公開: 2026年3月11日 at 18時41分 — 更新: 2026年3月11日 at 20時11分

【ミラコル記】(第4話)ヴェローナ開会式でJPC三阪さん・安岡さんにインタビュー。アジアパラにむけて日本のスポーツ・インクルーシブのいま

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3月6日18時(現地時間)アレーナ・ディ・ベローナ は2時間後に開幕するパラリンピック開会式を控えていた。世界から集まる選手や関係者のほか、夜遅い時間にもかかわらず親子連れなど、多くの観客で賑わっていた。JPC(日本パラリンピック委員会)三阪会長と安岡次長にお会いすることができた。

ミラノ・コルティナ2026パラリンピックの開会式が行われたイタリア・ベローナ。古代ローマ時代から続く円形劇場「アレーナ・ディ・ベローナ」では、オリンピックとパラリンピックの繋がりを象徴するセレモニーの後半を迎えようとしていた。

パラリンピックの開幕に先立ち、インクルーシブの先進国イタリアで迎えるパラリンピックを前に、短いインタビューを行った。
お話を聞いたのは、日本パラリンピック委員会(JPC)三阪洋行JPC委員長 と、日本パラスポーツ協会で長年国際渉外を担ってきた安岡由恵氏のお二人だ。

開会式を訪れた三阪洋行JPC会長(中央)と、安岡由恵私(右) 写真・中村 Manto 真人

阪洋行(JPC委員長)「アスリートを中心に、スポーツの環境を整えていきたい」

佐々木:いま、日本のパラスポーツに関わる立場として、どのような仕事をされていますか。
三阪委員長は、2025年10月、スポーツ庁長官に就任した河合純一長官に代わって日本パラリンピック委員会(JPC)委員長に就任した。
パラアスリートの強化や競技団体の支援、パラスポーツの普及など、日本のパラスポーツを取りまとめる立場にある。

三阪委員長:「いまは、アスリートを中心に、周りで支える人たちも含めて、しっかり活動できる環境をつくることが大きなテーマです。
パラスポーツは、アスリートだけでは成り立たない。
コーチやスタッフ、競技団体、地域の関係者など、多くの人たちが関わっています。
そうした人たちが持続的に活動できる仕組みを整えていくことが重要だと思っています。」

2023年、杭州アジアパラの選手村で選挙活動をする三阪さん。今秋10月に開催のアジアパラ2026愛知・名古屋に向けて準備をすすめている。 写真・中村 Manto 真人

三阪会長は、車いすラグビーの元日本代表。アテネ、北京、ロンドンのパラリンピックに出場した経験を持つ。
三阪委員長:「選手としてパラリンピックを経験してきたからこそ、いまは違う立場で、パラスポーツの環境をどう良くしていくかを考えています。」

佐々木:ミラノ・コルティナ大会には、どのような意味を感じていますか。
三阪委員長:「世界のトップアスリートが集まる場であることはもちろんですが、パラリンピックは社会に対するメッセージでもあると思います。
障害のある人がスポーツを通じて力を発揮する姿を見てもらうことで、社会の見方も変わっていく。そういう意味でも、この大会が持つ意味は大きいと思っています。」

安岡由恵氏(日本パラスポーツ協会/APC理事)

長くJPCの立場で関わってきた彼女は、「アジアのパラスポーツの歴史を次につないでいく」と話していた。
安岡由恵氏は、日本パラスポーツ協会で国際渉外を担当し、長くアジアのパラスポーツの発展に関わってきた。
現在は アジアパラリンピック委員会(APC)理事 も務めている。

会場へと向かう二人にインタビューできた。 写真・中村 Manto 真人

佐々木:いま取り組んでいる仕事について教えてください。
右安岡氏:「主には国際関係の仕事です。IPC(国際パラリンピック委員会)やAPCなど、国際組織との調整や連携を担当しています。」
安岡氏は、アジア地域のパラスポーツの歴史にも詳しい。
1975年に日本で始まったフェスピック大会から、現在のアジアパラ競技大会へと続く流れを研究し、記録してきた。
「アジアのパラスポーツは、フェスピック大会が始まった1975年からで約50年の歴史があります。日本から広がっていった部分も大きい。」

佐々木:インクルーシブな社会について、スポーツの役割をどう考えていますか。

「パラスポーツは、単に競技だけの話ではありません。スポーツを通して、人が社会の中でどのように関わっていくか、障害のある人が社会の中でどう生きていくか、そうしたことを考えるきっかけになるものだと思います。」

今年(2026年・秋)には日本でアジアパラ競技大会が開催されることについて。

「愛知・名古屋でアジアパラ競技大会が開催されます。アジアのパラスポーツは、競技力の向上だけでなく、普及という意味でも大きな役割があります。
多くの国が参加し、スポーツを通じて交流する。それがアジアのパラスポーツの特徴でもあります。ミラノ・コルティナ大会も、そうした流れの中にある大会だと思います。パラリンピックと地域大会、それぞれの役割を考えながら、これから何ができるのかを模索しているところです。」

開会式を前に、ベローナの街は静かな高揚感に包まれていた。
その舞台の裏側では、パラスポーツの未来を考え、制度を整え、国際的なネットワークを築く人たちの仕事が続いている。
アスリートの挑戦を支える、そのもう一つの物語があった。

アレーナ・ディ・ベローナの内側、観客席 写真・中村 Manto 真人

<参考>
アジアパラ杭州、三阪洋行さんを「APCアスリート委員」に!
https://www.paraphoto.org/?p=37922

(写真:中村Manto真人)

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