公開: 2026年10月31日 at 4時30分 — 更新: 2026年10月31日 at 12時24分

アジアパラの翌日、豊田でともに走る。義足アスリートがつないだ国境を越える「走る喜び」

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アジアパラ閉幕の翌日、豊田にアジア各国の義足アスリートが集まった。日本の子どもたちや義足ユーザーとともに走り、喜びを分かち合う。競技用義足の技術支援から生まれた国境を越える交流が、次の世代へとつながっていく。

バトンを受けて走り出す子ども。後ろにはブレードで走るアジアの選手。リレーでは国籍も年齢も関係なく同じコースを走った。  撮影:中村 Manto 真人

愛知・名古屋2026アジアパラ競技大会の閉幕から一夜明けた10月25日、豊田市のトヨタスポーツセンターに、アジア各国の義足アスリートたちが集まった。前日まで国を代表して競い合っていた選手たちが、この日は日本の義足ユーザーや子どもたちと一緒に走る。雨のため会場は体育館に変更されたが、そこには国籍や年齢、障害の有無を越えて「走る喜び」を分かち合う光景が広がっていた。

「アジアユニバーサルランニングフェス2026」は、日本パラ陸上競技連盟が主催し、競技用義足の開発者・遠藤謙さんが代表を務める株式会社Xiborg(サイボーグ)が運営。スポーツ・フォー・トゥモロー(SFTアクション+)の採択事業として開催された。

午後の「ユニバーサルかけっこチャレンジ」に参加した約50名とアジアの選手たち。子どもから大人まで、車いすの参加者も一緒に記念撮影 撮影:中村 Manto 真人

午前は義足ユーザー9人が参加するブレードランニングクリニック、午後は約50人による「ユニバーサルかけっこチャレンジ」などが行われ、タイ、ミャンマー、ラオスなどの選手たちも交流に加わった。

ブレードで走る一歩を、トップアスリートが支える

ブレードランニングクリニックで指導する、講師の佐藤圭太(トヨタ自動車/中央)と走りを確認する参加者。タイ、ミャンマー、ラオスの選手たちも一緒にメニューに取り組んだ 撮影:中村 Manto 真人

午前のブレードランニングクリニックには義足ユーザー9人が参加し、うち2人は競技用義足「ブレード」で走る初めての体験となった。

指導を担当したのは、リオ2016パラリンピックの男子4×100mリレー銅メダリスト、佐藤圭太と池田樹生、陸上競技からパラトライアスロンに転向した保田明日美らが初心者をサポートし、かつてパラリンピックで活躍した春田純もサプライズで駆けつけていた。

輪になってストレッチする参加者たち。海外の選手、義足ユーザーたちも、同じメニューで体をほぐす 撮影:中村 Manto 真人

ストレッチの輪には、アジアパラに出場した海外選手たちも加わった。走り方のアドバイスを受けながら練習を重ね、最後は全員でリレーを楽しんだ。

会場には「Blade for All」「ギソクの図書館」のバナーが掲げられ、競技用義足のほか、フレームランナーなどを体験できる機会も用意された。

トップアスリートが競技の経験を伝え、初めてブレードを使う人が走り出す。その輪に国境はなかった。

「国境を感じなくなった」——仕掛け人・遠藤謙さん

「代表に選ばれた選手も、選ばれなかったけれど日本に来てくれる選手もいた。日本の子どもたち、特に義足の人たちと交流できる機会を持ちたいと思って企画しました」

そう語るのは、イベントを企画した遠藤謙さんだ。

競技用義足の開発に取り組む遠藤さんは、アジアパラの日本開催が決まってから、アジア各国を訪れ、選手たちの競技活動を支援してきた。今大会では、遠藤さんが義足の開発・調整をサポートしてきたタイの選手がメダルを獲得。遠藤さん自身も会場のスタンドに足を運び、声援を送った。

イベントを企画したXiborg代表の遠藤謙さん(右)と筆者 撮影:中村 Manto 真人

「今までは母国日本を応援する気持ちで臨む大会が多かった。今は海外の選手をサポートし始めると、国境を感じなくなって、自分がアジアの地域に受け入れられたような感覚もあった。国境を越えてスポーツを楽しめる大会になったと思います」(※実際に遠藤さんの活動はアメリカ、ヨーロッパにも及ぶ)

イベントをアジアパラ閉幕翌日に設定したのは、選手たちが帰国する前に集まりたかったからだ。

競技用義足の分野では欧米の選手が高い競技力を示す一方、アジアでは義足を使ってスポーツを楽しむ環境が十分に整っていない地域もある。

遠藤さんは、アジアの選手たちの成長に手応えを感じている。

「足がない人がスポーツを楽しむ環境はアジアでは特に遅れています。それが少しずつ改善している兆しが見えた大会だった」

競技成績だけでなく、走るための環境を各国に広げること。その先に、遠藤さんが目指す社会がある。

「国は関係なく、一緒に活動している選手を応援したい。世界中の人たちが、足がないから楽しく走れないと諦めない社会につながる活動をしていきたい」

日本で調整した義足で銀メダル——タイの2選手

会場には、遠藤さんたちが競技用義足の製作や調整をサポートしてきたタイのメダリスト2人も参加した。

日本で製作した義足で大会に臨んだタイの2選手。左が大腿義足のKhamta Phalathip(T63・走幅跳と100mで銀)、右が下腿義足のDenpoom Kotcharang(T64・100mで銀)。中央はタイのコーチ 撮影:中村 Manto 真人

Phalathip Khamtaは、今大会の男子走幅跳T42/T61/T63で6m41を跳び、銀メダルを獲得。男子100m T63でも12秒72で銀メダルを手にした。

Denpoom Kotcharangも男子100m T64で11秒78をマークし、銀メダルを獲得した。彼の義足は、仲間の義肢装具士・高橋素彦,沖野敦郎の義肢装具士が製作したものだ。

2人にとって、日本を訪れるのは大会を含めて2度目だという。

レースについては「経験としては良かった。ミスを修正して、次の大会では新記録を出したい」と振り返った。

日本で新しく製作したソケット(義足と脚の切断端を接続する部分)についても、手応えを語った。

「新しい装具の方がパワーが伝わり、スピードが出る。初めて使ったときから感覚が違って、スムーズで快適だ。トレーニングもずっと良くできるようになった」

次の目標は、2028年ロサンゼルスパラリンピックへの出場と自己ベストの更新。そして2030年ドーハで開催される次回アジアパラでの金メダルだ。

日本の印象を尋ねると、表情がほころんだ。

「日本をとても近く感じる。日本の皆さんのサポートが本当にうれしく、感謝を伝えたい。日本が大好き」

好きな日本食は牛肉とラーメン。覚えた日本語は「こんにちは」「ありがとう」。

競技用義足を通じた技術協力から始まったつながりは、選手と日本の人々との交流へと広がっていた。

「日本がアジアを引っ張る」——佐藤圭太さん

ブレードランニングクリニックに参加した義足ユーザーと、タイ・ミャンマーなどアジアの選手たち。前列右はリオ2016メダリストの佐藤圭太(トヨタスポーツセンター第二体育館) 撮影:中村 Manto 真人

クリニックを指導した佐藤圭太さんは、競技用義足の普及活動に約10年携わってきた。

その原点の一つが、北海道・大樹町での義足イベントだったという。

「本当にへき地なところで、僕も初めて行ったような場所だった。そういうところにも義足のユーザーがいるかもしれない、走りたい人がいるかもしれない。そこからギソクの図書館につながる企画が始まった」

東京を拠点に全国各地へ活動を広げ、仲間を増やしながらクリニックを続けてきた。その経験を、今回はアジアの選手たちとの交流へとつなげた。

アジアパラに出場した選手だけでなく、カンボジアからは今後のユース大会への出場を目指す有望選手も参加したという。

「アジア地域のパラの普及にはまだまだ難しい点があると、活動の中でずっと感じてきた。今回アジアパラが日本で行われて、日本がその中心地になり得るポテンシャルを持っているんじゃないか。それを契機にできるように、アジアの選手を中心に呼んで実施しました」

佐藤さんが期待するのは、参加した選手たちが技術を学ぶだけでなく、それぞれの国で走る喜びを伝える存在になることだ。

「彼らが国に帰って、普及できる人になってほしい。選手としても、こういうやり方ができるんだと感じてもらえたらうれしい」

日本で経験したことを、自国の仲間に伝える。そうした活動の積み重ねが、競技人口の拡大や新たなアスリートの育成につながる。

「日本は、特に義足の分野においてアジア地域を引っ張るポテンシャルを持っている。今は欧米地域が強いけれど、そこに負けない選手がアジアからも出てくれたらうれしい」

スポーツを通じた国際協力——SFTアクション+

JSCの阿部篤志さん。「国を越えて一緒に楽しむ喜びを感じてほしい」と話した 撮影:中村 Manto 真人

今回のイベントを支えたのが、日本スポーツ振興センター(JSC)が推進する「スポーツ・フォー・トゥモロー」のSFTアクション+である。

担当の阿部篤志さんは、制度の狙いをこう説明する。

「スポーツを通じた国際交流や国際協力に取り組もうとする団体は国内にたくさんありますが、一つの団体だけで成立させるのは難しい。そういう取り組みを通じて社会が良い方向に変わっていくことを支援するための制度です」

ジェンダー平等や、パラスポーツを通じた共生社会の推進など、スポーツを通じて社会課題に向き合う活動が支援の対象となる。

今回のイベントについて、阿部さんは、国を越えて一緒にスポーツを楽しむ経験そのものに意味があると話す。

「まずは純粋に、国を越えて一緒に楽しむ喜びを感じてほしい。参加したからこそその国への関心が生まれ、理解を日常生活に生かしてもらえるようなイベントになるといい」

国際協力は、トップアスリートの競技力向上だけを目的とするものではない。異なる国や地域で暮らす人々が出会い、互いを知ることも、その大切な一歩になる。

アジアパラのその先へ——豊田でつながった「走る喜び」

午後の「ユニバーサルかけっこチャレンジ」には49人が参加した。

年齢や性別、障害の有無などに応じたポイント制で楽しむ50m走には、絶え間なく列ができた。アジアの選手たちも子どもたちと一緒に走り、笑顔で競い合った。

会場には、ブレードのほか、フレームランナーなどの体験機材も用意された。

リオ2024パラリンピック種目として陸上競技で採用された、フレームランナーの体験もあった。  撮影:中村 Manto 真人

参加者に配られたプログラムには、アジアの選手たちを紹介するページがあった。その余白にサインを求める子どもたちの姿も見られた。

アジアパラの競技場では、国を代表してメダルを争った選手たち。その翌日、豊田の体育館では、子どもたちと同じ50mを走っていた。

パラ陸上の国際大会は、これからもアジアで続く。2027年6月19〜27日には、ウズベキスタンの首都タシュケントで世界パラ陸上競技選手権が開催される。中央アジアでは初めての開催であり、神戸2024、ニューデリー2025に続くアジアでの世界選手権となる。

その先には2028年のロサンゼルスパラリンピック、2030年のドーハ・アジアパラが控えている。

豊田で一緒に走った選手たちの中には、世界の舞台を目指す人もいれば、この日初めてブレードで走った人もいる。

遠藤さんや佐藤さんたちが思い描くのは、トップアスリートの活躍が、各国で走りたいと願う人々の機会へとつながっていく未来だ。

大会が終わっても、スポーツを通じた交流は終わらない。

アジアパラの翌日、豊田の体育館で分かち合った「走る喜び」は、次の国へ、次の世代へとつながっていく。

開催概要

アジアユニバーサルランニングフェス2026

  • 開催日:2026年10月25日(日)
  • 会場:トヨタスポーツセンター第二体育館(愛知県豊田市)
  • 主催:日本パラ陸上競技連盟
  • 運営:株式会社Xiborg
  • スポーツ・フォー・トゥモロー(SFTアクション+)採択事業
  • 公式サイト:https://universal-running-fes.asia/

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