世界へ挑戦の現場から 〜インクルーシブ水泳が示す可能性〜
2022年に始まった横浜国際プールでの「インクルーシブ水泳」は、今年で第4回を迎えた。
7月13日、2日間にわたる競技日程を終えたこの大会には、473人のスイマーがエントリーし、967種目に出場。健常、知的・身体・聴覚障害など多様な背景の選手たちが、ひとつの水面を舞台に真剣勝負を繰り広げた。

これまで「一緒に泳ぐ」ことに意味があった大会は、今大会から世界記録を基準とした「ポイント制」を導入。誰もが「一緒に競う」舞台へと進化した。選手たちの言葉と写真から、その現場をたどってみたい。
世界へとつながるインクルーシブな舞台
大会2日目、8月のVirtus(知的・ダウン症)世界選手権(タイ)、9月のパラ水泳世界選手権(シンガポール)、11月の東京デフリンピックへ出場予定の日本代表選手団が、プールサイドで観客に紹介された。

ダウン症のある選手は、パラリンピック水泳では知的障害(S14)に含まれるが、身体的特性の違いにより表彰台に立つのは極めて難しい。一方、Virtusではダウン症のクラスが独立しており、公平な評価機会が保障されている。
「一緒に泳ぐ」から「一緒に競う」へ。ポイント制がもたらす“見える化”
「ポイント制」は、健常・デフ選手にWorld Aquatics(WA)ポイント、パラ選手にWorld Para Swimming(WPS)ポイントが適用され、世界記録との達成率で得点化される。
このシステムにより、障害の有無を問わず、「いまの自分がどれだけ世界に近づけたか」が可視化される。

辻内は「健常の方にしてみると、純粋にタイムで競うことが多いので、自分より遅かったパラの選手がポイントで上位にいるというのは戸惑うだろう」としながら、「そういうところで、ある意味“平等”に競い合えるというのは、実際には障害のある人が健常の大会に出場するハードルがあるなかで、良い取り組みだと思います」と評価した。
多様な魅力と価値を育むアスリートたち
「このムーブメントを止めないことが大切」と語るのは、男子400m自由形S11(全盲)で1位(929pt)となった富田宇宙(EY Japan)。東京、パリとパラリンピック2大会でメダリストの富田は、「障害のある人と自然に泳ぐことで「共にある」ことの当たり前を実感できる。最終的には『インクルーシブ』という言葉すら不要な社会が目標だ」と述べた。

今秋シンガポールでのパラ水泳世界選手権に向けた意気込みについて富田は、「今回の目標は400m自由形での自己ベスト、パリでの記録を超えること」と明言し、競技者としての明確なチャレンジを掲げた。
初出場のデフリンピック代表たち

今大会には、11月の東京デフリンピックに出場する代表選手も初参加した。
デフ選手にとってWA基準での得点化は厳しさもあった。前回デフリンピック(ブラジル)で女子100mバタフライ金メダリスト・斉藤京香は「ふつうの大会じゃできない経験だったけど、正直デフの基準じゃないから得点は厳しかった」と漏らす。

一方で、前回大会で4つの金メダルを獲得した茨隆太郎は「どんな基準でも良い。デフスポーツが認められるには、僕たちが強くなるしかない」と前を見据えた。
プールサイドのまなざし、変わる風景
パラ、デフのスイマーにとっても、健常の選手にとっても、新たな視座を得る大会となった。


女子100m平泳ぎに出場した横田心愛(神奈川大学1年)は、「タイムは良くなかったけど、今の自分のできる泳ぎができた。障害のある方々が苦しい状況の中でも競技に取り組んでいる姿を見て、自分も支えてくれる人に感謝したいと強く思った」と語った。
また、女子400m自由形に出場した長谷川彩美(神奈川大学1年)は、「自分とは違う状況の選手と泳ぐことで、水泳に対する見方が変わった。自分ももっと頑張りたいと思った」と話し、「来年も参加したい」と大会への意欲を示した。
現場を“創る”人の挑戦と未来構想
ポイント制の大会を支えたのは、もちろん参加者だけではない。
大会実行委員会・細川慶隆委員長は、「パラとオリのポイントで最優秀選手を決め、順位付けをしたかった。ポイント制の大会をより面白くするには、健常の日本代表クラスを呼ぶことだろう」と話す。
細川氏の構想に応じるように、今回マスターズ出身で日本代表となった柳沢駿成がエントリーしていた。シンガポールでの世界選手権2週間前の調整レースとしてだった。

また、世界記録保持者・山口尚秀(四国ガス)が男子200m平泳ぎS14で世界記録に相当するタイムを叩きだし1000ptを超えたり、S11の石浦智美(伊藤忠丸紅鉄鋼)も複数種目で日本記録を更新し、高ポイントの1位で表彰台を飾った。

横浜国際プール・堀川修二館長は、「参加者は初回の170人から今年は473人に増加し、大会はパラリンピックのレガシーとして定着しつつある。競技団体は今後700とか800まで参加人数をふやしたいという意志がある。大会は、世界記録が出るレベルに達しており、今後はIPCなどへの公認申請、デフリンピックの独立ポイントを視野にしたい」と、プールがある限り、インクルーシブ水泳を継続していくと述べた。

ポイント制導入にあたっては、昨年(2024年12月)のサブブールでの短水路による鈴木孝幸杯での検証を通じて、選手、競技団体との対話を経て、今回メインプールで初めて導入された。この仕組みは、現場で育まれた技術と工夫そのものである。
また、健常の中高生・大学生にとっても、この大会は「泳ぎやすいプールで貴重な体験だった」障害の有無に関わらず「誰もが挑戦できる舞台」としての価値を共有している。
横浜でつなげたい、レガシー

横浜国際プールは1998年の開業以来、障害の有無によらず多くの全国・国際大会、そこにつながる大きな舞台であり、東京2020パラリンピック選考会も開催された。
しかし2028年からの再整備でメインプールの廃止が計画されている。
「共に泳ぎ、競い合う」この風景を未来へつなぐのは、今その場に立ち会う私たち自身である。
次に泳ぐのは、あなたかもしれない。この大会のポテンシャルを、当事者として体験してほしい。
(写真取材・秋冨哲生、山下元気 校正・丸山裕理、小泉耕平)






