
「World Para Swimming公認 2025ジャパンパラ水泳競技大会」は、日本パラスポーツ協会(JPSA)設立60周年記念大会として、9月13日から15日に名古屋市の日本ガイシアリーナで開催された。身体・知的・聴覚に障害のある219人がエントリー、アジア記録1、日本記録4、大会記録14が更新され、成果に満ちた3日間となった。大会は9月21日に開幕する「トヨタ・シンガポール2025世界パラ水泳選手権」前最後の公式レースであり、来年開催される「愛知・名古屋2026アジアパラ競技大会」の本番会場での開催だった。
一方で、今大会前の9月5日には、パラ水泳界の象徴であり「水の女王」と呼ばれた成田真由美さんが55歳で旅立った。その悲報を胸に、多くのパラスイマーがレースに臨んだ。
石浦智美 ― 成田さんに導かれて
大会3日目、石浦智美(伊藤忠丸紅鉄鋼)は女子50m自由形(S11・全盲)で29.99秒の好タイムをマーク。昨年パリ大会でメダルを逃した悔しさからの復調を印象づけた。2024年5月のワールドシリーズ・シンガポール大会で日本記録を更新して以来の29秒台に「ようやく戻ってきた」と手応えを語り、世界選手権での更新を誓った。

石浦がパラリンピックを目指すきっかけは、シドニー大会で泳ぐ成田さんの姿だった。北京への代表として共に活動し、2019年世界選手権や東京パラリンピックでは選手村で同室で過ごした。「薬を多く服用し体調管理に苦しみながらもストイックに練習を重ねる姿を間近で見てきた」と振り返る。
「訃報を聞いて3日間涙が止まりませんでした。ワールドシリーズ富士(2025年4月)で『応援してるからね、また会えたらいいね』と声をかけてくださり、それが最後になってしまいました。成田さんはきっと、この大会や世界選手権での私たちの活躍を望んでいると思います。記録を残し、報告に行きたいです」と語った。
鈴木孝幸 ― 圧巻の泳ぎに学んだ20年
男子50m平泳ぎ(SB3・四肢欠損)で鈴木孝幸(GOLDWIN)は48.67秒の大会新を樹立した。「シンガポールでも48秒台を狙える」と自信を示した。

成田さんとの関わりは自身の初出場である2004年アテネ大会から始まった。「最初は、経歴から近寄りがたい先輩だと思っていましたが、障害の近いグループで練習するうちに先輩という以上に気軽に話す仲間になった。練習量の多い選手で比較的重度の障害でも身体を使いレースに臨む姿から、競技者としての姿勢を学ばせてもらいました」と話す。

成田さんが達成したアテネでの7冠については「軽々と金メダルを取ってしまう圧巻の泳ぎに驚いた。同期の山田拓朗と『まるで彼女だけがジャパンパラを泳いでいるみたいだ』って話していましたね」と振り返った。
成田さんはその後、クラス分けの変更でより障害の軽いクラスでの勝負を強いられた影響もあって結果が出せなくなったが「かなり厳しい状況でも競技を続ける姿から、水泳を心から愛していたことを強く感じました」と敬意を示した。
加藤作子 ― シドニーで共に戦った仲間として
大会3日目、加藤作子(A・S・A大阪)は女子50m背泳ぎと50m自由形(S4・下肢機能機能全廃)に出場。予選・決勝4レースを泳ぎ切り、背泳ぎでは1:32.02と日本記録に1秒と迫った。「大会記録を狙っていただけに残念。介助で一緒に泳いでくださる方に恩返しするには、やはりタイムで応えるしかない」と語った。

シドニー大会(2000年)では女子4×50mリレーで成田と共に世界記録を樹立し金メダルを獲得。「訃報は本当に悲しい。一緒にシドニーへ行き、電話でも何度か話しましたがもっと話したかった。まだまだ水泳でやりたいことがあったはず。私は彼女よりうんと年上で、もう70歳です。50歳までを一区切りと考えていましたが20年、いまは彼女の分まで頑張りたい」と胸の内を明かした。

同じネフローゼ症候群を抱え、ステロイド長期使用による免疫低下と闘った経験を持つ加藤は「病気で若くして亡くなる方も多い。その分も命をいただいて生きている。水泳で体調をコントロールできることを多くの人に知ってほしい。競技に限らず、高齢になっても水の中に入ってほしい」と呼びかけた。
シンガポールへ、鈴木・石浦に加え、山口、木村、富田も好調。現地のパラ水泳の盛り上がりに期待が高まる!
ジャパンパラを終えた日本代表(トビウオパラジャパン)は、9月21日から27日までシンガポールのOCBCアクアティックセンターで開催される「トヨタ・シンガポール2025世界パラ水泳選手権」へと舞台を移す。
山口尚秀(四国ガス・知的障害)は男子100m自由形(S14)でアジア新(53.47)、50m自由形でも日本新(24.80)を樹立し会場を沸かせた。
男子100mバタフライ(S11)で木村敬一(東京ガス)は好タイム(1:02.58)で泳いだ。フォームの改善を課題に掲げつつ「いい準備ができている」と語った。富田宇宙(EY Japan)の練習は順調で「予選決勝の間ですごく修正することができた。シンガポールでパリを上回るタイムで泳ぎたい」と意欲を見せた。

また富田は、1週間後に開幕するシンガポールでのパラ水泳世界選手権について、「世界水泳と世界マスターズが事前に行われている関係で、チケットがソールドアウトになっているようだ。水泳ファンが集まる大会になるんじゃないかと期待できる。シンガポールではパラリンピック教育も熱心で、子供たちも見に来てくれると思います。パラアスリートとしてムーブメントの一助になることは喜ばしい。また、シンガポールでの盛り上がりで、パラリンピックを多くの人に知ってもらえればすごくいい時間になる。カギは、来年ここ(アジアパラ愛知・名古屋での日本ガイシアリーナ)が満員になるかどうか!」とも語っていた。
パリパラ初出場から1年の田中・川渕の成長
田中映伍(東洋大学)はメインの男子50m背泳ぎ(S5)で日本新(35.94)を記録。川渕大耀(NECグリーン溝口)は男子100mバタフライ(S9)で先輩の岡島寛太(日本福祉大学)を破って優勝するなど成長ぶりを示した。


記憶と挑戦をつなぐ舞台
上垣匠日本代表監督は「数値目標はあえて掲げず、個々の成長を見守りたい」と8月の代表合宿で語っていた。
名古屋からシンガポールでの世界選手権へ向い、そして来年は自国開催を迎えるアジアパラへと舞い戻り、泳ぎ続ける選手たちの背後には、つねに成田真由美さんの応援がある。水の女王の記憶を引き継ぐジャパンパラ水泳を経て、新たなトビウオパラジャパンの挑戦が続く。
(写真協力 KOHEI Maruyama/SportsPressJP、一ノ谷信行 校正・小泉耕平)






