
自らもろう者であり、弁護士としても障害者の権利擁護に尽力し、国際機関の要職を歴任するコーサ会長は、「東京大会は、「手話」や「ろう文化(デフカルチャー)」を世界に発信する絶好の機会です」「私たちには、手話という独自の言語がある。それは私たちの誇りであり、文化だ」と語り、アスリートの高いパフォーマンスの中の「デフ・プライド」が、デフリンピックの根幹にある理念だと述べた。
コーサ会長はまた、パラリンピックとデフリンピックの違いについても言及した。
「パラリンピックでは、障害が視覚的に認識されることが多いが、ろう者は、手を動かして初めて気づかれる。見えない障害であるがゆえに、誤解や無理解も少なくない。だからこそ、手話や文化を知ってもらうことが重要なのです」と、社会における認知の壁に触れた。
国際手話がつなぐろう者アスリートたち
コーサ会長は、デフリンピックの特徴のひとつとして、世界中のろう者アスリートたちが「国際手話」という共通語を使って意思疎通していることに注目してほしいと語った。国際手話とは、異なる国の手話を母語、第一言語とする人たちが共通語として発展させてきたものだ。ろう者たちはこの柔軟な方法を駆使し、国境を越えて対話を可能にしている。

こうしたグローバルな交流は、長年にわたり築かれてきたろう者コミュニティのつながりと文化的な絆の成果であり、「ろう者としての誇り(デフ・プライド)」を象徴する光景であると、会長は強調している。
日本のメディアに求められる視点
コーサ会長は、日本メディアに対しては、「障害を乗り越える物語」ではなく、「ろう者が自らの文化や言語をどう誇りに思い、スポーツの舞台で表現しているか」に焦点をあててほしいと、呼びかけた。
「メディアが『デフ・プライド』に基づいた多様な姿を発信することで、ろう者の存在や文化を社会が受け入れていく土壌が育まれる」とし、東京デフリンピックを「社会変革の契機」と位置づけた。
また、ICSDとしても、日本社会がろう者をより広く受け入れる契機となることを強く願っているとし、「観客がろう者アスリートのハイレベルな競技を目の当たりにすることが、デフリンピックの成功を意味する」と語った。
組み合わせ抽選実施、世界のろう者アスリートが描く物語

この日行われたバスケットボール、サッカー、バレーボール、ハンドボールの団体競技における組み合わせ抽選(ドロー)は、ICSDのアダム・コーサ会長自らが担当した。出場国の対戦カードが決まり、世界各地のろう者アスリートが、国際舞台でどのような物語を紡いでいくのかが見えてきた。
なかでも注目を集めるのが、2017年サムスン大会(トルコ)で金メダルを獲得した女子バレーボール日本代表である。元オリンピック日本代表の狩野美雪監督のもと、今回も強豪チームとして国際的な注目を集めており、グループAで勝ち進めば、グループBのウクライナと再び決勝で対戦する可能性がある。

また、女子サッカーについては、2009年台北デフリンピックでのデフサッカー女子日本代表の挑戦を描いた映画『アイ・コンタクト』の監督、中村和彦氏が「日本は順当に勝てば、ケニア、ブラジルを経て準決勝でイギリス、決勝ではアメリカと対戦する展開が見込まれる」と展望を語る。アメリカチームとは昨年、福島のJヴィレッジで交流試合が実施されており、再戦への期待も高まっている。
一方今大会では、ロシアおよびベラルーシの選手については、IOC(国際オリンピック委員会)の方針に準じ、国を代表する形ではなく「中立の立場の個人資格」での出場が認められるものの、団体競技への参加は認められていない。
デフ・プライドが共生社会にベンチマークをもたらす
東京2020パラリンピックの報道を通じて、障害者のスポーツへの理解を深めてきた日本のメディアにとって、東京デフリンピックは、真のインクルーシブ社会への道筋を示す画期的な機会となる。

コーサ会長が「まさに最高の大会のひとつ」と期待を寄せる今大会では、外見からは判別しにくいろう者アスリートたちが、手話という視覚言語と「ろう文化(デフカルチャー)」を通じて、誇り高く自己を表現する。
彼らは国境を越え、「国際手話」で交流し、連携を深めながら競い合う。その姿は、言語の壁を超えた新しいコミュニケーションの可能性を示している。
「デフ・プライド」に満ちた文化をメディアが丁寧に伝えていくことで、社会はろう者の豊かなコミュニティと価値観に出会い、相互理解に基づく、共生社会の新たなベンチマークを築いていけるだろう。

(写真・秋冨哲生 編集協力・中村和彦)
















