峰村さんは青年海外協力隊での活動をきっかけに、2002年からマレーシアのパラ水泳の指導に携わり、2004年のアテネパラリンピックではマレーシアチームを率いた。2005年から2020年3月までは日本代表の強化に関わり、2024年3月にマレーシア代表の指導に復帰した。
日本とマレーシアの両方でパラスイマーを育ててきた峰村さんは、今回は大会を支える側から、アジアのパラ水泳に何が必要だと考えているのか。

■「行ける距離」に公認大会を
峰村さんがまず挙げたのは、国際統括団体・世界パラ水泳(WPS)の公認大会がアジアに少ないことだ。
「アジアの国だと、遠くまで何回も通えるかというと、そんなことはない。ヨーロッパだったら2か月の間に2、3回ワールドシリーズがあったりして、やはり行きやすいと思うので」
例えば、日本・韓国・中国あたりが中心となって、年に各国1回、WPSの公認国際大会を開く。そうした機会が近くで増えれば、選手のモチベーションにも必ずつながる。ずっと前から考えていたことではあるという。
日本では、WPS公認の国際大会「ワールドシリーズ」の富士・静岡大会が2年続けて開かれたが、国内での開催は続かないことになった。「来年は韓国での開催となり、結局1回がそっちへ動いたというだけになる」。アジア全体で見れば、機会は増えていない。
東京パラリンピック、2年連続のワールドシリーズ、そして名古屋と、国内の経験を積み重ねてきた。それが途切れることを、峰村さんは「もったいないですね」と言う。役員仲間からも「来年以降、国際大会は当分ないですかね」という声が出ているという。
■日本で国際大会を続ける難しさ
いちばん大きな理由は費用だろう、と峰村さんはみる。ただ、国際大会は費用があれば開けるものではなく、課題はほかにもある。例えば、会場からアクセスのよい宿舎。ビジネスホテルより上のクラスのホテルが多くないこと、ツインの部屋では2人がスーツケースを広げられないことを挙げた。
運営の面では、選手が脱いだ着替えのカゴを運ぶ係など、日本独自のきめ細やかなボランティアがいて、機能的に動く。その分、人手と労力がかかり、担い手の多くは仕事を持ちながらの参加だ。大規模な大会なら組織委員会に雇われたスタッフもいるが、ワールドシリーズの規模ではそうはいかない。
「国によってはものすごく少人数で国際大会を切り盛りしている国もある。そういうところのいいところを学んで、日本の環境に合わせて――と思ったりはするんですけど、それをすること自体も大変なことなのかなって」
峰村さんが長く関わってきたマレーシアでは、オリンピックとパラリンピックがもともと同じ青年スポーツ省の下で扱われてきた。2003年には同省が両者を同じように強化の対象とする方針を打ち出しており、日本で「オリ・パラ一体の強化」が本格化するより10年ほど早い。競技の場は違っても扱いは同じだった、と峰村さんはマレーシアの環境を振り返った。
■東京の経験が生きた水泳会場
今大会の水泳会場については「素晴らしい」と評価する。その施設の形状や各部屋をパラ大会用に上手く活用して、運営していた。エレベーターが少ないことも「大した問題じゃない」と意に介さない。
東京パラリンピックを経験した役員や組織委員会のスタッフが多く、運営はスムーズだったという。会場では、緑のTシャツのボランティア(学生や障害者スポーツ指導員など)、青の組織委員会スタッフ、青紫の競技役員が行き交う。主要なポジションには、普段の国内パラ水泳大会を支えている人たちが就いている。MCや音楽も国内大会と同じで、選手にとってはアットホームな大会になっている。
海外の大会との比較では「良し悪しはない」と言い切る。海外は「自分たちでできるところは自分たちでやってね」という、派手さはないシンプルな大会も多い。指導者として、選手には「その大会のスタイルに順応するのが一番ストレスなくできる」と教えてきた。そのうえで、今大会については「日本独自のホスピタリティ的なところがある大会であるのは間違いない」と話した。
■「飲み込むのはやめましょう」
大会全体で見れば大きな問題は少ないが、ポジションごとの細かい課題は「腐るほどある」。改善には現場から声が上がることが欠かせない、と峰村さんは考えている。
気になるのは、思ったことを伝えきらない日本人の傾向だ。とくに「英語ができないから」と、伝わらないまま終わってしまうのが一番もったいないという。

「今回私もNTOに入っているので。気づいたことや質問があればぜひぜひ伝えてほしいし、努力も頑張ってほしい。それがきついなら、私に言ってくれたら私が伝えることもできる。飲み込むのはできるだけやめましょうっていうのは、私はずっと思っていたので」
役員の間でもそう話し、確認し合いながら進めている。すぐに解決しなくても、問題が何かをはっきりさせ、「踏み出す方向に進めればいい」。
■アジアパラは「ここから」始まる大会
選手たちにとって、アジアパラには特別な意味がある。この時期から、次のパラリンピックに向けたMQS(最低資格記録)の有効期間が始まるからだ。ロサンゼルス2028に向けては9月1日以降の記録が認められ、前回は10月1日からだった。
「ここからパラリンピックに向けた戦いが始まるんですよ」。アジアパラはパラリンピック周期のちょうど真ん中にあたる。峰村さん自身、指導者として選手を見るときは、まずこの大会を目指し、そこからパラリンピックへ向かってきた。他の国もここからの記録を大切にしていて、それがアジアの競技力の向上につながっているのではないか、と峰村さんはみる。
今回、ウズベキスタンやカザフスタンが大きなチームで参加してきたことにも変化を感じたという。前回の杭州大会(2023年)が自国開催だった中国は、参加人数を絞ってきたが、それでも強い。
■アジアがもっと盛り上がるように
「こういう現場は好きですし」と峰村さん。新しい選手が出てきて、ベテランも頑張っている。パリパラリンピック2冠の木村敬一選手には「まだYang Bozun*に勝てない限り、やめられないね」と声をかけたという。
「アジアがもっと盛り上がるといいなっていうのは、昔から思っていること。簡単な話ではないですけど、この大会を見ると、またそう思うんですよね。その盛り上がる中の、ひと押しでも力になれればと思っています」

*Yang Bozun(中国)は、S11のスイマー。世界記録保持者。
(取材協力:川村翼)






