲生

木村は、オリンピックメダリストである星奈津美コーチとの連携が「自身の強化だけのことではなくなっている」と述べ、オリンピックとパラリンピックの連携が代表チーム全体にも良い影響を与え、これからのパラ水泳の盛り上がりに期待を寄せた。木村は、今回の合宿がチーム内の結束を高め、日頃サポートしてくれている人々との繋がりを深める大切な取り組みであるとも語った。

若い世代の力を引き出す、鈴木孝幸は、新境地へ挑戦

パリパラリンピックで16年ぶりに自己ベスト(48.04秒)を更新し金メダルを獲得したベテランの鈴木孝幸(GOLDWIN)は、今大会ではその50m平泳ぎと、50m自由形に絞って出場する。「今までやったことのない新たな挑戦」であり、50m平泳ぎで48秒台を目標にメダル獲得を狙うと語った。

(スタート台の右から)チーム練習での鈴木孝幸(GOLDWIN)と岸本太一コーチ。鈴木は「シンガポールのプールは泳ぎやすいものの、暑さ対策が重要だ」と指摘している。 写真・秋冨哲生

東京2020パラリンピックまで長くキャプテンを務めた鈴木は、杭州アジアパラ以降は一人の選手としてチームの成長を支えている。今大会では「窪田キャプテンに従い、まとまりのあるチームに貢献する」「求められれば意見できる」と背中で示すリーダーであり、鈴木の変わらない挑戦心が日本チームの安定感となっている。

パリ以上を狙う、富田宇宙は心身ともに充実の再始動

富田宇宙(EY Japan)は、パリ後の休養を経て、体も心も準備が整っていると語る。仕事では管理職となり、競技とビジネスの両立ができていることが、現在の良い流れにつながっていると感じている。シンガポールでは男子400m自由形S11と100mバタフライS11に出場予定。特に400m自由形では、パリのタイム(4:32.33)や自己ベスト(4:31.69)を超えることを目指したいと述べ、今年に入ってから複数のコーチらに指導を受け、水中での下半身を高い位置に保つ「浮心」のフォーム練習に取り組んでいる。

パリ後、仕事では管理職となり、競技とビジネスの両立ができていることが、現在の良い流れにつながっていると話す富田宇宙(EY Japan) 写真・秋冨哲生

富田は、パラリンピック翌年の世界大会は、強力な選手があまり仕上げてこない傾向があるため、日本にとっては若い選手がメダルを取るチャンスであり、ベテランが確実に結果を残すことが求められると分析している。
まず来年の自国開催であるアジアパラ競技大会を盛り上げることが重要であり、その成功がロサンゼルスパラリンピックへと繋がると考えている。

辻内彩野、メンタルの「余裕」が導く成長

パリでのクラス変更とそれに伴う苦難を乗り越え女子100m自由形S12で銅メダリストとなった辻内彩野(三菱商事)は、シンガポール2025で「パリ以降に取り組んできたトレーニングの効果を検証したい」と語る。

リラックスした合宿での辻内彩野(三菱商事) 写真・秋冨哲生

辻内は、タイムやメダルに囚われすぎず「心に余裕を持たせる」ことを重視しており、これが持続的な競技への向き合い方に繋がっていると話した。

アジアが主戦場の石浦智美

パリ大会中は精神的な不調により力を発揮できなかった石浦智美(伊藤忠丸紅鉄鋼)は、この1年で周囲のサポートを受けて復調した姿を見せ、7月に横浜で開催された大会でも自己ベストを更新した。石浦のメイン種目女子50m自由形S11は世界記録(28.96秒)をもつ中国のMa Jia(馬佳)選手との対戦となる。自己ベストの29.70秒はシンガポール2025会場のOCBCアクアティクスセンターで昨年5月にマークしている。

ブラインドチームで話し合う選手とコーチ 写真・秋冨哲生

未来を担う新星たち

世界選手権初出場の前田恵麻(福井工業大学) 写真・秋冨哲生

今回が初出場の世界選手権となる前田恵麻(福井工業大学)は、世界レベルとのギャップを自らの目で見て学びたいと意気込みを語っている。監督からもチームの戦力底上げに貢献すると期待されている。S9クラスで女子200m個人メドレーと100m背泳ぎに出場する。

スタート台に腰掛けてコーチと話す、川渕大耀(NECグリーンSC溝口) 写真・秋冨哲生

川渕大耀(NECグリーンSC溝口)もパリでの経験を糧に、横浜国際プールで行われた最終選考会では男子400m自由形S9でアジア記録(4:16.76)を樹立し、初の世界選手権の出場権を獲得した。インクルーシブな練習環境が彼を支えていると語る。400m自由形のほかに、100mバタフライ、100m平泳ぎ、200m個人メドレーにも出場。

LEXUSと僕の魅力をジャパンパラで!

今大会は代表落ちとなった南井瑛翔(トヨタ自動車)だが、これを「自分を見直すいいきっかけ」と捉え、この8月は鈴木選手らと合同練習で高強度なトレーニングに励んでいる。

ジャパンパラで「僕を連れて行けばよかったと思わせるタイムを出したい」と話す南井瑛翔 写真・秋冨哲生

軽度障害の激戦クラスであるS10で世界選手権、東京・パリを経験した南井は、今年(2025年)スポンサーであるトヨタ自動車に入社した。9月のジャパンパラ競技大会でシンガポール代表のタイムを超えることを目標に掲げ、来年のアジアパラ競技大会では自身がアジア記録をもつ3種目(100mバタフライ、200m個人メドレー、100m背泳ぎ)と、100m自由形で4冠を目指すと力強く語った。

アジアにおける日本のパラ水泳:共生社会づくりへの道

シンガポール2025は、ヨーロッパ中心だったパラ水泳の世界において、アジアでの発展にむけた大きな一歩となる。今大会を起点に、今年12月、開催地がドバイに変更されたアジアユースパラゲームズが、2026年には、静岡/富士で2年目となるパラ水泳ワールドシリーズや、愛知・名古屋でのアジアパラ競技大会が開催されるなど、日本での開催を含め国際大会参加の機会も増えている。地域全体のパラスポーツの発展が期待されている。

チーム練習での笑顔もみられた。左から、田中映伍(東洋大学)、日向楓(中央大学)はともにS5で競い合うライバルどうし 写真・秋冨哲生

一方で、東京、パリのパラリンピックを終えた日本国内のパラ水泳には乗り越えるべき環境課題が存在する。人口減少や多様化のなか、五輪汚職などにより国民のスポーツ離れが加速し、施設の維持困難による水泳授業の廃止などが起きている。横浜国際プール(「パラ水泳の聖地」と称される、国際競技規格のプール)の再整備計画の進展次第では今後のパラ水泳の重要拠点が失われる可能性があり、オリ・パラ、水泳関係者を中心に水泳、インクルーシブスポーツの振興へ地域の理解を求めていかなくてはならない。

2019年から日本代表の練習拠点として強化活動を支える、NTC(ナショナルトレーニングセンター)イーストのプール。 写真・秋冨哲生

上垣匠パラ水泳日本代表監督は、チームが現在のスタイルを維持しつつ、大会の現地条件(シンガポールの暑さや可動式壁のプール構造)への対応力、記録面でも手応えを感じている話した。また、今夏、シンガポールでは建国60年で、オリ・パラ、マスターズと世界選手権を開催し、国民のスポーツとして水泳を盛り上げている。パリパラリンピックで見られたような「地元の歓声」がシンガポールでも生まれることを歓迎し、それが選手たちの力になると期待を語っている。

上垣匠日本パラ水泳代表監督は「パリパラリンピックで見られたような「熱狂」がシンガポールでも生まれることを歓迎する。それが選手たちの力になる」と期待を語る。 写真・秋冨哲生

監督は、日本チームのメダル目標について「パリパラリンピック(=金メダル3個含む12個)以上(前々回・2022年)マデイラ世界選手権(=金3個を含む20個)未満」という範囲で捉えつつも、具体的な数値目標の言及は避けた。また、ロサンゼルス大会に向けてはアメリカチームが脅威であり、クラス変更による動向にも注視している。

結び:未来へ泳ぎ続ける「チームジャパン」

シンガポール2025世界パラ水泳選手権は、日本チームにとって、パリ・パラリンピックで得た「歓声」を再び力に変え、自己ベスト更新とメダル獲得をめざす挑戦の舞台である。新キャプテン・窪田幸太を中心に、新たな時代へと漕ぎ出そうとしている。

8月18日、NTC(ナショナルトレーニングセンター)イーストのプールでの公開合宿にて 写真・秋冨哲生

今回の挑戦は、来年の愛知・名古屋アジアパラ競技大会、さらにはロサンゼルス2028パラリンピックを見据えたものでもある。日本には「観客と共に盛り上がる臨場感」を取り戻したいというオリパラ共通の願いがある。4年前の東京大会は無観客で、ベテランを含め誰ひとりとして自国開催での「生の声援」を経験できなかった。代表チームは結束して活動し、次世代や国内の観客にスポーツ、パラスポーツの魅力を広め、地域に根ざす価値を育んでいくことが期待されている。

また、その直前となる9月13日から15日の「ジャパンパラ水泳競技大会」は、世界選手権に向けた重要な調整レースと位置づけられている。

シンガポール2025は、9月21日から27日までOCBCアクアティクスセンターで開催され、約60カ国から600人以上のトップパラアスリートが集う。チケットは日ごとのデイパスや7日間通しパスがあり、価格はS$2〜S$40。ぜひ現地で、あるいはオンラインで、歴史を刻む「チームジャパン」の挑戦を応援してほしい。

シンガポール2025 パラ水泳日本代表21名と出場種目(身体・知的障害)

身体障害・22歳以上(10名)
<男子>
木村敬一(東京ガス):100mバタフライS11、50m自由形S11
鈴木孝幸(GOLDWIN):50m平泳ぎSB3、50m自由形
窪田幸太(NTTファイナンス):100m背泳ぎS8、50m自由形S8
富田宇宙(EY Japan):400m自由形S11、100mバタフライS11、50m自由形S11、200m個人メドレーSM11
荻原虎太郎(あいおいニッセイ同和損保):100m背泳ぎS8、200m個人メドレーSM8
齋藤元希(スタイル・エッジ):200m個人メドレーSM13、400m自由形S13、100m平泳ぎSB13、100m背泳ぎS13、100mバタフライS13

<女子>
辻内彩野(三菱商事):100m自由形S12、50m自由形S12、100m背泳ぎS4
石浦智美(伊藤忠丸紅鉄鋼):50m自由形S11、100m自由形S11、100m背泳ぎS11
西田杏(シロ):50mバタフライS7、50m自由形S7
由井真緒里(ZENKO):200m個人メドレーSM5、200m自由形S5、100m自由形S5

身体障害・21歳以下(5名)
<男子>
田中映伍(東洋大学):50m背泳ぎS5、50mバタフライS5、100m自由形S5、200m個人メドレーSM5
川渕大耀(NECGSC溝の口):400m自由形S9、100mバタフライS9、100m平泳ぎSB8、200m個人メドレーSM9
日向楓(中央大学):50m背泳ぎS5、50mバタフライS5、50m自由形S5、100m自由形S15

<女子>
福田果音(KSGときわ曽根):100m平泳ぎSB8、200m個人メドレーSM9
前田恵麻(福井工大):200m個人メドレーSM9、100m背泳ぎS9

知的障害(6名)
<男子>
籠瀬嶺(ほけんの窓口):100m背泳ぎ
佐藤悠人(個人/仙台市):100m平泳ぎ
松田天空(NECFS):100mバタフライ
村上舜也(NECFS):100mバタフライ
山口尚秀(四国ガス):100m平泳ぎ、100m背泳ぎ、200m個人メドレー

<女子>
芹澤美希香(宮前ドルフィン):100m平泳ぎ

(※出場種目は身体障害のみ。知的障害はエントリー種目を掲載)

(写真取材・秋冨哲生)

この記事にコメントする

(Facebookログインが必要です)
記事の訂正はこちら(メールソフトが開きます)