10月18日、愛知・名古屋2026アジアパラ競技大会の開会式。アフガニスタンの国旗を掲げて入場したのは、26歳のパラテコンドー選手、Ali Sajad HAMRAZ(アリ・サシャド・ハムラズ、以下、ハムラズ)だった。
初めてのアジアパラ競技大会で、母国の旗手という大役を務めたハムラズ。「人生において大きな名誉。とても幸せに感じている」。そう語る晴れ舞台の裏には、紛争下にある母国で競技を続け、世界の舞台を目指してきた道のりがある。

日本でつかんだ世界への挑戦
ハムラズの挑戦を支えてきたのは、日本とのつながりだった。アフガニスタンでは、長年にわたる紛争や社会情勢の影響で、スポーツに取り組む環境も厳しい状況にある。障害者のスポーツへの経済的な支援も十分とはいえず、選手たちは限られた環境の中で練習を続けている。
そんなハムラズを支えたのが、日本体育大学が実施する「HOPEプロジェクト」だ。スポーツ庁の委託事業として、紛争や災害などの影響で十分な練習環境を確保できない海外のパラアスリートらを日本に招き、競技活動を支援している。ハムラズとHoumayoon AMIRY(フマユーン・アミリー、以下、アミリー)コーチは、2025年2月にも来日。日本でトレーニングを重ね、競技力の向上に取り組んできた。そして今回、再び日本の地を踏み、アジアの強豪たちと対戦する機会をつかんだ。

10月19日に行われたパラテコンドー男子K44・58kg級。ハムラズは初戦でミャンマーの選手を2対0で破り、準々決勝に進出した。しかし、続くチャイニーズ・タイペイの選手に0対2で敗れ、敗者復活戦は棄権。最終順位は7位だった。「初戦で勝利できたことは、自分にとって大きな意味がある」とハムラズ。日本で受けたトレーニングが競技力の向上につながったと振り返り、アジアパラの舞台に立った喜びを噛み締めた。

HAMRAZ Ali Sajad (AFG), OCTOBER 19, 2026 – Para Taekwondo : Men K44 -58kg -ROUND OF 16 during the Asian Para Games Aichi-Nagoya 2026
at Nagoya City Mizuho Park Gymnasium in Aichi, Japan. ©AINAGOC
日本での学びを、母国の仲間たちへ
大会終盤の10月23日、名古屋市内では「SFT Para Sports Gathering 2026」が開催された。東京2020大会を契機に生まれた国際的なつながりを、愛知・名古屋2026、そして未来へとつなぐことを目的とした交流イベントだ。ハムラズはこの場で、日本での経験が母国にもたらした変化を語った。
日本で得た知識や技術は自分たちだけのものにせず、「アフガニスタンに帰国した後、さまざまな州や地域から選手を集め、日本で学んだことや経験を共有した」とハムラズ。母国のほかの選手やチームにも経験を伝えてきたという。そして「次の大会では、アフガニスタンからもっと多くの選手が参加できるように」と話し、自身の成績だけでなく、母国のパラスポーツの発展を願う思いが伝わってきた。

東京2020から愛知・名古屋2026へ。受け継がれるレガシー
ハムラズの挑戦を支える国際協力の取り組みは、東京2020パラリンピックにさかのぼる。日本は東京大会に向け、パラリンピックへの参加が困難な国や地域のアスリートらを支援してきた。大会終了後も、そこで培われた国際的なネットワークや支援のノウハウは途切れることなく、現在のHOPEプロジェクトなどに引き継がれている。
10月23日の交流イベントには、アフガニスタンをはじめ、アジア各国・地域から関係者が集まった。東京2020から5年。大会が終わっても、人と人とのつながりは続いている。そして、そのつながりが新たな選手の挑戦を支え、次の世代へと広がっている。ハムラズは最後に、日本で自身を支えてくれた人々や、アジアパラリンピック関係者へ「日本の皆さん、本当にありがとうございます」と感謝を伝えた。

国際大会は、まだ知らない世界と出会う場所
アジアパラ競技大会には、さまざまな国や地域から選手たちが集まった。その一人ひとりに、異なる社会背景や、競技を続けるための努力がある。ハムラズのように、厳しい環境の中でも夢を諦めず、世界の舞台を目指している選手もいる。そして、その挑戦を支える国境を越えた人々のつながりがある。

国際大会は、競技の勝敗を競うだけの場所ではなく、普段は遠く感じる国や地域の現状を知り、そこに暮らす人々の思いや挑戦に触れる機会でもある。愛知・名古屋2026で見えたのは、東京2020から受け継がれてきたレガシーが、今も人々の挑戦を支えている姿だった。
アフガニスタンから日本へ。そして、日本で得た学びを再び母国へ。ハムラズがつないだ希望は、次の挑戦へと続いていく。
(校正・佐々木延江)






