日本のアルペンスキーの歴史には、ある共通点がある。象徴的なメダルが、いずれも「イタリア」の雪の上で生まれているということだ。
1956年、コルティナ・ダンペッツォ冬季オリンピック。アルペンスキー(回転)で、猪谷千春が銀メダルを獲得した。日本人初の冬季オリンピックメダルであり、日本アルペンスキーの歴史を切り開いた瞬間である。

そして、50年後。2006年トリノ・パラリンピックでは、東海将彦がアルペンスキー立位クラス(大回転)で銀メダルを獲得した。日本のパラアルペンスキー立位における、初のメダルだった。
オリンピックとパラリンピック。ふたつの舞台で、日本アルペンスキーの輝きはともにイタリアから生まれている。
再びイタリアで開催されるミラノ・コルティナ2026パラリンピックの現地で、スポーツ庁長官・河合純一に、日本アルペンスキーの未来について話を聞いた。

スポーツ政策の現場から
河合長官は、パラリンピック競泳選手として世界の舞台で活躍したパラリンピアンだ。2025年10月にスポーツ庁長官に就任し、日本のスポーツ政策全体を担っている。
スポーツ庁の仕事の柱は、スポーツ基本法に基づく「スポーツ基本計画」の実行である。
「スポーツ行政として国が取り組んでいることは、基本的には法律に基づいています。いまは第3期スポーツ基本計画の最終年にあたり、第4期計画の策定も並行して進めているところです」
政策の射程は、競技力向上にとどまらない。地域スポーツの振興、部活動の地域移行、健康づくり、地方創生、スポーツ産業の育成、国際大会の誘致、アンチ・ドーピングの推進と、幅広い分野が対象となる。
「スポーツは本当に多くの関係者が関わる分野です。多くのステークホルダーと連携しながら、より良い方向に舵を切っていくことが私の役割だと思っています」
3月6日、ミラノ・コルティナ2026の開幕を迎えたその日、日本アルペンスキーの競技環境強化をめぐって意見を聞いた。焦点となったのは、オリンピックとパラリンピックの競技強化を連動させる「オリパラ連携」の可能性である。
「オリパラの連携そのものが目的ではありません」と、河合長官は慎重に言葉を選んだ。連携の有効性を判断するには、まず現状を冷静に分析することが不可欠だという。
「連携によって本当に競技力向上につながるのか、メダル獲得につながるのか。まずしっかり分析することが大切です」
日本のアルペンスキーがメダルから長く遠ざかっている背景には、競技環境や強化体制など複合的な課題があるはずだと言う。
「課題や危機感を現場で共有することが原点になります。そこを整理したうえで、今後のプランやビジョンを関係者と共有していくことが必要です」
現場の選手はどう感じているのか
実際に競技に立つ選手は、この状況をどう見ているのか。
コルティナでの競技初日(3月7日)、男子アルペンスキー滑降(DH)立位クラスを16位で滑り終えた小池岳太は、率直な思いを語ってくれた。

トリノ大会から20年の間、日本の立位クラスは選手個人の努力に依存する部分が大きく、組織的な強化が十分に進んでこなかったのではないか?ーーそう問いかけると、小池はまず競技環境の課題を挙げた。
「世界基準を知るためには、健常者と一緒に練習する機会をもっと増やすことが必要だと思います」
海外遠征を重ねることも有効な手段だが、費用面の壁もある。だからこそ、日本国内で健常者のアルペンスキー選手と同じ環境で練習する工夫が求められると言う。
「海外ばかり回るのはお金もかかります。日本でも健常者に混ざって練習するなど、工夫はできると思います」
小池が強調するのは、パラアルペンスキー立位クラスと健常者のアルペンスキーの技術的な親和性である。
「チェアスキーは異なりますが、立位は基本的に健常のアルペンと同じメソッドです。夏の陸上トレーニングも含めて、同じアプローチで練習すべきだと思います」
その意味で、「オリパラ連携」は理念ではなく、現実的な選択肢のひとつと言えるかもしれない。
日本のアルペンスキーは、オリンピックでは猪谷千春の1956年コルティナ銀メダル以降、表彰台から遠ざかっている。パラリンピックでも、2006年トリノ大会の東海将彦の銀メダルを最後に、立位クラスはメダルを獲得できていない。
それでも、小池は未来への手応えを語った。
「いまはまだメダルが取れていない状況ですが、オーストリアなど海外で学んできている若い選手が増えてきています。彼らは世界基準のメソッドを持っています」
そうした環境にパラの選手も加わることができれば、日本の競技力にはまだ伸びしろがあるという。
「同じ指導を受け、世界基準のコーチングに触れる機会を増やせば、日本でもまだ成長できると思っています」
未来を動かすのは誰か
河合長官は、スポーツの現場を変えていくために必要なことをこう語った。
「思っているだけ、言っているだけでは変わりません」
制度や組織が動くためには、課題を共有し、責任ある形で提案し、行動し続けることが求められる。「無責任な評価や評論ではなく、覚悟を持って行動する人が、現場を良くしていくんです」

猪谷千春から東海将彦へ。そして、次の世代へ。
日本アルペンスキーの歴史は、イタリアの雪の上で2度の節目を迎えてきた。ミラノ・コルティナの現地で語られた言葉は、次の時代への問いとなるだろう。
オリンピックとパラリンピック。ふたつの競技の経験をいかにつなぎ、日本アルペンスキーの新たな章へと向かっていけたら。その議論を始めたい。
・インタビュービデオ
https://youtu.be/NAU2YjJvp00
(取材協力・スポーツ庁)






