関連カテゴリ: COVID‑19感染対策, IPC, Tokyo 2020, インタビュー, コラム, パラリンピックムーブメント, 夏季競技, 女子, 雑感 — 公開: 2021年9月29日 at 2:53 PM — 更新: 2022年3月10日 at 9:57 AM

コロナ禍でIPCから国内へ転職した28歳。篠原果歩、東京パラ後の未来へ夢を描く

パラリンピック教育プログラムに携わる

 オリパラ自国開催へ向かうなか、大学院生だった篠原は、パラリンピアンをテーマにした修士論文に取り組んでいた。「ロールモデル」、つまり「パラアスリートの表象」に関する研究を行い、国際的な視野でスポーツと障害のあるアスリートの課題解決に携わろうとしていた。

 アギトス財団のスタッフとして、パラリンピック教育プログラム「I’mPOSSIBLE」の開発と、パラリンピアンとしての経験をユース世代のパラアスリートへ伝える「Proud Paralympian」のワークショップの運営にIPC側のスタッフとして関わり、大学院での研究をさらに進める形で携わった。

2017年の年末にドバイで開催されたアジアユースパラゲームズでIPCのワークショップ「Proud Paralympian(=プラウドパラリンピアン)」の運営に携わる篠原果歩。 写真・山下元気

 「Proud Paralympian」は、東京パラリンピックに向け注目を集める世界のパラリンピアンが講師になり固有の経験を生かして伝えるアスリート教育プログラムである。
 参加した若いパラアスリートはこれから自分自身のエピソードを生み出し成長していくことを連想できたのではないだろうか。4年前このプログラムに参加し東京大会に出場した選手も多い。

アギトス財団からローレウス財団へ

 IPCの再編成でアギトス財団はIPCに部分的に組み込まれる方向ですすんでいる。篠原もIPCの所属となったが、2020年末、パンデミックのさなかで「スポーツ界のアカデミー賞」とされる「ローレウス・ワールド・スポーツ・アワード」などを担うローレウス・スポーツ・フォー・グッド財団へ転職するために、ボンから帰国した。年明けから、勤務地は東京となった。

佐々木:転職してみてどうですか?

篠原:パラリンピックムーブメントでは障害のある人へ、国や組織を通じて参加性を高めたり、スポーツする人を発掘したりしています。IPCではI’mPOSSIBLEなどの教材開発や普及もNPC(各国のパラリンピック委員会)を通じて行っていました。
 現在の仕事は、スポーツを通じた若い女性や子どもたちの社会開発を担当しています。

パラリンピックを終え関わった感想を語る篠原果歩。9月12日、東京にて 写真・内田和稔

篠原:女性のスポーツは競技者の母数が少ないことがパラスポーツと共通します。スポーツをやっている人が少ないと、やった瞬間にハイパフォーマンスに行っちゃう。そこはすでにエリートスポーツで、余暇時間に楽しむスポーツっていうのにはあまり陽が当たっていません。
 障害のある人だって、ただやりたいだけなのに、パラ目指さない? ってことになりますよね。楽しむスポーツ、するスポーツが、社会をどう良くできるか。どうすればスポーツが社会問題としてある貧困とか、差別をなくすことができるかを考えています。

佐々木:ロールモデルであるかどうかの前に、アスリート自身の幸せみたいなものがあって、まずそっちのほうに課題があるのかもしれませんね。

篠原:あとやっぱり、海外で働いていて、もっとアジアとか日本など自分にルーツのある世界に貢献したいという気持ちが強くなったので、日本で活動するマネージャーを募集されていたので、それで応募したんです。

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