ブラサカ日本代表が「リオへの総力戦」でつかんだもの。 すべては、「2020東京」で輝くために!

■リオを目指した4年の日々

 ブラインドサッカー日本代表は2008年北京、12年ロンドンとパラリンピック出場を目指したが、いずれも前年のアジア予選で敗退。以来、リオに向け、12年6月に就任した魚住稿新監督のもと、日本ブラインドサッカー協会(JBFA)やスポンサーらも含めた「総力戦」で、徹底的な強化に取り組んだ。“3度目の正直”はならなかったが、得たものは多い。

ダイヤモンド陣形:2015 年 9 月 3 日 「IBSA ブラインドサッカーアジア選手権 2015」vs イラン  写真提供:日本ブラインドサッカー協会

ダイヤモンド陣形:2015 年 9 月 3 日 「IBSA ブラインドサッカーアジア選手権 2015」vs イラン 
写真提供:日本ブラインドサッカー協会

 戦術面では持ち味の堅い守備を、さらに強固にしようと努めた。日本は、4人のフィールドプレイヤーが1-2-1のダイヤモンド形をつくり、相手のボールの動きに合わせ前後左右に動きながらも陣形を崩さずに守る。たとえ一人が抜かれても、後ろの選手がカバーできる組織力が強みだ。

 だが、見えない選手同士が互いの距離を保ち、陣形を維持するのは容易ではない。声によるコミュニケーションで仲間の位置を探りながら陣形を保つ練習を何度も繰り返し、“距離感”を育んだ。

 その成果はまず、昨年の世界選手権で表れた。6試合で失点は第2PKによる1点だけに抑え、過去最高の12カ国中6位になった。自慢の守備はさらに、「距離感を50cm単位で微調整できる」ほどの精度となり、魚住監督が「世界一美しいダイヤモンド」と誇るまでに磨き上げた。

 週末や連休を利用した国内合宿も1、2カ月に1回ほどの割合で実施され、サッカーの技術だけでなく、選手同士のコミュニケーション力や信頼感も大いに育んだ。海外遠征の数も08年から11年までの22回に対し、12年以降は41回とほぼ倍増。おかげで、体格に勝る相手やアウェーでの戦い方、慣れない環境でのコンディション維持などさまざまな経験値を増やした。

 黒田は、「海外のチームにも通用するという自信が生れた」と言い、主将の落合啓士は大一番のアジア選手権を前にしても、「多くの経験を得たことで、平常心でいられる」と話した。

 そうして、「過去最強の日本代表」はアジア選手権を戦った。魚住監督は、「(リオ出場という)結果が出なかったのは何かが足りなかったことに間違いはないが、選手たちは4年間、本当にひたむきにやってくれた。日本人の良さを生かしたサッカーという意味では、しっかりしたものができた」と評価した。

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